Episode.18 繋がらない記憶
本編幕間「混沌迷路の歩き方」のキャラが出てきます
ある日の夕方、結崎つづりはコンビニに立ち寄った。大手チェーン、アーバンことアーバンマートは本日、新作スイーツの発売日である。
退勤後にうきうきと最寄りのアーバンを目指し、軽やかに入店した。
「いらっしゃいませー」
店員の声に何となく会釈をしてから、スイーツコーナーを目指す。つづりが目を付けているのはキャラメルホイップバウムサンドだ。昨夜の新商品チェックの際に、彼女のレーダーが反応した。
「ええっと、多分この辺に……」
チルドスイーツが並ぶ一角に辿り着き、つづりは素早く視線を走らせる。
「あ、あった!」
つづりがそう言って手を伸ばしたのと、もう一つの声が同じ言葉を発し、その手が伸ばされたのが同時だった。
「あっ、すみません!」
「いえ、こちらこそ……あれ?」
キャラメルホイップバウムサンドはそれが最後の一個であり、そしてつづりの他にもそれを目当てとしている客がいた。その客はつづりを見てそんな疑問の声を上げ、首を傾げた。それから続ける。
「あの……どこかでお会い……してません、よね、すみません変なこと言って」
「いえいえ……あ」
つづりは改めて相手を観察し、確かにその顔には見覚えがあることを把握する。
直接会ったことがあるわけではない――否、少なくとも相手にはその記憶は残っていないはずである。
つづりの勤務先は警察庁刑事局、特殊捜査部である。特捜は秘匿された部署であり、公には一切その存在を明かされていない。
所属は空管こと空管管理室、常駐しているのは魔捜こと魔力捜査室だ。つづりはテレポーテーションの使い手である。
そして今、そんな彼女と同じようにスイーツに手を伸ばしたのは、先日発生したとある案件の関係者だった。確か、氏名は秦野綾音。帝和大学に通う学生のはずだ。
綾音が関係している案件は、半ば事故のようなものだった。しかも本来あってはいけないタイプの事故である。混沌の魔女こと黒野漆によるほぼほぼ故意に近い式の打ち間違いに端を発する、特捜関係者及び秦野綾音を巻き込んだ異次元への転送、だった。
つづりが綾音の姿を見たのは端末のモニター越しだったし、綾音からしても同じだったはずだ。それに――綾音のその記憶に関しては、記操こと記憶操作室の暗躍により改竄されているはずである。
「ええっと……」
しかし綾音の言葉から察するに、その件に関する全ての記憶がいじられたわけではないようだ――どういうことだ。つづりは密かに困惑した。
幸か不幸か、現在つづりは私服姿である。だから一見して警察関係者だとは気付かれないはずだ。
「た、多分、どなたかと間違えてると思いますっ」
にこっと笑顔で誤魔化す。
「で、ですよねー……けどおかしいな、声も聞き覚えがあるような……」
「い、いやー? よくある声ですよー?」
「……テンションも似てるような……」
「そ、そんなことよりっ、これ最後の一個みたいなので、どうぞ!」
この件担当の記操職員は誰だー! と大声で叫びたくなるのを必死で抑え、つづりはスイーツを示して話題の転換を図る。
「えっ、いえ、悪いですよ、お姉さんこそどうぞ! 私、変なこと言っちゃいましたし!」
綾音は慌てて、キャラメルホイップバウムサンドを示し返した。
「いえ! 実はわたし、お昼休みにも買って食べたので! ぜひ!」
つづりのその言葉は事実だった――そう、彼女は本日発売のスイーツを、既にリピートしようと目論んでこのアーバンに足を運んだのだった。
「美味しかったですし、ぜひぜひ! わたしは他にも気になってたやつがあるので、それを買います!」
畳みかけるように続けると、綾音は申し訳なさそうな顔をして、
「……じゃあ、お言葉に甘えます。すみません、変な声かけちゃった上に譲って頂くなんて……」
ぺこりと頭を下げてから、キャラメルホイップバウムサンドを手に取る。
「いえいえー、お気になさらず! では失礼しますっ」
正体を追求されない内に、つづりはパンコーナーのレーンへと逃げるように移動する。実際つづりは、本日リニューアルされたクッキー&クリームメロンパンも気になっていた。
