1話 原理主義者のヨミ様はオートセーブを嫌っている。
「はぁ~~~~~! 現代人はわかっておらぬ!」
夕方。
山奥の社務所に、けたたましい声が響き渡る。
リビングでは、座布団の上に正座をしているヨミ様が、コントローラーを握りしめたまま身をよじっていた。
「ちょっとヨミ様、あんま騒がないでくださいよ。近所迷惑ですから」
「なんじゃ朔! ここは山奥の神社の社務所じゃぞ!? 誰が文句を言ってくるんじゃ! カブトムシか!? カブトムシがインターホンでも押して来たら、楽しみに取ってあるゼリーをのしつけて持たせてやるわ! も、もももったいないが仕方ない! そもそも人間だとしても、この町の連中などわしへの信仰を失っておるしどうでもよい! ゲームキューブの角で殴ってやるわ!」
膝下まで伸びた濃紫の髪に、少し眠たげなジト目。
小柄な身体に、サイズの大きいアニメTシャツを着崩している。
黙っていれば、お人形さんのような少女が騒いでいる。
しかし、これでも一応――神様らしい。
数か月前、祖母から廃れた神社の土地を譲り受けたのを機に、二十四歳にしてようやく実家を出た。
神社に併設された社務所には一般住宅並の居住スペースも整えられているから、家賃もかからない。
毎年春には数万円分のたけのこも採れる。
そんな説明を受けたことから、なるほど悪くない話だと思って引っ越してきたのだが――重大な告知事項が一つだけ伏せられていた。
それが、このヨミ様というゲームにうるさい自称神様が住んでいること。
「なんじゃ! オートセーブ追加とは! けしからん!」
今日の騒ぎの原因は、昔スーパーファミコンで発売された名作のリメイク版だった。
ジャンプが得意な配管工が、空から降ってきた星の欠片を集めるRPG。
ヨミ様が好きなゲームだというから、わざわざ買ってきてあげたのに――
「はあ。便利になってるんだからいいじゃないですか。そこに文句言ってる人なんかいませんよ」
「おぬしは知らぬのか!? 母上が掃除機を持って部屋に入ってきたときの恐怖を!」
「ちょ、ちょっと、意味わかりませんよ。急に何の話してるんですか」
そもそもヨミ様にもお母さんいるんだ……
「至極当然、オートセーブの話じゃ! 想像してみよ! こっちは数時間もセーブしておらぬ! その状況下で母上は掃除機を持ってガシガシと部屋を荒らしまわるのじゃからな! 掃除機の頭が、ゲーム機のコンセントに当たりまくり、その度に『耐えろコンセント!』と神に祈る、あのときのスリルをおぬしは知らぬ! 本当の魔王が現実にいる恐ろしさをなあ!」
「神様が神頼みしてどうするんですか」
「それほどの緊急事態だったということじゃ」
「でもそれって、オートセーブに関係ないですよね?」
「あ、あるじゃろ」
苦い顔。
「ただの家庭内での問題じゃないですか」
「違うわ! あれも環境を含めた『ゲーム体験』なんじゃ! 便利なオートセーブに甘やかされた現代人は、コンセント抜けの恐怖を知らぬから、一回一回のセーブに魂を込めなくなる! 極限状態を乗り越えて到達するセーブポイントの輝き……! あれを知らずに育つなどゲーム人生の損失じゃ! おぬしは知らぬのじゃな? 情けないのう!」
床に座りながら、ソファに座っている俺を『ふふん』と無理やり見下してくるヨミ様。
すげえ首の角度。
「まあ、最近はハードコアとかデスゲームモードとか、命の重さをリアルに近付ける遊び方も人気ですから、価値観に通ずるところはありそうですけどねえ」
「そうじゃろ?」
「でもヨミ様、やたら具体的に語ってますけど」
「む?」
「要するにコンセント抜かれたことあるんですか?」
「うぐっ……!」
ヨミ様は胸を押さえて前のめりに崩れ落ちた。
「戻し作業で済むならまだよい……。『データがこわれています』と出たときの、あの絶望……。あれは人を殺せるぞ……。デデーンとヤバい音も鳴って怖いしの」
「人って。神様でしょ?」
