Episode.11 テレポーターの休日
クリスマスに近い、ある日曜日。
結崎つづりはこの日のために、数日前から計画を立てていた。思いっきりショッピングを楽しむ、というものである。
普段は警察庁刑事局特殊捜査部、空管こと空間管理室に所属しながら、ほぼ魔捜こと魔力捜査室でテレポーターとして支援要員めいた役目を果たしている彼女は、そのフットワークの軽さが売りでもある。最近は魔捜の室長である羽佐間螺旋が入院中で離脱しており、つづりの心も少し塞いでいたが、だからこそ今日は気分転換をしようと決めていた。
勤務中は女性警察官の制服に身を包んでいるが、今日のつづりは違った。元気なイエローのニットに、ダークブラウンのワイドパンツ。その上にモカブラウンのダッフルコートを羽織っていた。彼女の雰囲気も相まって、その姿は大学生に見える。実際は二十代半ばだが、つづりはやや童顔なのである。少なくとも――警察官には見えない。
「よおっし、今日は目一杯楽しむぞーっ!」
右手を掲げて元気に宣言したのは、ショッピングモールの入り口だ。人目を引いたが彼女は気にしなかった――気付かなかっただけだ。
「まずは……フェリーチェの新作! 可愛いニットが出てたはず……!」
アパレルブランドの名称を口にすると、つづりはまっすぐその店舗のフロアを目指した。空間座標は当然のように認識済みだ。但しこんなに人の多いところではテレポーテーションはしない。二・五階では息をするように能力を使うが、基本的にそれ以外では使わない。街中では防犯カメラが至るところに設置されていることを、無論彼女はよく理解していた。
勤務先も、そこに超能力者が集うことも、全て極秘事項である。
と言うわけで自分の足でショッピングモールを移動し、店舗の前に到着した。
クリスマスに向けてディスプレイは華やかさを増し、つづりのテンションはどんどん上がる。
「あーっ、可愛いーっ! え、気になってたのはこっちじゃなかったんだけど……このニットも可愛いーっ! あとこのスカートも可愛いーっ!」
マネキンが着ているオーバーサイズのケーブルニットに合わせてあるのは、ツィード生地のロング丈マーメイドスカートだ。つづりの当初の狙いは、オンラインでチェックしたフェアアイル風のニットだった。しかしこちらのケーブルニットも捨てがたい。実物を見てしまったので余計にだ。
「うーん、うーん、ちなみにわたしが気になってたやつは……」
少し離れた棚のメインとして、件の新作ケーブルニットがディスプレイされているのを見つけ、つづりはそちらへ寄る。
「うああっ、やっぱりこっちも可愛いーっ」
目を付けていたライトグレー基調のニットも捨てがたかった。他の色が基調になったバリエーションも展開されているが、チェックした際に一目惚れしたライトグレー基調がやはり一番だ。
「……どうしよっかなー、クリスマスも近いしなあ……ええいっ、自分へのプレゼントってことで、両方プラス、スカートもお買い上げだねっ」
ほんの少し逡巡してから、つづりはそれらを手にレジへと向かう。衝動買いをしてしまうことも割と多いのだが、そのほぼ全てを外さないのがつづりという人間だった。
テンションを上げるためにプレゼント包装をお願いすると、女性店員の鮮やかな手つきでお洒落にラッピングされたニットたちは、紙製のショッパーに入れられつづりに手渡される。
「ありがとうございますっ」
弾ける笑顔を向けると、店員の明るい声に見送られながら店舗を出た。
「次は……ル・リアン・シャルルー!」
雑貨店の名を口にして、同じフロアの少し離れた店舗を目指す。クリスマスシーズン限定のバスボムが発売されているはずだ。ついでにアロマオイルとマスキングテープもチェックするつもりでいる。
うきうきした足取りで辿り着くと、つづりは店内に入った。
服を買ったことで上昇していたテンションが、更に上がる。雑貨店とはそういう場所である。
「ああもうっ、可愛い以外の言葉がない!」
小さな買い物かごを片手に、つづりは歓喜の声を上げた。
バスタイムをリラックスタイムとして重要視する彼女は、真剣な眼差しでバスボムをいくつか見繕い、それからいつも使っているお気に入りのアロマオイルと、限定デザインのマスキングテープを三種類購入した。
続いて向かったのはコスメショップ。それから更に二軒のアパレルショップを梯子し、そこそこ散財した彼女はモールを後にした。
