ママ‐ななつめ
夕刻時、アスカとイエレナは、床に座っている。そして家族一同は、椅子に座り続けている。
アキナは、あえて母に視線を預け、その隅で父を観察する。今の父がどのような人間なのかを判別するには、それで充分であると考えていた。
そうして大人しい父が口を開く。
「ああ、アキナ。前から言ってた話、今日こそは、あそこの修理屋の親人ところに頼むよ。跡取りが・・・・・・
数年ぶりの父の言葉に、アキナの体が急激な反応を示す。顔が赤くなり、腫れあがるように発熱していく。腕やら脚やらの節からは汗が噴き出し、ぼたぼたと垂れてしまうのではないかとアキナは、思わず体をぐっと縮こめていく。
そして、ピクリと張りのあるズボンは向く方向が変わり、軽快な甲高いを音が響く。
アキナは、父の頬を叩き、立ち上がっていた。
目尻、そして口角の下がる崩れた表情で父を見下ろす。
半開きの口は、言葉を発せなかった。
アスカへとゆっくり視線を送る。
目が合う。
目が合う。
目が合う。
挙動不審になったアキナの両目は次の言葉によって、その場所が定まる。
「そうね。お父さん。でも今はもう関係ないでしょ。そうだ。もうこんな時間。お料理の時間じゃない?ほらやらないと。私がやっちゃうわよ。」
母の言葉。
アキナの父は、ぱちりと瞬きをすると自然なままキッチンへと向かっていった。
背を向け、野菜やら何やらを用意していく。
「しょうがないの。きっとしょうがないのよ。こうなってしまったならきっと。」
アキナは荒れる呼吸を押さえつけることができずにいた。それでも母の姿越しに、ぼやける父を見ながら、髪をぐしゃぐしゃと搔きむしっていく。
表情も乱れ、両肘を机に立てる。
「いったい、もう・・・なんなの。」
「・・・・・・・・」
母は、湯飲みを持ち上げ、音を立てずに喉に水分を通していく。
「おい、これ切ってくれ。それと、野菜切らしたから、おもてのやつ取ってきてくれ。」
母は、はいはいと淡々とした返事を残し、外にでる。
取り残された数人。
言葉を紡ぐのはアキナだけであった。
「変わってるのに変わってない。料理なんかしたことなかったはず・・・・・・でも私はあの言葉を嫌というほど聞いてきた。いやそんなことより、変だ。あの人は変だ。」
ぶつぶつと独り言は、机の上で跳ね、アキナ自身へと反響していく。
野菜を手に母が戻り、指示されたことをこなしていく。
「この人。相変わらずよ。大して変わってない。でも、家事を率先してやるようになったのよ。もう私の役目なんか取ってやる!みたいにね。」
背中ごしの言葉。
アキナはそれを、頭のてっ辺で受け取る。
そしてアスカがようやく動く。アキナの隣にあった椅子をどかしつつ、アキナを立たせる。そしてイエレナの隣に座らせてから言う。
「アキナ、帰る?・・・・・いや帰ろう。もういいんじゃない?」
しかしアキナは、ふるふると顔を横に揺らす。拍子に赤毛は靡き、アスカの目に刺さる。
「まだ・・・・・・・まだ、ほんの少し。」
「でも、もう・・・・・・さぁ・・・」
頭を横に振る。
アスカは、強くなりかけた言葉を抑え込む。そして膝をつきながら、イエレナと同じくアキナの肩に手を置いて、支えることだけをしていく。
アキナの母は役目を終え、振り返る。
「・・・・・・・・あなたは、今を生きなさい。今を認識できているなら、その今に視線を向けなさい。そして未来にも。あなたは過去の上に立ってるのだから。」
母の言葉を父の姿に背負わせる。
「あの人は?」
「ママにも分からない。あの人は今、何を見てるのかしらね。」
「・・・・・・・ママは?」
「私?そうねぇ、私は・・・・・・」
母の言葉は、そこで詰まったかと思うと、机でコトッという音がなる。
「ああ、ごはん作ってくれたのね。ありがとう。さっそくいただくわ。」
そういって母を椅子につき、スプーンを手に取る。
そして父も同様に、食事を始める。
アキナは、食べる気は微塵もなく、ぺたりと両足を平たく地面に付けながら座り込む。
そしてアキナに変わってか、アスカは立ち上がり、机の料理を見る。
ひとつの大きな皿。そして二つのコップ。ふたつのスプーン。ふたつの中くらいの皿。ふたつのスープ。
机を彩るものはそれだけであった。
そして、食事の最中、アスカは思わず、「はっ?」といらだちの声を洩らしてしまう。
アキナの父は、二人だけの食卓の中であっても、アキナに話しかけるのだった。




