Episode.13 混沌のアペロ
「ふふふっ、さぁて」
黒野漆は歌うように言って、ゴシックロリータの裾を翻した。
場所は彼女の自宅で、既に異次捜――異次元捜査室での本日の業務からは開放されている。しかし漆はまだしっかりと、ゴシックロリータをその身に纏っていた。
この姿が周囲から浮いていることは、漆自身が一番よく解っている。しかしそれを気にすることはまったくない。彼女は混沌の魔女と呼ばれる、異次元に対する干渉能力を持つ者だ。秩序の魔術師と呼ばれる羽佐間螺旋とは正反対の――対になる存在であった。
混沌に相応しいのは、異質。それが彼女の美学だ。それを体現するのに、ゴシックロリータは相応しい、と彼女は思っている。
「クロエ、シャルロット、今日もご苦労様」
ぴったりと寄り添って漆を見上げている黒猫と白猫に声を掛ける。猫たちは漆の使い魔だ。通常は一匹の使い魔を使役するものだが、そこに関しても漆は規格外だった。何せ彼女は混沌の魔女である。
「ふふふ、好きな姿をとっていいわよ」
漆がそう許可を与えると、たちまち猫たちはヒトの姿へと変化した。
黒猫のクロエはクラシカルロリータを纏った女性の姿、そして白猫のシャルロットは甘いロリータファッションを纏った女性の姿だ。漆の趣味を反映しているものと思われる。
「主様、本日の任務もお疲れ様でしたなのです」
クロエは優雅に一礼した。
「主様、それでは食前酒の時間ですの?」
シャルロットの問いに、漆は満足げに答える。
「ふふっ、そうしましょ。今日はロゼの気分だわぁ」
「それなら主様、ちょうどリコッタチーズを用意しておいたのです」
「あらぁ、気が利くわねぇクロエ」
「シャ、シャルロットもちゃあんとスナック菓子を用意しておきましたの!」
「まぁ、シャルロットも良い子ね、ふふっ」
漆は二匹――否、二人の頭を撫でる。
二人は嬉しそうな表情を浮かべてそれを受け取り、そしてアペロの用意に取り掛かった。
クロエもシャルロットも、ヒトの姿としてはギリギリだが二十歳を超えているように見える。その実年齢は不明だ。使い魔は年齢という概念を持たない。ただこのヒトの姿であれば――飲酒に関して問題になることはなさそうだった。無論、そもそも年齢という概念がない存在なので、どこまで法律の類が適用されるのかどうかは不明――恐らく適用外だろう――だった。
二人によって手早く支度が調えられると、漆は席に着いた。それを見届けてからクロエとシャルロットも着席する。
こうして、混沌の魔女とその使い魔たちによるアペロが始まった。
サンテ、とグラスを掲げてから、漆はスパークリングロゼを一口飲んだ。
「ふふっ、今日も混沌として素敵な一日だったわね?」
「主様はあの秩序の魔術師様といらっしゃるとき、とても楽しそうなのです」
クロエの言葉に、漆は笑みを深める。
「シャルロットもそう思いますの。それに、あの魔術師様とクロエの髪の色はそっくりですの」
シップスをさくさくと頬張りながら、シャルロットもそう言った。
「ふふっ、魔術師のことは嫌いじゃないわぁ。からかいがいがあるもの、ふふふ。そうだわぁ、クロエも魔術師みたいに髪を下ろしてみる?」
クロエがさっと角切りのリンゴと和えたリコッタチーズを、スプーンで口に運んでゆっくりと味わってから、漆は応える。
「……? 主様、クロエのこともからかいたいのです?」
クロエはきょとんとして、僅かに首を傾げた。両サイドの長い三つ編みが、それに合わせて微かに揺れる。
「あらぁ、それも悪くないかもしれないわね」
その首の傾げ方が、少しだけ羽佐間螺旋に似ていた。漆は密かにそれに気付き、目を細める。
「……クロエだけズルいですの! シャルロットも主様に構って欲しいですの!」
シャルロットが妬いたらしく、必死でアピールする。ちなみにシャルロットは、純白の髪をツインテールにしていた。
「あらあら、可愛い子ね。クロエもシャルロットも同じくらい好きよぉ」
言ってから、漆はシャルロットのグラスを満たしてやった。次いで、クロエのグラスにもスパークリングロゼを注ぐ。
「ありがたき幸せ、ですの!」
「幸せなのです」
シャルロットとクロエは口々に言い、褒められた子供のような顔をした。
異次捜室長としての業務は、これから佳境に入ってくると思われる。だからこれは、嵐の前の静けさだ。そして漆は、混沌とした嵐を好む。何よりも好む。
「ふふっ、しばらくは……退屈しないで済みそうね」
グラスを片手に、漆は童話に出てくる猫のような笑みを浮かべた。
それから優雅な仕草で、グラスを口元に運ぶ。
向かいの席では、クロエとシャルロットが、シップスの上にリンゴと和えたリコッタチーズを載せ、口に運んでいるところだった。
「! 主様、これは新たな味わいですの!」
「更に続けてロゼを飲むと、何とも素敵なマリアージュなのです」
口々に言って、漆にそれを試すように促す。漆は笑って、二人の使い魔に従った。
「……ええ、そうねぇ、これは中々楽しい味わいだわ、ふふ」
漆の言葉に、クロエとシャルロットは手を取り合って喜ぶ。
その様子を、漆は愛おしげに見やっていた。
「そう言えば主様、あの青年も中々のものなのです」
不意にクロエが言って、同意するようにシャルロットも頷いた。
「確か……タカセとか言いましたの。面白いことになりそうですの」
「ああ――そうねぇ、あの青年は……ふふっ、確かに――そうね」
秩序の魔術師、羽佐間螺旋が室長を務める魔捜――魔力捜査室に配属され、初めて辞めずに残っている刑事の姿を、漆は思い浮かべる。
「想定外というのは――ふふふっ、いつだって素敵なものね」
「ですの」
「はいなのです」
漆は既に予感している。あの青年もまた――混沌の嵐に欠かせない一つの駒となるであろうことを。
「ふふ、秩序の魔術師の……そうねぇ、さしずめポーンだけれど……プロモーションが楽しみね」
「タカセは、クイーンになれますの?」
「あの青年に……クイーンは少しばかり似合わないのです」
「ふふふっ」
漆はおかしそうに声を上げて笑う。
「ふふっ、その辺りは――魔術師に懸かっているとも言えるし、青年自身に懸かっているとも言えるでしょうけど――とにもかくにも、楽しみねぇ」
言い終えてから漆はシップスを手に取り、先ほど二人に勧められたように再びそこにリンゴと和えたリコッタチーズを載せた。さくりと音を立てて味わって、ロゼを一口飲む。
つられたように、クロエとシャルロットもそれに倣った。
混沌の魔女と二匹の使い魔によるアペロは、その後も賑やかに続いた。
空には、青白く輝く満月が高く昇っていた。




