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Episode.20 パイロキネシスの野望

「さて――と」

 業務を終えて帰宅した弓狩(ゆかり)瑠依(るい)は、コンビニで買ってきた弁当を温めながら呟いた。


 瑠依の勤務先は、警察庁刑事局特殊捜査部、記操(キソウ)こと記憶操作室である。配属されてから三か月ほど、室長の二階堂(にかいどう)左近(さこん)からは冗談とも本気ともつかない調子で『記操のホープ』と呼ばれているパイロキネシスだ。

 瑠依は炎の使い手である。そしてその炎は物理的な破壊力よりも、精神・記憶・認識方面により強力な作用を発揮する。ゆえに瑠依は記操へ配属となったわけである。


 しかし瑠依にはとある野望があった。


「どうにかして魔捜(マソウ)の所属になれないかなぁ」

 ――最強と呼ばれる秩序の魔術師、羽佐間(はざま)螺旋(らせん)が率いる魔力捜査室で働く、という野望であった。



 拡張空間である二・五階の廊下でその姿を初めて見た瞬間から、瑠依は螺旋に憧れていた。

 鴉の濡れ羽色の美しい長髪、静かな佇まい、理知的な表情。

「おはようございます」

 ほぼ抑揚のない声だったが、その凛とした声は間違いなく瑠依に向けられていた。

「お、おはようございますっ」

 瑠依は慌てて姿勢を正して応じたあと、会釈をして去って行く彼女を見送った。


 その時はそれが誰であるかを知らなかった。何せ当時、瑠依は記操どころか、配属されたばかりの極秘部署である特捜の存在を知って、まだ間もなかった頃だった。


 少しずつその異能部署に慣れてくるに従って、瑠依はその女性が魔捜の室長であり魔術師である羽佐間螺旋だということ、そして瑠依自身の所属部署である記操室長の二階堂があまりにも判りやすく螺旋に片想いしていることを把握した。

 ちなみに瑠依の知る限り、二階堂のアプローチは常に瞬殺されている。それでも二階堂は折れる様子がない。最早お決まりの様式美である。


「……うちの室長は本っ当にタチが悪いのよねぇ。メンタルが鋼すぎる、羽佐間さんに無駄な労力をかけさせやがって……」

 ついつい口が悪くなり、無意識に握っていた拳から瞬間的にぼわっと炎が上がった。

「――っと、危ない危ない」


 危うく火事を出すところだった、と軽く反省したところで、電子レンジの温め完了音が鳴った。弁当を取り出し、食卓に向かう。


 瑠依が住んでいるのは、特捜職員向けの寮の一室である。能力者向けに強化されているとは言え、さすがに炎が燃え移れば火災発生の危険性が上がる。瑠依の扱う炎がやや精神方面に寄っているのは幸いだったとも言える。無論その炎は、物理的に作用させることも可能なのだが。


 テーブルに弁当を置き、椅子に座る。

 大手コンビニチェーン、アーバンマートで購入した雑穀米と黒酢あんかけチキンの弁当は、ふわふわと湯気を上げていた。まずは好物のレンコンから頬張る。


「うん、今日もおいしっ。で、魔捜に行くためには……」

 食事を摂りながら、瑠依は作戦を練り始める。

「魔捜が扱うのは悪魔関連でしょ? 確か羽佐間さんが扱うのって、亜空間だったはず……私の炎は……悪魔とか亜空間には適用できないのかなぁ?」


 他者の記憶や認識を焼く、という経験は、記操で積んでいる。それが現在の瑠依に課された仕事なのだ。

 特捜が扱う案件は、そのほとんどが一般人の記憶に残ってはいけない、一般人に認識されてはいけない類のものである。ゆえに、必要とあらば他者の記憶、脳内、認識に存在するそれらを、その認識や記憶の持ち主である本人にも気付かれないように消去する、というのが記操の職務なのだ。


 ちなみに魔捜の室長である螺旋は、室長と呼ばれることも、階級の警視を付けて呼ばれることも嫌っている。彼女は魔術師であることに重きを置いているかららしい。だから瑠依は羽佐間さんと呼んでいた。その羽佐間螺旋という名も、本名ではないと聞いたことがあった。


