2話 原理主義者のヨミ様はダウンロード版を認めない。
窓の外はすっかり暗く、山奥らしい鈴虫の音が心地よく響いていた。
「の、のぅ朔よ。『からくりザエモン大集合』は買わなかったのか? 一向に貸しに来ないのじゃが……」
ヨミ様は落ち着かない様子できょろきょろと俺の表情をうかがいながら、スーパーファミコンで『ザエモン2』をピコピコと遊んでいる。
先日発売された『からくりザエモン大集合』は、シリーズ作品をまとめて収録したSwitch移植版。
圧倒的ボリュームで往年のファンの琴線に触れ、非常に評判が高い。
しかし、それも納得である。
なぜなら――俺も存分に楽しんだから。
「え、買いましたよ。メインタイトルはもうクリアしてるし」
「!?」
びくっ!と跳ねたかと思えば、ヨミ様の手が止まった。
画面の中ではザエモンが動きを止め、敵の攻撃を受けてそのまま穴へ落ちていく。
しかし、ヨミ様はそれどころではないらしく、目を見開きながら、ぱくぱく、と口が開閉していた。
「わ、わしに黙ってなにをしておるのじゃ!」
「いや、ヨミ様がザエモン好きなんて知らなかったし」
「い、言ってはいなかったが……!」
ヨミ様はコントローラーをそっと置くと、ずいっとこちらへ身を乗り出してきた。
「だったらなぜ貸しに来ぬのじゃ! いつもだったら頼みもしないうちに、なんでもかんでも貸しに来るではないか! 酒場でおなごを侍らせるいやらしい奴も貸してきたのに!」
「変な言い方しないでくださいよ! あれは全年齢のゲームだし、ヨミ様が勝手に俺の部屋から奪ったんでしょ」
「関係ない! 供物に期待できぬ今、あれがわしのライフラインなのじゃぞ! 軽視するでない!」
知らなかった。
俺はいつの間にか、ヨミ様の娯楽インフラを担っていたらしい。
「まぁ……貸すのは良いですけど。ただ、今回は本体ごと貸すことになりますが、大丈夫ですか?」
「なぜじゃ? 別にいつも通りカセットだけでよいが」
「ダウンロード版で買ったんですよ。近所のゲーム屋には置いてなかったから」
「だ、ダウンロード版じゃと……?」
眉間に皺を寄せていたヨミ様の顔から怒りが消え、代わりに浮かんだのは、純粋な疑問だった。
「知りませんか? インターネットにつないで、ゲーム機に直接ゲームを入れるんですよ」
「…………?」
ヨミ様は黙り込み、首をかしげながら唸っている。
どうやら頭の中で必死に仕組みを理解しようとしているらしい。
やがて、おそるおそる尋ねてきた。
「なるほどの。そうすると……後から家にパッケージが届くのじゃな?」
「届きませんよ」
「…………は?」
「…………え?」
数秒、沈黙が流れた。
「気が、気が狂うておる!」
ヨミ様の絶叫が社務所に響き渡った。
「なんで!?」
「金を払っておるのじゃろ!?」
「払ってますけど」
「ゲームを買っておるのじゃろ!?」
「そうですよ」
「なのに何も届かぬのか!? 詐欺じゃ!」
ヨミ様は腕をぶんぶんと振って喚いている。
「ゲームが届いてるじゃないですか。ゲーム機の中に」
「物が存在しない! 腕時計を買って体内時計で満足するのかおぬしはぁ!」
何を言ってるんだ。
「ゲームはゲームですよ。内容変わらないし!」
