第三話
「噂、ですか?」
美玖が麦茶のコップを置く。トントン、と小気味よい音を立てて、芽衣先輩は人差し指でノートPCのキーボードを叩いた。画面には、地元のニュースサイトやSNSの書き込みを集めたと思われるファイルが開かれている。
「そうだ。白峰も耳にしたことはあるだろう。ここ数ヶ月、この神座市で奇妙な失踪事件が立て続けに起きている件だ」
「ああ……ニュースで少し見ました。夜間に一人で出歩いていた人が、ある日突然いなくなるっていう」
「そう、それだ。現在までに判明しているだけで四人。年齢も性別もバラバラ、職業的な共通点もなければ、人間関係の繋がりも一切ない。拉致されたような痕跡も残っていないし、身代金の要求もない。警察も捜査難航でお手上げ状態らしい」
先輩は腕を組み、ふうと息を吐き出した。その表情はいつになく真剣で、新聞部部長としての好奇心と探究心が隠しきれていない。
「ただの家出とか、夜逃げの可能性はないんですか?」
美玖が少し身を乗り出して尋ねる。
「最初は警察もそう踏んでいたらしい。だがな、失踪した全員が『直前までごく普通の、充実した日常を送っていた』んだよ。明日遊びに行く約束をしていた学生とか、来週の出張の手配を済ませていた会社員とかね。自発的に姿を消す理由がまるで見当たらない。まるで、街の隙間にふっと吸い込まれて消えてしまったかのように、忽然といなくなっているんだ」
街の隙間に、吸い込まれる──。
先輩のその言葉を聞いた瞬間、僕の背中に冷たいものが走った。
さっき、廊下から神座市の街並みを見た時に感じた、あの奇妙な既視感。誰もいない、静かすぎる街の中に、自分だけがぽつんと立っていたようなあの感覚が、先輩の話す「失踪事件」の不気味さと、頭の中で嫌に生々しく結びついていく。
「……白峰? どうした、顔色が悪いぞ。熱中症か?麦茶のおかわりでも飲むか?」
「あ、いえ、大丈夫です。ちょっとその話、不気味だなと思って」
「まあ、普通の女子高生なら怖がる話題よねえ」
美玖が僕の顔を覗き込んでからかったが、その瞳にも少しだけ不安の色が混ざっているようだった。
「まあ、まだ僕たちが直接動いて調査する段階じゃない」
先輩はノートPCをパタンと閉じ、いつものサバサバした笑みを浮かべた。
「ただ、うちの部活の次の特集テーマとしては最高にそそるネタだろ? しばらくは各々、周囲で変な噂がないかアンテナを張っておいてくれ」




