第四話
「じゃあ先輩、お疲れ様でした!」
「ああ、気をつけて帰れよ」
部室を後にした僕と美玖は、いつも通りの通学路を並んで歩いていた。
すっかり日は落ちて、街灯がぽつぽつと路面を照らし始めている。昼間の熱気が嘘のように、夜の風はどこか肌寒さを孕んでいた。
「それにしても、芽衣先輩の話、ちょっと怖かったね」
美玖がスクールバッグの紐をぎゅっと握りしめながら、僕の顔を見上げてくる。
「失踪事件か?」
「うん。だって、この前の被害者って、私たちがよく行く駅前の本屋さんの近くでいなくなったんでしょ? そう考えると、急に身近なことみたいに思えてきてさ」
「まあ、そうだな……」
僕はズボンのポケットに手を入れ、無意識のうちに黒い石の表面を親指でなぞっていた。
冷たくて、どこまでも滑らかな感触。
事件の不気味さは確かに胸に残っていたけれど、それ以上に僕の心を占めていたのは、夕方に感じたあの奇妙な既視感の残滓だった。
「遥? またぼーっとしてる。やっぱり最近、寝不足なんじゃないの?」
美玖が心配そうに眉をひそめる。
「いや、そんなことは──」
言いかけて、僕は言葉を飲み込んだ。
寝不足、というわけではない。ただ、美玖のその言葉をきっかけに、ここ数日ずっと心の奥底に沈んでいた「ある記憶」が、澱のように湧き上がってきたのだ。
「……なあ、美玖」
「ん? なに?」
「いや……なんでもない。ちょっと、変な夢を最近よく見るなって思っただけだ」
「夢? どんな夢?」
美玖が興味深そうに身を乗り出してきたが、僕は「忘れた」と小さく首を振ってごまかした。
本当は、忘れてなんかいない。
誰もいない、静まり返った奇妙な街。夕暮れなのか夜なのかも分からない歪んだ空間の中を、僕は必死になって何かから逃げ回っている。
昨夜も、あの夢を見た。
目を覚ました時にはいつも全身に嫌な汗をかいていて、心臓が激しく脈打っている。なのに、夢の細かい内容だけが、朝になると霧のように霧散してしまうのだ。
「もー、思わせぶりなんだから。ほら、早く歩かないと置いてっちゃうよ!」
美玖が少し膨れ面をしながら、僕の先を歩いていく。その背中を見つめながら、僕はもう一度ポケットの中の黒い石を強く握りしめた。
街灯の光に照らされた僕たちの影が、アスファルトの上で長く伸びていた。