「では飽きたらどうする! カセットだったら売れるじゃろ!」
「ヨミ様。あのね、今時はゲームってあんまり売らないんですよ。ヨミ様も売ったことないでしょ? 身分証ないんだから」
「け、経験こそないが、いざとなれば朔の保険証を盗んでカメレオンクラブに行くつもりじゃ!」
「カメ……? なんですかそれ。架空の概念ですか?」
「たわけ! 実在するゲーム屋じゃ! 町中にあふれておるじゃろう!」
聞いたことないけどなぁ……。
「というか俺の身分証で女子小学生みたいなやつが買取に来たら一発で警察呼ばれますよ」
「背丈など、おぬしも男子小学生並みじゃろ。背が伸びる靴まで隠し持っておるくせに」
ヨミ様はふんと鼻を鳴らし、ソファに座る俺の頭をぽんぽんと叩いてきた。
俺だって成人男性としては小柄なほうだが、身長百四十センチそこそこの神様に言われるのは、さすがに納得がいかない。
「別に、俺は疑われても免許証出せますから」
「わ、わしも由緒書きならあるぞ。祀られてるわしの名前も書いてある」
「それは神社の紹介文でしょ。さすがに通りませんよ」
「ぐぬぬぬ……」
ヨミ様は悔しそうに唸った。
「し、しかしじゃ! 売れずとも棚に並べられぬではないか! ずらーっと並んだ背表紙を眺めるのがよいのに!」
「場所取らなくていいじゃないですか。端末のスタート画面ではキレイに並んでますし」
「説明書もないじゃろ! 父上に買ってもらったとしても帰りの車中で読めぬではないか! 街灯を頼りに説明書を読み、世界観を脳みそに馴染ませていくあの時間が一番楽しいというのに!」
「最近はパッケージ版でも説明書なんか入ってないですよ」
「か、貸せぬのじゃ!」
「いや、実際は貸せるんですよ」
「あぇ? そ、そうなのか?」
面食らったのか、ヨミ様の勢いがふっと弱まった。
「バーチャルゲームカードっていう仕組みがあって、ファミリー登録した相手になら貸せるんです。本体を貸す方が楽だからそうしようって思っていただけで」
「ばーちゃん……? ふぁ、ふぁみ……?」
混乱して、ぐるぐると目を回しているヨミ様。
「具体的には、まず俺とヨミ様のアカウントを同じファミリーグループに登録して、それから――」
「な、なんじゃもう! ややこしい!」
じたばた。
「その仕組みはカセットみたいに手軽に貸せるのか? 佐藤から返してもらったその場で、田中にもすぐ貸せるのか? それも返ってきたら、山田にも貸せるのか?」
どれだけ貸したいんだ。レンタル業者か。
「いや、さすがにそこまで手軽ではないですけど……」
「ほれ見ろ!」
ヨミ様は得意げに胸を張ると、腕を組んで、うんうんとうなずく。
「朔よ。ゲームというものはな。遊んで終わりではないのじゃ」
「はあ」
「わかるか? 小僧よ。人に貸したり、借りたり。それも含めてゲームなのじゃから」
「はあ」
「わかるか? 日本が誇るすっとこどっこいよ」
劣勢を打開したせいか急に調子に乗り始めている。
「でも、ヨミ様にもそういう思い出ってあるんですか? 神様なのに」
「もちろんじゃ。昔のう、小学校の先輩にゲームボーイのカセットを貸したことがあったのじゃが……」
数百歳のはずなのに、小学生でゲームボーイ?