「神も死ぬ。育てた仲間と一緒に心が死ぬのじゃ……」
こういう話をしていると、ヨミ様は本当に大げさな懐古厨にしか見えない。
ヨミ様は昔から、人間の娯楽がかなり好きだったらしい。
漫画、アニメ、ゲーム、映画。
昔の氏子たちが面白半分にそういうものを供え始めた結果、本人もすっかりハマってしまった。
しかし、近年は神社を訪れる人間もほとんどいなくなり、供物も途絶えてしまったようで。
ヨミ様の知識や価値観は不均一で、ところどころ妙な時代で止まっていた。
「おぬし、うだうだ言うなら、やってみるがよい」
「なにをですか? このゲーム?」
「ちがう」
ヨミ様は床に這いつくばり、テレビ台の下をごそごそと漁り始める。
そして取り出したのは、かなり黄ばんでいるスーパーファミコンだった。
「やはりリメイクなどという軟弱なものは必要ない。 オリジナル版こそ至高なのじゃ。ちょっとやってみよ」
「まあ、別にいいですけど、リメイク版やらないなら明日売ってきますよ? せっかく買ってきたのに」
言いながら、俺が床に転がっていたリメイク版のパッケージに手を伸ばすと、ずさーとヨミ様が飛び込んできてパッケージを横取りする。
「まあまあ、そう猛るな。おぬしもわしの信者であるならば、まずは本物のひりつきを体感するところからじゃ。さすれば、わしの言うことも身に染みてわかるはずじゃろう。そもそもリメイクをやらぬとも言っておらんし」
「めんどくさいなあ。別に信者でもないし」
「一時間ごとに、わしがコンセント周りを掃除機かけてやるしの。至れり尽くせりじゃな」
「もう趣旨が変わりすぎてますよ……」
◇
それから、しばらく俺はオリジナル版の古いゲームで遊んでいた。
「あ! その足場から落ちたらだめじゃ!」
「遅いですって。もう落ちましたよ」
「まったく! どんくさいやつじゃの!」
なんて笑い合いながら、ヨミ様はすっかりゲーム画面に夢中で、俺の操作に『下手じゃ!』やら『そこの隠し宝箱わからんか~』と鬱陶しいガヤを逐一飛ばしていた。
掃除機がけのことは多分――忘れている。
「かなり面白いですね、このゲーム」
「そうじゃろう! わしも大好きなゲームじゃ。歴代でも十指には入る!」
隣で胸を張り、にこにこなヨミ様。
さっきまでやかましく原理主義を振りかざしていたくせに、自分の好きなゲームを人が楽しんでいると露骨に機嫌がいい。
しかし、夢中になって遊びすぎたせいか、ふと時計に目をやると既に時刻は二十時を回っていた。
「ねぇヨミ様。そろそろご飯にしませんか?」
「む! もうこんな時間か」
ヨミ様も時計を見て少し驚いている。
「しかし、おぬしはゲームの才能があるのう。食い入るように見てしまったぞ。ゲームセンターGXをやればそこそこ視聴率稼げるじゃろうな。朔係長じゃ」
「それって上手いってことですか?」
「そんなわけないじゃろ。ド下手だからこそじゃ」
「はあ」
世の中にはそういう需要もあるのか。
「あ、でも、さすがにここまで来たんだからセーブしますよ? 明日もやりたいから」
「うむ。よかろう」
「許可制なんだ……」
「ただし、セーブするときは心を込めるのじゃぞ」
「どうやって?」
「目を閉じて、今日も生き永らえたことを感謝するのじゃ」
「宗教みたいですね」
「わしは神じゃからの!」
胸を張るヨミ様。
ヨミ様に祈る意味がわからないけど、突っ込むのはやめておこう。
「ただ、セーブポイントってさっきの宿屋まで戻らないとないですかね?」
「ああ、いや。五分ほど進んだところにあったはずじゃけど。たしか」
「じゃあ、そこで初セーブしようかな」
「うむ。ならば、その間にわしは飯の支度をしようかの。今日は贅沢にカップ麺じゃ!」
ヨミ様が勢いよく立ち上がり、キッチンへ向かおうとした。
その瞬間――
足が電源コードに引っかかる。
「わわっ」
ヨミ様の素っ頓狂な声と共に、ぐい、とコードが引っ張られて、壁のコンセントから、プラグがすぽんと抜けた。