「……けどおかしいなぁ、絶対どこかで会うかどうかしたはず……よく思い出せないけど、夢、でもないはず……」
綾音がそう言っている声が聞こえた気がしたが、つづりは振り向かないよう努力した。
スイーツコーナーから棚を一つ隔てたパンコーナーに辿り着くと、
「……あっぶなかったー、何で? 何で記憶が完全には消えてないのー!? ちょっと担当誰よもうー!」
上がっていた心拍数を落ち着けるように、ごく小さな声で疑問を吐き出す。
「上の判断らしいぞ、つづりさん」
「うわっ、華火ちゃん!?」
「気を付けなよつづりさん、今のぼやき、僕にはちょっとだけ聞こえた」
「ご、ごめん、うん、気を付ける……っていうか華火ちゃん、何でここに?」
パンコーナーで惣菜パンを物色していた、同じく特捜の非科捜こと非科学捜査研究室所属、年齢的には中学生でありながらトップクラスの予知能力者である真山華火に、つづりは素直に問いを投げかけた。
「視えたから、かな。綾音さんに会ったつづりさんが慌てふためいてるのが」
「ちょっともうー。え、でも華火ちゃん、大丈夫なの? あの子一般人でしょ? あの件の記憶が全部は消えてないって、色々マズくないの?」
「僕も上の判断に関してはちらっと伝えられただけだから解んないけど――一般人、っていうのは正確には違う」
華火はにやりと笑った。
「え、こっち側ってこと?」
「将来的には、な。多分、だから上も全ては消さなくていいって判断したんじゃないかって、僕は思ってる」
「え、あの子、綾音さん、だっけ、将来的には特捜に?」
つづりの言葉に、華火はこく、と頷いた。
「その時が来たら、あの件を全て思い出すことになるんだと思う。記操のミスじゃあない。担当は僕が聞いた話では沢渡さんだし、現時点で絶妙に記憶は繋がらない処置がされてるはず」
「あー、沢渡さんなんだ。じゃあ確かに、ミスったわけではないんだね」
出された担当者の名前を聞いて、つづりは納得した。
「けど焦ったよ、あの件では綾音さんとは端末越しにしか顔見てないし、確か直接は会話もしてないけど……結構的確に覚えてたっぽいから」
「……ってなってるのが視えたから、ちょっとこっちに来といた」
「華火ちゃん優しーい。ありがとう」
「……別に。面白そうだなって思っただけ」
「またまたー。あれ、でも華火ちゃん、華火ちゃんは直接会ってるよね、綾音さんと? 見つかると危なくない?」
綾音は会計を済ませる頃か――つづりはちらりとレジを見やった。
「大丈夫。僕のことは認識できないっぽいし。そうなる未来も視えてない」
華火は涼しげに言って、棚から焼きそばパンを手に取った。
「あー、沢渡さんっぽい記操だー。え、じゃあ慌てたのってわたし一人?」
つづりもクッキー&クリームメロンパンを手に取りながら問うと、
「そ。慌てたのはつづりさんだけ。ただ綾音さんも軽く混乱はしてる。けど最終的には、気のせいかって納得する」
クールなトーンで華火が答えた。
「覚えはある気がするのに、夢にしてはやけにリアルなのに、その記憶は真実には繋がらない――記操された側からすると地味にストレスではあるよな。まあ最終的に、気のせいかなって納得するしかない」
「……沢渡さんっぽいー。まあ、なら問題にはならなさそうだしいいんだけど。ところで華火ちゃん、綾音さんは将来的に特捜のどこに所属するかまで、視えてる?」
好奇心から問うと、華火はまたにやりと口の端を持ち上げた。
「まあね。けど今は内緒」
「ええー、教えてよー」
「その時が来たら判るだろ、楽しみにしとけよつづりさん。じゃ、僕はこれ買って帰るから、またな」
そう言うと彼女は本当に、すたすたとレジに向かってしまった。
「ちぇー、華火ちゃんのケチー。はーい、またねー」
後ろ姿を見送って、つづりは更にチョコがけデニッシュに手を伸ばし、その隣のバターロールも確保する。
それからチルドスイーツコーナーに引き返す途中でカゴを手に取って三つのパンを入れると、スフレプリンとチョコレートプリンを見比べ始めた。




