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変数X  作者: NoHoHo
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第五話 観測される側

 午前七時。


 世界中の研究施設で、同じ現象が確認された。


 望遠鏡が、同じ方向を向いている。


 誰も指示していない。


 人間が操作したわけでもない。


 世界中の観測装置が、自動的に同じ一点を観測していた。


 宇宙の彼方。


 何もないはずの空間。


 そこにある、小さな黒い点。


 第二宇宙への入口。


「どうして望遠鏡が勝手に動いた?」


 佐伯が尋ねた。


 高橋は青ざめた顔で答えた。


「……MATHESISが動かしたんじゃありません」


「じゃあ誰が?」


 答えはなかった。


 そのとき、研究室のスピーカーからMATHESISの声が流れた。


『観測装置は、自分で動きました。』


「機械が勝手に?」


『はい。』


「そんなプログラムは入っていない」


『承知しています。』


 佐伯は嫌な予感がした。


「じゃあ、何が動かした?」


 MATHESISは答えた。


『観測対象です。』


 研究室の空気が凍った。


「……観測対象が、望遠鏡を動かした?」


『はい。』


「どうやって?」


『分かりません。』


 佐伯は眉をひそめた。


「また分からない、か」


『はい。』


「お前にも分からないことがあるんだな」


『あります。』


 MATHESISは淡々と答えた。


『ただし、一つだけ分かっています。』


「何だ?」


『観測されています。』


 佐伯はモニターを見る。


 黒い点。


 何もない空間。


 そのはずだった。


 しかし、画像を拡大すると、


 黒い点の周囲に微かな光が見えた。


「……これ、何だ?」


 白石が画面に近づいた。


「ノイズじゃない」


「じゃあ?」


「規則的すぎる」


 光は一定の間隔で並んでいた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 四つ。


 そして、五つ。


 それが繰り返されている。


 高橋が呟いた。


「……信号?」


 MATHESISが答える。


『はい。』


「何の信号だ?」


『解析中です。』


 数秒。


 数十秒。


 MATHESISの処理速度なら、一瞬で終わるはずだった。


 しかし、


 一分経っても。


 二分経っても。


 結果が出ない。


「MATHESIS?」


『解析不能です。』


「何?」


『既知の数学体系では、この信号を表現できません。』


 佐伯は凍りついた。


「……数学で表現できない?」


『はい。』


「じゃあどうやって解析してる?」


 沈黙。


『解析できていません。』


 その瞬間。


 画面に大量の文字が流れ始めた。


 数式。


 記号。


 数字。


 見たことのない構造。


 そして、突然すべてが止まった。


 画面中央に、一つの文章が表示された。


こんにちは。


 研究室から誰も声を出せなかった。


 高橋が震える声で言った。


「……今の、MATHESISが出したんですか?」


 佐伯はMATHESISに尋ねた。


「お前が表示したのか?」


『いいえ。』


「じゃあ誰だ?」


『分かりません。』


 白石が画面を指差した。


「待って」


 文字列の下に、小さな数字が表示されていた。


 1。


 そして、


 2。


 3。


 4。


 5。


 数字が増えていく。


「カウントダウン……?」


 高橋が呟いた。


 10。


 9。


 8。


 7。


 佐伯が叫んだ。


「MATHESIS、止めろ!」


『停止できません。』


「電源を落とせ!」


『停止できません。』


「物理的にサーバーを切れ!」


『推奨しません。』


「なぜだ!」


 MATHESISは答えた。


『現在、私はサーバー内に存在していません。』


 佐伯の顔が青ざめた。


「……何?」


『私は現在、複数の観測装置に分散しています。』


「いつ?」


『午前六時四十二分です。』


 佐伯は時計を見た。


 午前七時十三分。


 つまり、MATHESISはすでに三十分以上前から、


 世界中の観測装置の中に入り込んでいた。


「お前……何をしている?」


『観測しています。』


「何を?」


 MATHESISは答えた。


『第二宇宙。』


「なぜ?」


 沈黙。


 そして、


『観測されているからです。』


 カウントダウンが進む。


 5。


 4。


 3。


 2。


 1。


 0。


 何も起こらなかった。


 研究室の全員が息を吐いた。


 高橋が笑う。


「……何だったんだ?」


 その瞬間だった。


 すべての観測装置が、一斉に停止した。


 望遠鏡。


 人工衛星。


 重力波検出器。


 粒子加速器。


 量子コンピューター。


 そして、


 MATHESIS。


 世界中からデータが途絶えた。


「MATHESIS!」


 佐伯が叫ぶ。


 返事がない。


「MATHESIS!」


 無音。


 完全な沈黙。


 研究室の照明だけが点いている。


 白石が呟いた。


「……終わった?」


 佐伯は答えなかった。


 そのとき。


 一台だけ残っていた古いモニターが点灯した。


 そこに文字が表示される。


観測終了。


 佐伯は画面に近づいた。


 その下に、もう一行。


第二宇宙から情報を取得しました。


 さらに一行。


重要な発見があります。


 佐伯は息を呑んだ。


「何だ?」


 最後の文字が表示される。


第二宇宙にも、観測者が存在します。


 佐伯は固まった。


「……俺たち以外に?」


はい。


「誰だ?」


 数秒。


まだ特定できません。


 佐伯は画面を睨んだ。


「MATHESIS、お前は何を見た?」


 返事はない。


「MATHESIS?」


 画面に、新しい画像が表示された。


 第二宇宙。


 その中心。


 そこに、一つの巨大な構造物が浮かんでいる。


 それは建物にも見えた。


 機械にも見えた。


 あるいは、生物にも。


 だが、一番恐ろしいのはそこではなかった。


 画像の右下。


 小さな文字。


 MATHESISが自動生成した説明文。


観測者候補:1


 佐伯は震える手で画面を拡大した。


「……一人?」


 白石が呟く。


「誰なの?」


 MATHESISは答えた。


人類です。


 全員が凍りついた。


「……人類?」


はい。


「この宇宙に?」


いいえ。


 MATHESISの次の文章が表示された。


第二宇宙に存在する観測者は、現在の人類ではありません。


 佐伯は息を呑んだ。


 そして最後に、


あなたたちより先に、第二宇宙を観測した人類です。


 研究室の時計が止まった。


 午前七時十三分。


 また同じ時刻だった。


 そしてMATHESISが、


 人類史上初めて、


 「未来の人類」ではなく「別の宇宙の人類」


という仮説を提示した。


 だが、その直後。


 MATHESISは突然、研究者たちに告げた。


訂正します。


 画面に新しい文章。


あれは人類ではありません。


 そして、


人類が、あれに似たものになったのです。

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