第一話
「──ねえ、遥。それ、まだ持ってたんだ」
放課後のチャイムが鳴り響き、喧騒に包まれ始めた教室で、東雲美玖が僕の机を覗き込んできた。彼女のポニーテールが揺れ、シャープペンシルの芯のようなかすかな香りが鼻をくすぐる。
「それって?」
「とぼけないでよ。その、ポケットから覗いてる真っ黒いやつ」
美玖が指さしたのは、僕の制服のズボンのポケットから少しだけ顔を出している、奇妙な石だった。
僕はそれを引っ張り出し、手のひらの上で転がしてみせる。光を吸い込むような、不自然なほど深い黒色をした石だ。表面は滑らかで、触ると少し冷たい。
「ああ、これか。なんとなく、手癖で持ってきただけだよ」
「もう、相変わらず変な拾い癖があるよねえ。小学生の時もさ、変な形の流木とか拾って部屋に飾ってたじゃん」
「あれはただの流木じゃなくて、龍の頭に似てただろ」
「どこが? ただの燃えカスに見えたよ。おばちゃんも『遥がまたゴミを拾ってきた』って困ってたんだからね」
あきれ顔で笑う美玖の表情には、非難するような色は一切ない。
保育園の頃からの付き合いになる彼女とは、お互いの黒歴史も、家族の愚痴も、言葉にしなくても大体伝わってしまうような距離感だった。良くも悪くも、空気のように当たり前で、気まずさとは無縁の存在。それが僕にとっての東雲美玖という幼馴染だった。
「まあ、これはゴミじゃないし。なんとなく落ち着くんだよ」
「ふーん。まあ、遥が満足ならいいけど。それより早く行かないと、芽衣先輩に置いてかれちゃうよ」
「あ、忘れてた。今日、部活だっけ」
「そうだよ! 今週の活動報告書出すの、遥の担当でしょ」
美玖に急かされるようにして、僕は黒い石を再びポケットに押し込んだ。スクールバッグを肩にかけ、僕たちは騒がしい教室を後にした。
廊下を歩きながら、窓の外に広がる神座市の街並みを眺める。夕日がビル群をオレンジ色に染め上げ、どこかノスタルジックな光景が広がっている。
いつもと変わらない、平和で、少し退屈な地方都市の日常。
しかし、その景色を見つめていると、胸の奥に奇妙な引っかかりを覚えた。
(……あれ?)
なぜだろう。この、夕日に染まる街並みを見ていると、強烈な「既視感」が込み上げてくる。いや、毎日見ている景色なのだから既視感があって当然なのだが、そういう意味ではない。もっと冷たくて、静かで、誰もいない場所に、自分一人だけで立っていたような──そんな、説明のつかない奇妙な感覚だ。
「遥? どうかしたの? 急に立ち止まって」
美玖が不思議そうに僕の顔を覗き込んできた。
「……いや、なんでもない。ちょっとぼーっとしてただけ」
「もしかして、また夜更かししてゲームでもしてた? 授業中も眠そうだったし」
「違うちゅうの。ほら、早く行こう」
頭を振って違和感を追い出し、僕は美玖を促して歩行のペースを上げた。
向かう先は、校舎の隅にある古い特別棟。僕たちが所属する、新聞部の部室がある場所だ。




