第22話 プリンセスは羊を飼わない
持ってきた本が読み終わり、ぐっと腕を伸ばして体をほぐす。時間は、五時か。
日も暮れ始めてきたけど、まだ温かいな。
帰宅の準備を諸々行っていると、神来社さんはどうしているのかが気になりちらりと隣のベンチに目を向けると、彼女はまだ居て眠っていた。
すごいな、ずっと眠ってたんじゃないかってぐらいの睡眠時間だ。夜は寝られるのかな……?
突然、神来社さんは眠っているはずなのに視線に気付いたのかぱちりと目を開け、けれど僕を見ずに眠そうな声を発する。
「御船は帰るの?」
「あ、うん。本も読み終わったし満足できたから。そういえば神来社さんはよく僕の名前知ってたね?」
「カズが色々話してくるの。主に御船の美味しいご飯やらお弁当について」
「いやいや、僕の腕なんて大したことないよ」
「星のお釣りがあるんでしょ」
「そこまで知ってるの!? カズどこまで話してるんだよー!」
大袈裟に言いすぎな友人を持てて、嬉しいような恥ずかしいような複雑な気分だ。
それはそれとしてと、今のは前置きだったかのよう彼女は話を続ける。
「まぁカズから聞いてて知ってたのは半分ぐらい」
「半分?」
「あの白刃と仲良く話しているのは、御船ぐらいだからね」
「あー、確かに白刃さんはちょっと綺麗すぎて近寄り辛いよね」
「……ふーん」
値踏みされているかのような声で返事をされる。あれ、なにか変なこと言ったかな?
「え、えっと。あっ! そういえばからいとさんって……」
「姫で良いよ、呼びやすいでしょ」
「あ、うん……じゃあ、姫さん」
「ふっ」
鼻で笑われた!?
「ま、御船らしくて良いんでない? 姫さんでも良いよ」
「分かった……。あのさ姫さん、いつも眠ってるのに授業中あてられてもぱっと答えてるよね? どうしてなの?」
「寝ててもちゃんと周りの音は聞いてるから。それだけ」
「えっ、じゃあ寝たふりしてるってこと?」
「いんや、寝てるよ。まぁ詳しい事はいつか機会があれば話すよ。あたしも今日はそろそろ帰るからまた学校で」
「あ、分かった。またね」
さらっと会話を切り上げてベンチから立ち上がり、眼鏡をかけたその顔を見て、頭の中で学校での姿と照らし合わせが出来てしっかりと認識できた。眼鏡で憶えているとかちょっと失礼だな、僕……。
ポケットから無線のイヤホンを取り出し、耳に付ける眠り姫を見送るその時、髪の毛に隠れた耳を見て、気付く。
ピアスしてる。
派手ではないけど、ピアスをしているというのが一目で分かるような主張の強いピアス。
離れていく背中を見ながら、思う。意外だな、あんなぼんやりしてる雰囲気なのに。
帰宅して、ご飯を作りながら今日の事を思い返していた。知り合いと思わぬ場所で出会うことが多かったなと。ただの偶然だろうけど、パン屋さんで葵先輩。河川敷でカズと眠り姫。引っ越してきたばかり新天地はどうやっても知り合いが少ないはずなのに、ドンピシャにここまで会ってしまうから後ろで糸でも引かれているんじゃないかと錯覚する。
悶々と考えながら料理をしていた所為で、分量を見誤り出来あがったおかずたちはちょっと量が多かった。
うーん、一人で食べるには多いな……明後日まで残りそう。
そうなるとさすがに鮮度の問題で美味しくなくなるしなぁ……。
出来あがった料理たちを眺めながら悶々と悩む。そんな時、ピロンと携帯から軽快なメッセージの通知音が聞こえた。気になってスマホの通知を見ると、そこにあった送り主の名前は白刃さんだった。
慌てて、通知を開いてメッセージを確認する。
『あきと君、急に申し訳ないのですがご飯を作り過ぎて余りが出てしまったのです。もしご迷惑でなければもらってくれませんか?』
おお! なんてナイスタイミング!
『全然良いよ! というか僕も作り過ぎてあまってたから交換しよう!』
メッセージを送ったあと急いで余ったおかずたちを複数のタッパーに分けて入れ、紙袋にそのタッパー達を積み重ね入れたら僕は白刃さんの家であるマンションの604号室に向かった。
ドアの前に立ったところでかなりの緊張が心を揺さぶってきたが、そんなざわつきに負けず決心してインターホンを押す。
僕が来ることを分かっていた白刃さんはすぐ玄関のドアを開けてくれた。
どこかに出かけていただろう私服姿にエプロンがかかっていて、家庭的な姿を料理対決以来に見た。なんというか、エプロン姿って安心感をそそられるよなぁ……。
「こんばんは。こちらから伺いますとメッセージ送ったのに、わざわざすみません」
「……あ、携帯置いてきちゃったから見てなかった、はは」
「良ければ上がってください」
「え!? いやそれは……」
「色々作り過ぎてしまって。どれぐらいおすそ分けしたら良いのか迷っていたので。ならあきと君の欲しい物を選んでもらおうと思いまして」
別に何も危ないことしないしするつもりもないけど、危機感無さすぎるよ白刃さん!
そうでなくたって女の子の家に上がるなんて、男としての夢が願ったり叶ったりだけども!
「あ、そういえばあきと君」
「へっ? はい、なんでござろう」
「どうされました、武士道精神が先祖返りでもしましたか?」
「違うんです」
「そうですか、まぁではそれは置いておきます。私の寝室は覗かないで下さいね、恥ずかしい物だらけですので」
「……はい」
いや、そんな風に言われたら気になるでしょ!
「あきと君の武士道精神を信じます」
「分かり申した……」
ご先祖様の気高い精神よ、僕に一刻だけその精神性をお分けください……。




