ママ‐ここのつめ
家へと戻るアキナ。
その横にはアスカとイエレナがいる。
「あら、今日は泊ってくるってことでいいのね。」
「ああ、うん。」
「ああ、うんって。まぁ、ゆっくりしなさい。アスカ、さんだっけ?あなた達も気にせず休みなさいね。」
「はい。ありがとうございます。」
さわやかな挨拶をすると、アキナの母との会話をこなしていく。
髪を揺らしながら、頭を数回下げるしぐさをしていく。歯を見せる表情でぽりぽりと頭を掻いていく。
「ええ、ええ、いや・・・・そんなそんな。」
アスカが母の対応をこなしていく。
「ねぇ、ママ、ちょっと外でない?」
アキナがアスカの荷物からプラプラと紐のようなそれを取り出す。
眉ひとつ揺らさず、淡泊な言葉でそれが言われた。
反対に、アキナの母はうわずっていく。
「え!?そ、外?いーわよ。外ね。というかそれ何?」
「これ?」
アキナはアスカをちらりと見て、口の動きを確認してからまた母に向かう。
「線香花火だよ。」
肩眉を下げ、顔を傾ける。
「なんか、きれいなんだって。それも今ぐらいの時期にやると、とっても。」
「へぇ、で何をどうするの?」
アキナは口を閉ざしてから、足を外に向ける。
「アキナさん?」
アスカに名を呼ばれても振り返らずに外へと歩いていく。
アスカは、アキナの母親に目を配りながら、ごそごそと荷物をあさり、アキナを追いかける。
「お母さまも、行きましょう。」
「えぇ。」
「イエレナも、ほら行くぞっと!!」
アスカがイエレナを持ち上げ、肩車をする。
そして行こうか、そうまた声をかける。
雑に履かれた靴は、素肌の足裏をはたきつつも、靡きながら地面をたたく。
歩けば歩くほど、じゃりの擦れる音と甲高いような靴の踵が鳴らす音が響いていく。
「じゃあ、やる?」
アスカは言いながら、膝を曲げる。
そしてアキナはアスカの横で腰を下ろすと、アキナの母も真似るように足を折る。
すると線香花火の前に、パキパキっと誰かの足が鳴り、夜に似合った密かな笑いをつくりだす。
いつのまにか、四人は空間を囲むように円となっている。
そんなことをしながら、アスカはマッチを手に持つ。
二度三度、三度四度、小さな木の棒を勢いよく振る。
擦れ、夜に火花が咲く。
匂いが零れ、足音に溜まっていく。
アキナの母が鼻で息を吸う。
「なんだか、いい匂い。」
「火?」
アキナがそう言葉を返す。
「火もそうかも。でも夜の匂いがする。汗がひいていく匂いがする。そんな感じ・・・・・・なんだか風が気持ちいわね。」
アキナの母は首を伸ばしながら、再び大きく息を吸い込んでいく。
夜風が髪を梳き、枝分かれさせていく。
周囲にある自然は、ざわざわと寝言を洩らす。
そしてようやく、ぼっと陽が灯る。
家の明かりは残っている。それでも、その炎は確かに四人の顔を明らかにさせる。
ぼんやり、ぼんやり、そんな炎に一人ずつ線香花火を近づけていく。
ぷらぷらとマッチの火のなかを彷徨いながら、少しづつその身が焦がされていく。
じりじり、じりじり、最初に火花が散ったのはアキナであった。
火薬が香り、閃光とともに弾けていく。
火花の始まり。
そんな一瞬にアキナは指を揺らしたかと思えど、すぐに震えを抑える。そうすると線香花火も落ち着いていく。
ぷくりと膨らむ火の玉から交差する橙色の発光が放たれていく。
ぱっぱっぱちっ
ぱっぱちっぱっ
ぴかりと花が咲き、ゆっくりとそれが落ちていく。
「あっ」
アキナの線香花火が落ちる。
すっと暗くなり、アキナの目が夜を捉えられなくなる。
しかし続々と、アキナの母、イエレナ、アスカと線香花火をつけていったことで、皆の顔は見失わなかった。
枯れた花火を片手に母の顔を見る。
暗闇を背に、線香花火の形で顔が明るんでいた。
口角は上がるも下がるもしていない。
しかしアキナには笑っているように見えていた。
母と子。
記憶が刺激される。自分にとっての母と誰かにとっての母、それが頭に浮かんでくる。
アキナはじっとじっと母を見る。
暗がりの中の火は、瞳を虚ろにしていっている。
しかしぽっとひとつ、ぽぽっとまたひとつふたつと線香花火の先が落ちることで、夜は沈んでいった。
「あぁ、落ちちゃったわね。」
「うん。」
アキナは自然と返事が出る。そして言う。
「もうない?」
アスカは視線を横に揺する。右に左に首を振る。
「そ。」
「うん。」
アキナの母がゆっくりと立ち上がり、腿にある砂を落とす。
「こんな季節でも夜は冷えてくるから、・・・・・中、入りましょ。」
母が歩いていく。
明かりをつけさせていた家の元へと歩いていく。
「私、ママも人間だなんて今まで思ってこなかった。ママはママだって。だからすごい不安だった。しんどかったのは私以外でもありえたんじゃないかって。」
母は振り返らなかった。
声が届いていないのか、彼女は自らの子の言葉には反応できなかった。
線香花火を終えたその後、月はれっきと沈んでいくのだった。