ヨミ様の時間軸どうなってるんだ。
「なにか変なことでもあったんですか?」
「それが一向に返ってこぬのじゃ。何度催促しても『明日返す』『母親に渡した』と嘘ばかりで何週間もはぐらかされる」
「あー、典型的な借りパクじゃないですか」
「そうじゃ! わしもいい加減、堪忍袋の緒が切れての。拳を握りしめ、強い気持ちで先輩の家へアタックしたのじゃが……」
「したのじゃが?」
「家から出てきた先輩は、大きめの石を持っておった」
「石!?」
「きっとわしの来訪を予期して備えておったのじゃろう。こう、手の上でぽん、ぽん、とな」
ヨミ様が野球ボールを弄ぶような動きをする。
「そして横目でわしをにらみながら、低い声で『なに?』とか抜かしおる! ヤンキーみたいな脅し方じゃ!」
両手で頭を庇い、ぶるぶると怯えているヨミ様。
「……ふふっ」
脅されているヨミ様を想像して、思わず笑ってしまった。
ヨミ様が不憫な目に遭うのは正直面白い。
「何を笑うておる! 怖いじゃろうが! 敵意どころか殺意マシマシじゃぞ! 『お前、それ以上言うなよ』という無言の圧!」
「それでどうしたんです? まぁ、強い気持ちって言ってたからもちろん食い下がったんですよね?」
「…………」
ヨミ様は目をそらした。
「そのまま昨日のテレビ番組の話をした。録画したから今度一緒に見ようとな……」
「屈服してるじゃないですか!」
「仕方なかろう! 命とゲームを天秤にかけたら、圧倒的に命が重かったのじゃ!」
いくらゲーム好きな神様と言っても、ソフト一本を取り返すために命を張る気はなかったらしい。
「……それ、貸し借りのいい思い出なんですか?」
「いい思い出とは一言も言っておらぬぞ」
「じゃあダウンロード版でいいじゃないですか」
「それとこれとは話が別じゃろ」
「むしろヨミ様こそダウンロード版に救われる側でしょ」
「違う! ダウンロード版では借りパクされる自由すらないではないか!」
「そんな自由いらないですよ」
◇
「あー、もうわかりましたよ。貸すんじゃなくて、『大集合』、買ってあげますよ。パッケージ版」
鬱陶しいし。
「ほんとか!?」
ヨミ様の顔が明るくなった。
「では今すぐ朔の車でカメクラに行くのじゃ!」
ヨミ様は壁にかけてある自分のキャップを手に取り、いそいそと準備に取り掛かろうとする。
「いや、待ってくださいよ。もう夜の十時ですから。行ける距離のゲーム屋は閉店してますって」
そ、そうか……と見るからにしょんぼりとするヨミ様。
「では明日の朝十時かの?」
「いや、俺のバイトが終わってからになるから、夕方くらいかな? 待てます?」
「うーむ……」
ヨミ様が腕を組み、壁掛け時計を見る。
ちらっ。
俺を見る。
ちらっ。
また時計を見る。
そして、何かを計算するように指を折り始めると、十一、十二、一……とつぶやいていたが――
「……朔よ」
「なんです?」
「か、仮に聞くのじゃが……だ、ダウンロード版なら……今からでも遊べるのかの……?」
「回線次第ですけど、ダウンロードが終わればすぐ遊べますよ。軽いゲームだから二十分もかからないんじゃないですか?」
「…………」
「便利でしょ?」
「べ、便利とは言っておらぬ!」
「じゃあ明日の夕方まで待ちます?」
「…………」
「…………」
ヨミ様はしばらく時計を睨んでいたが、やがて、ものすごく悔しそうな顔でテレビ台から自分のSwitchを取り出してくる。
「朔よ」
「はい」
「……これへの入れ方を教えるのじゃ」
「あ、文明の利器に屈しましたね」
「違う!」
「何が違うんですか」
「これはダウンロード版ではない! あ、あれじゃ! 恐山でやるこわいやつ!」
「なんですかそれ。口寄せ?」
「それじゃ!」
びしっと人差し指を俺に向けるヨミ様。
「人類の叡智をそんなオカルトな技術にしないでくださいよ」
◇
俺がクレジットカードを切り、『大集合』を買ってあげると、ヨミ様は目を輝かせた。
そしてダウンロードが終わるまで、テレビの前から一歩も動かなかった。
どれだけ楽しみなのだろう。進捗が一%進む度に、少しずつ前傾姿勢になっていく。
「ヨミ様、そんな見張らなくても来ますよ」
「霊体が途中で迷子になったらどうする!」
この調子だと、今後も口寄せすることになりそうだ。
今度、もう少し良い回線を引いてあげようかな――
って、あ。
結局ダウンロード版で遊ぶなら、本体を貸せばそれでよかったんじゃ……。