ブツン。
煌びやかな世界を映し出していた画面が、一瞬にして黒く染まる。
流れていたBGMも途切れ、液晶には『NO SIGNAL』という無慈悲な文字列だけが浮かぶ。
「…………」
「…………」
床に直置きされたスーファミの電源ランプも消えている。
つまり、先ほどまで母親を魔王呼ばわりしていた、その恐怖の瞬間を。
今度は――ヨミ様自身が作り出してしまったのだ。
「…………」
「…………」
そして当の本人はというと、片足を前に出し、駆け出す直前の姿勢のまま、微動だにしていない。
「…………」
「…………」
何十秒だろうか。
深い沈黙を経て、ヨミ様がゆっくりこちらを見る。
「…………現代人はオートセーブに感謝するべきじゃな!」
「おい」
◇
一時間後。
テーブルの上にはヨミ様の手料理(カップ麺)ではなく、急遽出前を頼んだお寿司が並んでいた。
代金の五千円は貯め込んでいるお賽銭の中から出してくれたけれど、それを俺が食べるのは少し罰当たりな感じもする。
「朔よ。しょ、醤油を取ろうかの?」
二時間分のプレイを消してしまった負い目からか、ヨミ様は困り眉で、いちいち俺の表情を伺いながらおどおどしていた。
「自分で取れますよ」
「お、お茶も淹れるぞ?」
「ペットボトルのお茶ありますから」
「わさびはどうじゃ? 辛いからの。取ってやるぞ?」
「わさび好きなんでいいですよ」
「だったらわさびチューブを持ってこようかの?」
俺の返事を聞く前に腰を浮かして立ち上がろうとしたので、俺は手を伸ばしてそれを制止する。
「ちょっと、あの、ヨミ様? さっきから気持ち悪いですって」
「だって……せっかく朔が二時間もやったのに……」
ヨミ様はしゅんと肩を落としながら、割り箸を持ってガリをつつく。
さっきまであれだけ偉そうだった神様とは思えない姿だ。
「まあ、いいですよ。二時間くらいすぐ戻せるし」
「…………ほんとか?」
「はい」
「ほんとのほんとか?」
「ステ振りを間違ったなって思ってたから、むしろ丁度いいですよ」
「そ、そうか?」
ぱっと表情が明るくなった。
「じゃ、じゃあ、そろそろ食べようかの!」
途端に元気を取り戻したヨミ様は、さっそく一番高そうな中トロへ箸を伸ばす。
反省してるんだか、してないんだか。
俺もサーモン辺りから食べようとして――ふと思い出した。
あ。そうだ。
「すみません。スマホ取ってくれます? スーファミの近くにあるやつ」
「あ、うむ! ケータイじゃな!」
ヨミ様は中トロをさっと口に放り込むと、犬のように素早くスマホを取ってきて、俺に差し出してくれる。
「ほえ」
「ありがとうございます」
「なにをふるのじゃ?」
ヨミ様が中トロをもぐもぐと頬張りながら、俺の手元を覗き込んでくる。
「いや、ご馳走だから写真撮ろうと思って」
「ん? なぜじゃ?」
あれ? 声色が不穏だ。
「SNSですよ。ネットの友達に見せるんです」
「飯の写真を?」
「はい」
「食えぬ飯を見せられて、相手は何が嬉しいのじゃ? 自慢するのは品がないじゃろ」
「今はそういうもんなんですよ。自慢っていうより、共感かな? 思い出にもなるし」
「というか、そもそも、出された飯に手を付けるより先に写真を撮るのか?」
あ、やばい。
ヨミ様のイライラゲージが溜まっていく音がする。
「はい……」
「出された飯より先に、見せる相手のことを考えるのか?」
「で、でも、別に俺だけじゃないですよ。皆やってますって」
「……皆?」
「今どき、ご飯の写真撮るのは普通ですよ。それがご馳走ならなおさら」
「普通……?」
ヨミ様の眉がぴくりと動いた。
「はい。店でも皆撮ってますし」
「それを、おぬしらは普通だと思っておるのか?」
「まあ……はい」
「は~~~~~~~~~」
すると、ヨミ様は深く息を吸い込んで――
「現代人はわかっておらぬ!」
また始まった。




