誰かさんの手のひらの上④
目の前に少女が立っていた。レイと同じ白髪で肩にギリギリかかるくらいの長さ。絵本に出てくる妖精さんの様な、この世の者ではない雰囲気を持っていた。
「僕の名前は答えたよ。君の名前は?」
当然、聞き返してくる。名乗ったのなら名乗り返すのが社会の常識でルールだ。
「……エリスと言います。よろしくお願いしますね。ロンドさん」
正直、戸惑っている。なぜ私に近づいてきたのか。花持ちでしかも五つ花、只者じゃないことだけは確かだ。
「エリスちゃんか……いい名前だね♡」
「あ、ありがとうございます?」
「ふふ、ねぇお隣失礼してもいいかな?」
ロンドがベンチの空いているスペースを指さし、問いかける。怪しいが断る理由も無いので承諾する。
「ありがと♪」
ロンドが隣に座る。横顔がとても綺麗だ。
「それで、私に何か用でしょうか?」
「普通にお喋りしに来ただけだよ。友達がいなくてね、毎日つまらないんだ」
「それだけですか?」
「それだけなんだよねー」
「……」
「……」
両者の沈黙が続く。何か話題を出した方が良いのだろうか。しかし、喋りかけてきたのは彼女からだ。ここは待つべきか?そんなことを考えていると
「ねぇ、エリスちゃん」
ロンドが話を切り出す。
「はい?」
「呼び捨てで呼んでいいかな?そっちもロンドって、呼んでいいからさ」
「っつ!?」
右手にひんやりとした感触が走る。咄嗟に視線を落とす。ベンチに置いていた手とロンドの手が重なっていた。
「あはは、エリスちゃんの手……温かいね。肌もすべすべだし嫉妬しちゃうなー」
離そうとしても離れない。力を加えているはずなのに手が動かない。まるで、最初から手なんて無かったような、そんな感覚だった。
「嫌って言わないなら呼んじゃうよ?」
「……どうぞ。ご自由に」
「やった!ねっ、下ばっか向いてないでさ……こっち、向いてよ」
ロンドの白い手が近づいてくる。手が顎に触れて再び、ひんやりとした感触が走った。徐々に顔が上がっていく。抵抗は出来なかった。右手と同じように動かすことが出来ない。
全てが彼女の思うがままに動かされている。やがて、視線が合うまでに顔が上がった。
「やっと合わせられたね♪」
やっとと言うが、ベンチに座る前に一瞬目は合っている。
「エリス、なんか違うね」
どうやら、ロンドのターンはまだまだ続くようだ。
「な、なんのこと……ですか」
うまく喋ることが出来ない。理由は明確で目線がずっと合っているからだ。逸らそうにも逸らせない。そんな状況が終わらないのは結構きつい。
「なんかねーエリスがエリスであることは間違いないんだけど……『ガワ』かな。ちょっと顔、触らせてもらうよん」
本人の承諾を得ずにロンドは私の顔を触り始めた。頬を撫でたり、耳たぶを引っ張ったり、色々された。
満足したのか顔から手を遠ざける。
「うん、やっぱりおかしいや。かなり精密だね、この……影か」
「!」
「お、当たってるみたいだね」
変装がバレたのか。本当に何者なんだ。
「貴方は──」
何者なんですか?と聞こうとしたが、人差し指で口を封じられる。
「悪いけど、その質問には答えられないな。どうせそのうち分かっちゃうし、他に知りたいこと……あるんじゃない?」
そっと、人差し指を口から離してロンドはエリスに新たな質問をするように促す。
知りたいこと。
レイに聞こうと思ってたこと。
花の紋様が欠けているかもしれない。知りたい。自分の過去に何があったのかを知りたい。
「花持ちの紋様について……いいですか?」
「うん!やっぱ、それだよね。君の紋様は──」
話が途切れる。ロンドの口が動かなくなり、笑顔が消える。
「……はぁ、チッ……タイミング悪すぎんだろ」
口調がなんてものじゃなく、雰囲気すら変わった。これが素の彼女なのだろうか。ロンドが自分から目線を外し、触れていた手も離す。
「ごめんね。エリス」
その謝罪が体を拘束したことなのか質問に答えられなかったことなのかは分からない。
気がつくと、体と顔が動くようになっていた。その現実に安堵する。
ロンドが頭に手を当て、空を見るように顔を上げる。しばらく見ていると一人で話し出す。
「あーあー、聞こえてる?」
私に向けていた意識が無くなる。誰と喋っているのかは分からない。
「……うん、うん。そっちの件をこっちに持ってこないでほしいんだけど。……今いいとこだったのにさぁ。……あいあい分かった、今すぐね」
話し終えたのか再び私に顔を向ける。
「じゃあね、エリス。でも君の紋様については今日分かると思う」
何か確証があるのか、自信のある言葉だった。
ロンドが立ち上がる。
「それと、もうちょい周りを見たほうが良いかもね〜まっ、私が見えなくしたんだけど」
「周り?」
確かに最初から最後までロンドから目が離せなかった。もちろん物理的な意味で。その言葉に疑問を覚えながら周りを確認する。
「うそ……」
この国から人がいなくなったわけじゃない。魔獣が現れて、国民達が殺されているわけでもない。
私の目に映ったのは
「……止まっている」
人が、鳥が、落ちる木の葉が、エリスとロンド意外の何もかもが止まっている。
「精神的な時間は取らせちゃったかな。……また、どこかで会えるといいね」
「待ってロン──」
ロンドが目の前からいなくなる。それと同時に音が聞こえ始めた。
子供が話しているであろう声、屋台にいる店員さんのかけ声、鳥のさえずり、流れ落ちる水の音、すべてが自分の耳に届いている。
時計を見る。
「……動いてない。時間の……操作」
もしそうであれば強すぎる。そんな花持ちを今まで聞いたことがない。
結局何が目的なのか分からなかった。ベンチに背を預け、体から力を抜く。無意識に天を仰ぐ。
「ロンド。一体貴方は……」
そんな、傍から見たら少しおかしい独り言をつぶやいていると上から顔が現れる。
「あの、何か用ですか……って、えっ?」
それはさっきまで飽きるほど見ていた顔と同じだった。
「いやー実はやり残していたことがありまして。……テンション上がって忘れてた訳じゃないよ」
ロンドである。さっきカッコつけて色々言っていたあの。謎の言い訳をしているが、何のことについてしているのかは分からない。
「やり残していたことって?」
当たり前の問いをすると、一瞬で見えていた景色が変わる。景色だけでロンドは変わらず視界の中にいた。
「は?」
建物だろうか。明かりは無く、ただただ暗い。腕と足が縛られており、寝かされている形で身動きが出来ない。
「ごめんね。エリス」
『ごめんね』その二度目の謝罪の意味を理解出来ないほうが難しかった。




