ママ‐いつつめ
膝元程度しかない囲いを支えとした木造りの門をくぐる。
アスカを先頭に、アキナ、イエレナと続いていく。
村人たちの最初の視線をアスカに向く。
そして少しずつ後ろにズレていく。
「ん?なんか・・・・・ずいぶん前に・・・・・・・あれぇ・・・・アキナちゃん?」
ひそひそと会話しているはずだが、耳の遠くなってきている奥様方の話し声は大きい。
アキナは小言を溢す。
「聞こえてるっての。」
「・・・・ほんとに。」
アキナは足を早め、二人を先導するように歩いていく。
前髪は目に刺さることなく揺られていたが、じきに止まる。
アキナの手は自然と前髪を分ける。そして、「えっ?」と言いながら、アスカに視線を送る。
「家が・・・・・ない。」
眉を搔いていた手は、力なくぶらりと、胸のあたりを通りながら垂れ落ちる。
「うそ・・・・・・・・な、なんで?」
アキナは自分の体の内からの冷たい汗を感じながら、次々と視線をあちらこちらへと移す。
「なんで?なに、なんなの?どこいったのよ?」
アキナは思考を巡らせるが、思い出せるのは別れた日の景色と、つい最近見上げた死骸を喰う鳥の影だけであった。
「アキナ・・・・アキナ?落ち着こう。落ち着いてからさ、村の人たちに話を聞きにいこう。ね?」
「うん。・・・うん。そうだよね。まずは落ち着かないとだよね。うん。・・・・・うん。」
アキナは自分の胸に手を当てていく。服は吸い込まれるように皺をつくり、強く引っ張られていく。そして小さく、「私から離れたんだから何を焦る必要があるの」と自分に言い聞かせていた。
「私が嫌だから離れたんだから、会えなくたって何も、何も問題ない。そうよ、だから落ち着いて。だいじょぶ、だいじょぶ。」
肩の浮き沈みが激しくなっていく。
アスカはアキナの肩に手を置き、柔らかくさすっていく。
「深呼吸。深呼吸だよ。・・・・そうだ、あそこの日陰、いこっか。」
背の丸まるアキナを連れて、アスカは一本の大きな木の下へと歩いていく。
「そうだよね。怖いよね。ゆっくり。ゆっくり。」
アスカは声をかけ続ける。
そうしてようやく落ち着いてくると、アキナはまたなにかを洩らす。
「矛盾してる。」
「してないよ。今アキナが・・・・・何かを感じてるなら、それが今のアキナだよ。俺たちはきっと小さな時間の上に立ってるんだよ。過去っていう小さな時間の積み重ねの上に。だから、矛盾なんかじゃない。いや矛盾しててもいいのほうが正しいのかも。あれとこれ。これとあれ。それとあれ。あれとそれ。それとこれ。これとそれ。全部あっても不思議じゃないよ。人間だもの。」
「アスカは?・・・・・・ううん、ごめん。余計なこと聞いたかも。でもありがとう。いつも支えれくれて。」
アキナの呼吸の芯が肩から胸へと変わっていく。
呼吸は落ち着き、表情も普段と大差ないものとなっていく。しかし落ち着いてきたからなのか、じんわりと下瞼に涙の溜まりができてきている。
うつむき、隠す。
「アキナが構わないならさ、俺が聞いてくるから、少し休んでて。」
アキナからアスカへは頷きも返事もなかった。
アスカは、もう一度聞く。
それでも頑なに、それをしようとしないアキナ、
アスカは、エルフと会った時の自分を思い出す。
「俺行ってくるよ。だからだいじょぶ。今は、今はおれを待っててくれればいいから。ほらイェイ。」
「・・・・・・・・」
アスカが走り出す。
その足音にアキナは、バッ!と顔をあげる。勢いに負けた涙は、瞳から零れ落ち、待ってと言いかけて出た微かな声は、鼻づまりのせいか、掠れ鈍いものとなった。
どんどんとアキナの瞳の中にあるアスカが小さくなっていく。
息を吸いながら、泣き始めのアキナの肩は小刻みに動いていた。それでも、その動きが抑えられる部分もあった。
左手、
イエレナは、アキナの手を包み込み、一緒になってアスカの背中を見つめていた。
握られたことでアキナは、その存在自体を思い出し、視線を向ける。
人差し指の付け根で涙を拭き取る。
「バレちゃった。」
アキナは、イエレナの顔を覗くように笑いながら言葉を絞り出す。
イエレナの目は大きく開いたと思うと、直ぐに閉じられる。次にはこくりと一度だけ頷くのだった。
そしてしばらくして、アスカが帰ってくると、手にはひと千切りの紙を持っていた。
「お父さんんとお母さん、別の所にいるみたい。村のはずれのすぐ近く。場所も教えてもらえたから、行けそうなら行こう。」
「嘘・・・・・つかれてないといいわね。」
アスカは、キョトンとしてから間を開けることなく答える。
「へへっそうだね。」
三人はばらばらとなって歩く。各々がそれぞれの歩みに合わせて両手を前後に振る。
そしてほんの数十分歩くと、引っ越したという家に三人はたどりつく。
「小さっ。」
アキナは率直な感想を言いながら、物色するように体を左右に揺らす。
アキナの目は、やけに明るさのある家の中を捉える。ギンギラと明かりで照らされている部屋からは外をも明るくしようとする心意気さえ感じれるものだった。
じんわりとした陰鬱な暑さ。
億劫な手汗は、皺の中に滑り込んでくる。
「じゃ、行こうか。」
アキナは汗なんか気にするなと心の内で唱えながら、その両手を使い、扉の取っ手に力を向けるのだった。