「……うーん、悪魔への対応って、実質羽佐間さん一人でどうにかなってるっぽいし、となると私にはやっぱり、後処理くらいしかできなさそうだし……てことは、やっぱり記操で羽佐間さんと関わるチャンスを待つしか……ない?」

 黒酢あんのかかったナスの素揚げを味わってから、瑠依の思考はそこに到達してしまう。


 魔捜に所属している他の職員は、確か空管(クウカン)こと空間管理室から支援要員として派遣されている結崎(ゆいざき)つづりと、本来は情分(ジョウブン)こと情報分析室所属の優秀すぎる問題児、黒峰(くろみね)準(じゅん)だったはずだ。あと確か、最近配属になった刑事がいたはずである。


「確か結崎さんも黒峰さんも、本来の所属が魔捜じゃないのよね。最近入ってきた人はまだ情報不足だけど……私も記操から魔捜に派遣される可能性もゼロにしなくてもいいよね?」


 瑠依はそこに一縷の望みを託す。例えば――魔捜内で記憶操作までを一挙に完結させるという流れに組織が動けば、当然記操からも誰かが派遣されることになる。現時点でも魔捜が扱う案件は、ほぼ常に記操と連携しているのだし。


「つまり、より密な連携が必要になる状態がデフォルトになれば、私にもチャンスがあるんじゃあ!?」

 その可能性に思い至り、瑠依は瞳を輝かせてから雑穀ご飯とチキンを続けて頬張る。


「――ああ、でも」

 もぐもぐ、と味わったそれを飲み込んで、瑠依は半眼になった。

「そうなったら、室長が直々に行きそう。あの室長ならやりかねない、ホントに」

 二階堂の飄々とした、つかみどころのない笑顔が浮かび、瑠依はそれをしっしっと追い払う。


 二階堂は確かに、控えめに言っていわゆるハイスペ男子であることは瑠依も認める。認めざるを得ない。その外見だけに留まらず、彼は記操を束ねる室長であり、そしてその方面の能力も統率力も、明らかに群を抜いている。それは悔しいがどうしても認めざるを得ない。

 ただ、そのハイスペ男子からのある意味ひたむきすぎるアプローチに、螺旋は一切靡かない。常に瞬殺だ。


「……そこがまたかっこいいのよね、羽佐間さんは!」

 脳内に浮かんでいた二階堂を追い払い、そのスペースに螺旋を召喚する。

「ああ、やっぱり私も魔捜に行きたいなぁ、どうにかしてそういう流れが来ないかなぁ!」


 言葉にすれば現実にできそうな気がして、瑠依は先ほどまでよりはっきりした音量でそれを発した。そして、雑穀米と黒酢あんかけチキン弁当を食べ終える。

 そこに、スマートフォンの通知音が鳴った。


「……ん?」

 瑠依はさっと画面を確認する。メッセージアプリの受信通知だった。

 同じ特捜の由良(ゆら)このはからのメッセージだ。

「このはさんだ……ふむふむ」

 内容を読んで、瑠依は素早く返信する。


 由良は空管の所属だが、とある共通点があって連絡先を交換した。以来何かとやり取りを続けている。内容は一見業務に関連しているように見えて、実はそうではない。ごく私的なものである。

 瑠依からのメッセージにはすぐに既読が付き、そして時間を空けずにそれに対する返信が届いた。瑠依も再び返事をし、数回のラリーが続く。

「……なるほどなるほど。さすがこのはさん」

 最後のラリーでスタンプを送り合ってやり取りが一段落し、瑠依は空になった弁当の容器を片付けた。


「よし、とにかく諦めなければ何か手立てはあるかもだし、そのチャンスが来るまでは記操で頑張るかー!」

 ぐっと伸びをしてから、瑠依は浴槽に湯を張り始めた。



 記操のホープ、弓狩瑠依は決して諦めない。いつか魔捜に所属し、憧れの羽佐間螺旋の下で働く、という夢を。

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― 新着の感想 ―
拝読しました(*´ω`*) 螺旋さんと働きたくて、色々試行錯誤してる弓狩さん可愛い! めっちゃポジティブですし、良いエピソードですね! 完結後も楽しませて頂けて幸せです!!
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