ママ‐やっつめ
晩、食事を済ませたアキナの両親、父だけが早々に眠りにつく。
そしてアスカはイエレナを連れて、しばし外に出る。腕をまくり、夜風で体を冷やしていく。外もそれなりに暑いものである。それでもアスカは夜風の心地よさを感じずにはいられなかった。
そして、ちらりと家の戸を見る。アキナに言われた通りに外に出はしたものの、二度三度、何度も視線を家のほうに向けるのだった。
「少し・・・やつれた?痩せた?」
アキナが、皺のある母に純な言葉を投げかける。
軽くそっと。
蛇口から水がポタっと落ちる。
「なに?・・・・そんなにニコニコしながら見て、怖いよ。」
母は骨の見える腕を机に預けている。掌は膨らみ、木の実一つ分の空間を残して指先が机に立つ。そして手首から肘まではのっぺりと置かれている。
「母さん?聞こえてる。」
母はもう一度笑い、頷く。
アキナは、はぁと息を吐く。そして同様に机の上に腕を預ける。指はピンとのび、掌の皺が広がり、木でできたそれとの隙間と合わさっていく。小指を動かし、枠をはみ出た拍子に角を掴むように指を曲げる。
「なんで、こんなところ。たまにはあの人の言うことに反対しても良いんじゃないの?」
首が振られる。
「いつまでも、それでいいと思ってるの?」
また。
「・・・・怖くないの?」
蛇口が渇き、水音を立てなくなる。
「ないわよ。怯えは・・・・・ないわ。」
母の言葉が続いていく。
「今のあの人を見てると、思い出すんだわ。昔のこと。」
自然と首が外へと向かわせていくのがアキナでさえ分かる。
「あの人、昔からああなのよ。まぁ、そんなことないとは思ったことはないだろうけど。ほんとにあのまま。まぁ家事なんかに手を出したのは最近だけど。身勝手で、横暴で、単純で。」
母の首は、彼女の視線を一つの扉へと向かわせる。
「それでもね、あの人は言ったの。私を苦しませはしないって。いや言ってないかしら。どうだったのかな。まぁでも、私にそう伝えようとしてたことには変わりない。」
視線は再び、外へと向かう。
「きっと、どこかで歯車がズレちゃっただけなのよ。だから、そんな顔しないで・・・・・また遊びにでも来てよ。あの人のヘンテコな話聞かせてあげるから。」
はにかむ母の首は回る。
アキナもその視線に重ねるように、父のいる部屋を見つめていく。
「あの人、最近・・・・・腰悪いのよ。なのに、家事頑張ってて。笑っちゃうでしょ。あの人がだよ?ねぇ笑っちゃうでしょ。」
明るすぎると感じていた室内も、外灯が太陽から月に変わった今はちょうどよく感じれていた。
アキナは水っけを忘れた目頭を摘まみ、休ませながら、天井に顔をやる。
チカッと光る室内灯に思わず目を瞑り、顔を背ける。
「あら、大丈夫?もし、かまわないならさ、今日は泊っていきなさい。もう遅いでしょう。ほら外のあの子たちも呼んできて。」
静かに立ち上がったつもりでも、椅子はがたっと音を立てる。アキナは、かっと顔が熱くなるような感覚になった。早足で外への扉に進み、室内から逃げる。
扉を開くと、ぶわっと外気が髪を揺らし、口の中に入ってくる。しめっけのあるそれは、小さな羽虫と一緒になって舞い込んでくる。
小刻みに顔を震わせ、アスカの元へと歩いていく。早足で。
「今日、泊ってけだって。」
「泊る!?」
アスカの眉が、眉間が寄る。
「アキナは?アキナはそれでいいの?」
言葉に詰まりながら、アキナはズボンを少し引っ張る。体に張り付くほどのそれは、悲鳴をあげているようであった。
「私・・・・・・昔よくワンピース着せられてたなぁ。」
急な話にアスカは頭にハテナを浮かばせ、首を傾ける。
「今日だけ、今日だけだよ。」
そういってアキナはひとりでに家へと足を運んでいく。
「ちょ、ちょっと。」
立ち上がり、つまずきながらも歩いていく。
「アキナが良いならいいんだけど。」
アキナに追いつき、話しかける。
「昔・・・かぁ、イエレナも小さいときは布でぐるぐる巻きにさせられてたなぁ。よく泣く赤ん坊だったし。じたばたしてたからなぁ。」
アスカは、イエレナを持ち上げながら、頬のそばかすをこねくり回していく。
「そういえば、アスカ・・・・前に行商人に変な遊び道具もらったって言ってなかった。それ、今日やりましょ。」
「ああ、あれね。」
「名前なんて言うんだっけ。」
アスカは、荷物の中からそれを取り出す。軽そうなそれは夜風に吹かれなくとも、ゆらゆらと震える。
「わぁ、ははっ、そんな感じだったっけ?」
「うん。確か、”線香花火”だったかな。」
そんな会話にも、ほどなくして火薬のにおいが入り混じっていく。




