3話 原理主義者のヨミ様はオンライン対戦を嫌っている。
「朔よ。一つ質問してもよいか?」
「ヨミ様。なんですか」
アーケードコントローラーを引っ張り出し、がちゃがちゃと格ゲーを嗜んでいたヨミ様に呼ばれ、ソファに寝そべっていた俺は顔を上げる。
どうやらオンライン対戦に興じているらしい。
珍しく、ヨミ様が遊んでいるのは最新ハードだった。
「優しい奴がいての。わしとずっと遊んでくれておるのじゃが、わしに勝つたびに、こやつは一体なにをしておるのじゃ?」
「どれです?」
テレビを指差しているヨミ様の隣に座って、画面を覗く。
相手のキャラクターが、勝利画面を背景に、しゃがんでは立ち、しゃがんでは立ちを繰り返していた。
しかも、高速で。
しゅばばばば。
「ああ。これは、屈伸ってやつですよ。知りませんか?」
「屈伸? なぜじゃ? まさか頭を垂れておるのか? なんだか悪いのう。わしもやったほうがよいのかの……? 朔よ、やり方を教えてくれ」
「いやいや、そうじゃなくて。煽られてるんですよ」
「? 煽り、とはなんじゃ? 団扇でパタパタ扇ぐみたいなことかの?」
「要するに『君弱いね』みたいな意味ですよ」
「……な、なんじゃと」
その瞬間、ヨミ様の手が止まった。
さっきまで忙しなく鳴っていたボタンの音も、ぴたりと止む。
「まあ、治安の悪い挨拶みたいな場合もありますけどね。他意があるかはわかりませんよ」
「そ、そんなことはどうでもよい!」
あ、怒った。
ヨミ様は画面を指差しながら、わなわなと震え始めた。
「つまりこやつは、三十分もわしをぼこぼこにした挙げ句、目の前で高速スクワットしながら『雑魚じゃ雑魚じゃ』と笑っておったということか!?」
「そうですけど、三十分って何戦してるんですか?」
「十五戦くらいじゃ!」
「ヨミ様が勝ったのは?」
「…………」
「ヨミ様?」
「ぜろじゃ!」
「なんでちょっと溜めたんですか」
ヨミ様は悔しそうに顔をしかめる。
普通なら十五連敗もすれば、そろそろ相手を変えようと思いそうなものだけど。
「もう決めたのじゃ! 諦めぬ! こやつに勝つまでやってやるわ!」
そう宣言したヨミ様は先ほどよりも熱を上げて画面につんのめる。
再戦。
敗北。
「まだじゃ!」
再戦。
敗北。
「次こそじゃ!」
再戦。
敗北。
「ヨミ様、もうやめたらどうですか?」
「うるさい! 次はいける!」
「毎回それじゃないですか」
「今の試合で完全に読み切ったのじゃ!」
その根拠のない自信はどこから湧いてくるんだろう。
◇
「勝った! 勝ったぞ朔よ! ほれみぃ! 諦めねば万事叶うものなのじゃ!」
三十戦に差しかかろうという頃。
相手の動きが目に見えて悪くなり、そのままヨミ様が初勝利を収めた。
相手が折れただけのような気もするなぁ……。
「ほれ! ほれ! しゅ! しゅ!」
「ちょ、ちょっと! なにしてるんですか!」
ヨミ様の操るキャラクターが、倒れた相手の前で高速で屈伸を始める。
先ほどやられたものと同じように、しゅばばばば。
もしかして、これをやりたいからあんなに必死だったんだろうか?
「行儀悪いですよ!」
「ちがう! これは屈伸にあらず! 勝利の舞なのじゃ!」
「見た目完全に同じじゃないですか」
「心が違うのじゃ」
「うーん。違うのかなあ」
そして、ひとしきり勝利の舞を披露したところで、ヨミ様は満足そうにオンラインモードを終了した。
「ふん。オンライン対戦などもうやらん。ストレスが溜まってしかたがない。朔、コントローラーを持て」
「俺がやるんですか? まぁ……いいですけど、また屈伸とかはやめてくださいね」
「せぬよ。わしはそんな行儀の悪いことはせぬ」
「さっきやってたじゃないですか」
「勝利の舞じゃと言うておろう」
「はいはい」
俺もコントローラーを手に取り、ヨミ様の隣に腰を下ろす。
「では、いくぞ!」
「手加減しませんよ」
「望むところじゃ!」
そのまま、しばらく二人で遊んだ。
勝っただの負けただの。
今のはずるいだの、同じ技ばかり使うなだの。
負けるたびにヨミ様が横からぎゃあぎゃあ喚くので、オンラインよりよっぽど騒がしい。
「……やはり、これじゃな」
何戦目かを終えたところで、ヨミ様が満足そうに頷いた。
「何がです?」
「対戦というものは、こうして顔を合わせてやるのがよいのう」
「さっきまで熱くなって何十試合もオンラインやってた人が言います?」
「それとこれとは別じゃ!」
都合がいいなぁ。
「昔はの。遊ぶとなれば、誰ぞの家に集まるのが普通だったものじゃ」
「ああ、友達の家でゲームですか」
「うむ。据え置き機だけではない。皆で携帯ゲーム機を持ち寄ったりしての。友の母君にオレンジジュースと、白っぽい煎餅とか出してもらったりしての」
「カステラとかじゃないんですか?」
「そんなごちそう出るわけなかろう! 乾パンのときもあったくらいじゃぞ」
渋いなぁ。
