第二話
古い木製の引き戸を開けると、独特の紙の匂いと、わずかに残る夏の熱気が僕たちを迎えた。
特別棟の二階、突き当たりにある新聞部の部室は、お世辞にも広いとは言えない。壁際には過去の縮刷版や資料が詰まったスチールラックが並び、中央には年季の入った長机が二つ合わされて置かれている。
「遅いぞ、二人とも。お前たちが来ないから、一人で寂しくお菓子を食べ始めるところだったぞ。」
長机の奥で、パイプ椅子に深く腰掛けた人物がノートPCから顔を上げた。
新聞部部長の酒井芽衣先輩だ。
短めに切り揃えられた髪に、少し眠そうな切れ長の目。制服のネクタイを少し緩めた着こなしが、いかにもサバサバした先輩らしい雰囲気を醸し出している。机の上には、すでに人数分の麦茶のコップと、小皿に盛られたせんべいが用意されていた。
「すみません、芽衣先輩。遥が教室でぼーっとしてたんです」
「ちょっと考え事をしてただけだって。ほら、これが今週の活動報告書です」
僕はバッグから書類を取り出し、先輩の前に差し出した。先輩はそれを手際よく受け取ると、パラパラと目を通して満足そうに頷く。
「よし、ご苦労。これで今週のノルマは達成だな。二人とも座れ」
美玖が嬉しそうに先輩の隣の席を陣取り、僕もその向かい側に腰を下ろす。冷えた麦茶を喉に流し込むと、部活というよりは放課後のたまり場のような、居心地のいい空気が部室を満たした。
「それにしてもさ」
美玖がせんべいをかじりながら、思い出したように僕のズボンのポケットに視線を向けた。
「さっきの黒い石、芽衣先輩にも見せたら? 先輩、結構こういうオカルトっぽいもの好きですよね」
「オカルト? なんだ、白峰。また何か奇妙なものでも拾ったのか?」
芽衣先輩が興味深そうに身を乗り出してくる。
「いや、オカルトっていうか、ただの石ですよ。ほら」
僕はポケットから黒い石を取り出し、長机の真ん中に置いた。
蛍光灯の光を浴びているはずなのに、その石は一切の光を反射しない。まるで机の上にぽっかりと小さな黒い穴が空いたかのような、奇妙な存在感があった。
「ほう……」
先輩は手を伸ばし、人差し指でそっと石の表面をなぞった。
「確かに不思議な石だな。どこで拾ったんだ?」
「ええと、それは──」
言葉に詰まった。
どこで拾ったんだっけ。確か、近所の公園だったような気がする。いや、ひばりヶ丘公園だったか。いつ、どうやってそれを見つけたのか、記憶の輪郭がひどく曖昧だった。昨日今日のことではないはずなのに、思いだそうとすると頭の奥に薄い霧がかかったような感覚になる。
「……まあ、その辺の公園です。珍しい形だったんで、つい」
「ふん、まあいい。世の中には不思議な石もあるものだな」
先輩はそれ以上深く追及することなく、石から指を離した。そして、ノートPCの画面を見つめながら、少しだけ声を低くした。
「不思議といえば、お前たち。最近この街で起きている『噂』については知っているか?」