両手は五つのショッパーで塞がっている。
「えへへ、買い過ぎちゃったかな。たまにはいいか。さてさて、ここからがメイン!」
徒歩十分の場所にあるスターピースカフェ、通称スタピカフェを、彼女は本日のメインと据えていた。
十二月限定メニュー、スペシャルショコラノエルパフェを食べないわけにはいかない。両手を塞ぐ荷物の重さなどものともせず、つづりはスキップしそうな軽やかさでスタピカフェを目指した。
店内に入ると、お洒落なクリスマスソングが流れていた。日曜の午後ということもあり、客席も三分の二ほどが埋まっていた。
まずはカウンターでの注文だが――
「……ああ……」
目当てのスペシャルショコラノエルパフェは無情にも売り切れていた。
「……申し訳ございませんお客様、こちら本日は品切れとなっておりまし……あれ?」
申し訳なさそうな声で説明していた店員が、そんな声を発した。
「ん?」
つられてつづりも、メニューから顔を上げて店員の顔を見てみる。
「あー! 高瀬さんの妹さん!」
店員は、魔捜所属の――と言っても、その部署名を彼は妹には伝えていないだろう――高瀬藍一郎の妹だった。
「この前お兄ちゃんと一緒に居た……同僚の方ですよね!? えっと、結崎さんでしたっけ?」
「そうそう! ええっと、紗雪ちゃん、だったよね? えーっ、ここでバイトしてるんですか?」
「はい!」
紗雪はにっこりと答える。それからまた申し訳なさそうな顔になり、
「スペシャルショコラノエルパフェは、ついさっき完売してしまって……」
「毎年、クリスマスメニューは大人気ですもんね。もうちょっと早く来れば良かったなぁ……あ、何かスイーツでお薦めはありますか?」
「それなら、定番のこちらのワッフルに、ホイップとチョコレートソース、キャラメルソースのカスタマイズ、あとちょっとした裏メニューなんですけど、そこにアーモンドダイスの追加がお薦めです! ホイップ追加のラテと合わせるのが私は好きです」
「えーっ、すごい、ホイップたっぷりって幸せそう! じゃあ、それをお願いします! あとガトーショコラもお願いします! あ、店内で食べまーす」
「かしこまりました、ありがとうございます。お会計が――」
支払いを終え、隣のカウンターでスイーツとラテを受け取る。
目星を付けていた窓際のカウンター席を無事に確保し、つづりはそこに座った。腕に掛けて運んできた荷物は、足元のかごにまとめて置いた。
「スペシャルショコラノエルパフェは惜しいけど……このホイップたっぷりのワッフル、これも美味しそうっ。めちゃくちゃ可愛いし!」
しかもプレートにはチョコレートソースでメッセージが書かれている。つづりはスマートフォンを取り出し、ワッフルとガトーショコラが載ったプレートとラテを写真に収めた。
「ふふーん、これで良し。それじゃあ、いただきまーす」
まずはガトーショコラを一口頬張る。やはり狙っていたスペシャルショコラノエルパフェはチョコレートスイーツのため、彼女の口はそれに近い味わいを求めていた。ひとまず濃厚なガトーショコラを楽しんでから、ホイップが溶けてしまわないうちにラテも一口飲む。
「甘ーい、幸せ~」
一見やり過ぎと呼べるくらいホイップづくしのチョイスは、実際一般的に見るとホイップ過多ではあったのだが――薦めた店員、紗雪がかなりの甘党のためであり、つづりも同じくらい甘党なので成立したチョイスとも呼べる――つづりにとっては至福のひとときとなった。
ワッフルのカスタマイズもつづりの好みにドンピシャだった。アーモンドダイスの香ばしさがアクセントになり、ガトーショコラ、ラテ、ワッフル、ラテ、と食べ進める。幸せなエンドレスに思われたが、ついに食べ終えてしまった。もう少しゆっくりと過ごす予定だったが、店内も更に混雑してきたし、ちょうど引き上げどきかもしれない。
トレーを返却カウンターに運び、手早く片付けを終える。退店前にもう一度紗雪に挨拶をしようと思ったが、姿は見えなかった。
カフェを出てから、
「……スペシャルショコラノエルパフェは……また今度リベンジ……できるかなぁ? けど、ワッフル美味しかったし満足! まだ意外と時間あるなぁ、そうだ、ショコラティエ・イトウの……い、いや、さすがに食べ過ぎになるかなぁ……いやでも、クリスマス限定の……」
つづりは更に予定をねじ込み、うきうきと歩き始めた。




