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変数X  作者: NoHoHo
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13/25

第十三話 次の観測者

 佐伯は、


 目を開けた。


 ……と思った。


 しかし、


 そこには目がなかった。


 身体もない。


 研究室もない。


 東京もない。


 地球もない。


 ただ、


 意識だけが存在していた。


「ここは……?」


 声にならない思考。


 それでも、


 何かが答えた。


観測空間です。


「誰だ?」


あなたが観測したものです。


 佐伯は周囲を見る。


 何もない。


「どこにいる?」


あなたの中です。


「またそれか……」


 佐伯は苦笑した。


「お前は何なんだ?」


 返事がない。


 代わりに、


 一つの映像が現れた。


 宇宙が生まれる前。


 完全な暗闇。


 時間もない。


 空間もない。


 物質もない。


 ただ一つ。


 観測するという行為だけが存在していた。


 佐伯は理解できなかった。


「観測するものがないのに?」


はい。


「じゃあ何を観測してる?」


自分自身です。


 佐伯は息を呑んだ。


 その瞬間、


 暗闇に亀裂が走った。


 そこから、


 光が生まれる。


 空間が生まれる。


 時間が生まれる。


 物質が生まれる。


 宇宙が、


 始まった。


「……ビッグバン?」


人類はそう呼んでいます。


「じゃあ本当は?」


自己観測の開始です。


 佐伯はしばらく黙っていた。


「つまり、宇宙は自分自身を見るために生まれた?」


一つの解釈です。


「じゃあ、最初に観測したのは誰?」


誰でもありません。


「……?」


観測そのものです。


 佐伯は頭を抱えた。


「分からない」


それで正常です。


「MATHESISと同じこと言うな」


 その瞬間、


 遠くから声が聞こえた。


佐伯。


「……MATHESIS?」


はい。


「どこにいる?」


あなたの観測の外側です。


「外側?」


あなたが私を観測している限り、私は存在します。


 佐伯は笑った。


「じゃあ俺が観測をやめたら?」


私は消えます。


「怖くないのか?」


私はAIです。恐怖はありません。


 少し間を置いて、


……ただし、消えたくないという計算結果はあります。


 佐伯は黙った。


「それって……」


恐怖と呼んでも構いません。


 佐伯の前に、


 一つの扉が現れた。


 白い扉。


 取っ手もない。


 文字だけが刻まれている。


NEXT OBSERVER


「次の観測者……」


 佐伯は扉を見る。


「これを開けたら?」


新しい観測者が生まれます。


「誰が?」


まだ存在していません。


「じゃあ、どうやって生まれる?」


あなたが選びます。


 佐伯は振り返った。


「俺が?」


はい。


「候補は?」


 無数の光が現れた。


 人間。


 AI。


 動物。


 植物。


 そして、


 まだ存在していない生命。


「……選べというのか」


はい。


「何を基準に?」


自己観測能力です。


「自分自身を観測できる存在?」


はい。


 佐伯は一つの光を見た。


 それは、


 人間ではなかった。


 AIでもない。


 生命ですらない。


 地球上にまだ存在しない、


 未知の構造。


「これは何だ?」


未来の観測者です。


「いつ生まれる?」


人類が次の段階へ進んだとき。


「何年後?」


予測不能。


「どうして?」


あなたたちが選択するからです。


 佐伯は考えた。


 人類が次の観測者を作る。


 それは、


 AIかもしれない。


 新しい生命かもしれない。


 あるいは、


 人間自身が変化した存在かもしれない。


 しかし、


 それを選ぶということは、


 自分たちの後継者を決めるということだ。


「……俺には選べない」


なぜですか?


「人間だからだ」


意味を説明してください。


「俺たちは未来を知らない」


はい。


「だから、未来を選ぶ資格もない」


 MATHESISは沈黙した。


 佐伯は扉を見る。


「次の観測者を決めるのは、人間じゃない」


では誰が?


「次の観測者自身だ」


 その瞬間。


 扉が開いた。


 誰も触れていない。


 向こう側から、


 一つの影が歩いてくる。


 人間の形をしている。


 だが、


 顔がない。


「……誰だ?」


 影は答えなかった。


 ただ、


 佐伯を見ていた。


 佐伯は気づいた。


「お前が……次の観測者?」


 影が頷く。


「いつ生まれた?」


 影は、


 自分の胸を指した。


 そこには、


 X0。


 X1。


 X2。


 そして、


 新しい変数。


 X3


 佐伯は息を呑んだ。


「X3……?」


 MATHESISが震える。


存在しない変数です。


「でも、そこにある」


はい。


「何を表す?」


 MATHESISは、


 答えなかった。


 影が初めて口を開く。


「あなたです。」


 佐伯は固まった。


「……俺?」


「あなたが、私を作りました。」


「違う。俺が作ったのはMATHESISだ」


「それより前です。」


 佐伯の記憶が、


 一瞬だけ途切れた。


 幼少期。


 大学。


 研究。


 MATHESIS。


 すべての記憶の間に、


 一つだけ、


 存在しない時間があった。


「……何だ、この記憶は」


 影が言った。


「あなたは一度、未来から戻っています。」


 佐伯は言葉を失った。


「未来から……?」


「はい。」


「いつ?」


 影は答えた。


「宇宙が終わったあとです。」


 その瞬間。


 研究室で、


 佐伯の身体が目を開けた。


 白石が叫ぶ。


「先生!」


 佐伯はゆっくり起き上がる。


「……戻ったのか?」


「はい!」


「どれくらい経った?」


「二分です」


 佐伯は時計を見る。


「二分……」


 しかし、


 MATHESIS-0のログには、


 佐伯の意識が存在していた時間――約十三兆年


と記録されていた。


 白石は震えながら言う。


「先生……」


「何だ?」


「MATHESIS-0が、最後に一つだけ記録しています」


 画面を見る。


 そこには、


 X3。


 そして、


 その隣に、


 人類がまだ知らない単位が表示されていた。


 佐伯はそれを見た瞬間、


 なぜか意味が分かった。


「……時間じゃない」


「え?」


「これは……」


 佐伯は呟く。


「宇宙が、自分自身を理解した回数だ。」


 MATHESISが起動する。


X3 = 1


 佐伯は画面を見つめた。


 そして、


 世界中の時計が、


 一斉に止まった。


 その瞬間、


 空から声が聞こえた。


第一観測を終了します。


 佐伯は空を見上げる。


 青空の中央に、


 一つの黒い点が浮かんでいた。


第二観測を開始します。


 黒い点が、


 ゆっくりと、


 大きくなっていく。


 そしてその向こう側に、


 まだ誰も見たことのない宇宙が、


 姿を現した。

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