「そして、中でも通信ケーブルを持っておる奴は人気者じゃったな。わしは特に通信ケーブルを持つ奴を目ざとく覚えておいて、皆等しく親友となったものじゃ。面子に一人いるのといないのとでは大違いじゃったから」
昔は無線がなかったから、友達とゲームやろうとすると別売りの通信ケーブルが必要だったんだよな。
「それ、通信ケーブルと友達なだけじゃないですか?」
「こら! 失礼なことを言うでない!」
ぺしっと俺の頭に手刀をかましてくるが、力が全く入っておらず、痛くない。
「じゃあ、その人が通信ケーブル持ってなくても親友だったんですか?」
「それはまぁの……人と人との縁には、きっかけというものがあるものじゃから……」
急にヨミ様の歯切れが悪くなる。
「あ、誤魔化した」
「ご、誤魔化してなどおらぬ!」
「ちなみに、その友達の名前って覚えてます?」
「当然じゃ! わしを何じゃと思うておる!」
「じゃあ、名前は?」
「…………」
「ヨミ様?」
「け、ケーブルは灰色じゃった」
「あーあ、ヨミ様ってそんな現金な人なんですね」
「うるさい! ちょっとしたかわいいボケじゃ! 名前など当たり前に覚えておるわ!」
その後、ヨミ様は長々とした神様の名前を得意げに唱えていたが、途中から俺は聞き取れず、何が何だかわからなくなった。
もっとも、それが苦し紛れの出まかせでない保証もないけれど。
「ともかくじゃ! 顔も知らぬ者と遊ぶより、こうして皆で集まって遊ぶほうがよい。勝てばその場で自慢できるし、負ければその場で文句も言えるしの」
「後半は別に利点じゃないですよ」
「屈伸などという陰湿な真似も必要ないしの!」
「さっきやってたじゃないですか」
「勝利の舞じゃ」
阿波踊りのように掌を振って小踊りするヨミ様。
勝利の舞だけは譲らないらしい。
「でも、昔は弱い友達にちょっかいかけるというか、煽ったりはしなかったんですか?」
「当然じゃ! 目の前に相手がおるのじゃぞ。そんな無礼な真似をすれば喧嘩になるわ」
「まあ、そうですよね」
「勝ったら相手の顔を覗き込んで『どんな気持ちじゃ?』と聞いておったくらいじゃ」
「むしろ最悪じゃないですか」
「相手の気持ちに寄り添っているだけじゃ」
「絶対そんな意味じゃないでしょ」
「負けた者が悔し涙を流しておれば、肩を叩いて慰めてもやったぞ」
「なんて?」
「『泣くでない。次もわしが勝つからの』とな」
「追い打ちかけてるじゃないですか!」
「ちがう。次も遊んでやると言っておるだけじゃ」
どうやらヨミ様の中では、煽りと励ましの区別がついていないらしい。
「じゃあ、逆にヨミ様が負けたときはどうしてたんです?」
「いや? 勝つまで終わらん」
ああ、なるほど。
ヨミ様は昔からヨミ様だったらしい。
「……それで友達、よく付き合ってくれましたね」
「うむ。よい奴らばかりじゃった。朝から晩まで何百回でも付き合ってくれての。ついにわしが勝つと、皆そそくさと帰ってしまうのじゃが」
「そりゃ疲れて帰りますよ」
「じゃが、今はおぬしが同じ家にいて帰らないからの。遊び相手には満足しておるぞ」
「そうですか」
「うむ!」
そう言って、ヨミ様は笑顔で頷いた。
◇
夜中。
喉が渇いて目を覚ました。
水でも飲もうと居間へ向かうと、扉の隙間から、ぼんやりと光が漏れている。
「……?」
こんな時間にテレビでも見ているんだろうか。
そっと覗いてみると――
「そこじゃ! ほれっ! ああっ! また同じ技を! けしからん!」
ヨミ様がいた。
テレビの前に陣取り、アーケードコントローラーをガガガガガッ! ターン!と暴れ狂うように鳴らしている。
画面には、見覚えのある対戦画面。
日中に散々見た光景と同じものだった。
「…………あ」
「…………」
俺に気付いたヨミ様と目が合った。
ヨミ様の手が、そっとコントローラーから離れる。
「オンライン、もうやらないんじゃなかったんですか?」
「…………へへっ……」
ヨミ様は気まずそうに目を逸らした。
「……昼のあやつが、ロビーにまだおったでの」
「それでまたやってるんですか?」
「べ、別によかろう。向こうも再戦してくるのじゃし」
「懲りないなぁ」
「うるさい! こやつに勝ち越すまでは寝られぬ!」
「今、何勝何敗なんです?」
「…………」
「ヨミ様?」
「昼間から合わせて一勝五十二敗じゃ」
「もう寝ましょうよ」
「嫌じゃ! あと五十勝してこやつを屈服させるまで寝ん!」
五十連勝しても負け越しだけど……。
「まあいいや……頑張ってくださいね……ふぁあ……」
「楽しみにしておれ! 朝にはこやつの屍で琵琶湖が埋め立てられておるはずじゃ!」
俺は水を一杯飲んで、寝室へ戻ることにした。
背後から、再戦開始の音が聞こえる。
「今度こそじゃ! 覚悟せい!」
その声は、さっき俺と遊んでいたときと同じくらい楽しそうだった。
……まあ。
オンラインだって、友達はできるもんだよな。




