ママ‐みっつめ
アキナの故郷まで目前、アスカ達は最後の宿で身を休めていた。
しかし、その宿の中にはアキナだけがいた。
偶然にも、この町にプーベテートの少女がいたのだった。そのためアスカとイエレナは、そちらに向かい、治療を試みようとしていた。
今日という日も大きな白い積乱雲がある。迫るように日中の青空を侵していく。
しかしその空にも雲を突き抜けて悠々と泳いでいる一羽がいる。
「・・・・・あの鳥、おっきい。」
平屋の窓から顔を覗かせるアキナはそう一人で話す。
しかしそんな独り言がキャッチボールになる。
「あの鳥、実は飛んでないんだよ。」
頭を丸めた優男が装飾のないまっぴらな顔で空へと目を凝らしている。
「飛んでない?」
「滑空してるんだよ。」
「へぇ。」
「じゃぁもう少し豆知識。あの鳥ね、生きた生物を食べないんだよ。死骸を食べて生きてくんだよ。」
「死骸を・・・・・」
「そう、死骸。自然の掃除屋さん。すごいでしょ?」
男の話は続いていく。
アキナもそれに耳を傾ける。気が紛れるような気がして耳を傾ける。
「ちなみにお姉さんは、なんで辺鄙なこんなところに?」
「ええ・・・何ですか?ナンパですか?」
「ち、違うよ。もう私には娘もいるんだから、そんなことするわけないよ。」
「娘って・・・・じゃぁなんで話しかけたんですか?」
「人と話すとさ、気が紛れるからだよ。」
男は腕にある時計を見つめる。そうすると昼の時間だと言いながら、どこかへと言ってしまった。
アキナは再び空を見る。
先ほどの鳥の姿はない。
白と黒らしく見えた毛。太陽を背に影なっていたため定かではないが両極の色を持っていたようにアキナは捉えていた。
「死骸ねぇ・・・・・」
ぶつぶつと先ほど聞いたことを復唱していく。それでも暇は極まり、アキナは足を動かす。
じりじりと地を熱っする太陽に嫌気がしながら、アスカ達を探す。そうしていくと、ひとつの家に先ほどの優男を見つける。
ぐっと瞳を押しつぶしながら、両手を合わせ、祈っている。
「羨ましい。」
そう溢しながら、もう治療に移っているなら街の中ではなく、開けた場所にいるはずだと気づき、歩みをさかのぼっていく。
のんびりとその重たい足で歩いていく。
じゃりじゃりと地面を擦り、足跡を残していく。
そうしていくうちに、アキナは宿に戻ろうかとも思い始める。しかし視線の先で、煌めく光を見つける。
アキナは思わずその細くもふくよかな足で走り出していた。
風は瞳を乾かし、忙しなく吐かれる息が口に渇きを与えていく。
はぁはぁと落ち着かない息遣いで、ようやくその足を止める。木に手をかけ、腰は重たそうに曲がる。
「アスカ・・・・」
今、目前でアスカは魔法の鍵を握っていた。光り輝き、真昼間に星が生まれる。
”アーフ・シュリーセント”
魔法の言葉。
アスカの意識は失われ、頭が宙ブラリに放たれる。
ガサッ
アキナの足元が微かに、草を揺らす。しかし物陰から姿を現すことはしなかった。
アスカはイエレナに支えられ、快でも不快でもないそのままの顔で眠っている。
まるでそこに魂がないみたいだ、そうアキナは思う。
唾を飲み、視線を空に外す。
地べたに腰を下ろす。ひんやりとしたそこが心地よくもあった。
「あっ」
アスカが目を覚まし、魔法の書に手を掛ける。パラパラとめくられながら、プーベテートの少女と距離が置かれていく。
ヌーアインシャテン、大人よりも大きくありそうな巨大な鳥が影となって、少女から生まれ出てくる。
死骸を食べると聞いた鳥に似たヌーアインシャテンはくちばしを大胆に開き、食べてしまうのではないかという勢いでアスカ達へと向かっていく。
その大きさにふさわしい足音を鳴らしながら、地を揺らし、暴れる。
しかし衣を脱いだイエレナは軽々とそれを止め、くちばしを掴み、回し投げるようにそれを地面に突き刺す。
”フェアシュリーセン”
アスカが魔法を唱える。
少女の体から離れ落ちていた魔法の鍵がもう一度、少女に差し込まれる。
アスカが手首を回し、それを閉じる。
そうすると、ヌーアインシャテンは崩れていき、ただの影となって霧散していった。
既に目を覚ましていた少女は、俯いたままぺたりと座り込んでいる。
静かに落ちる涙。
彼女は何を想い、何をどうしてプーベテートになったのだろうかとアキナは考えていく。
アスカ達と出会って、治療のたびに涙ぐんでいたアキナ。今となっては、それはそれとして見ているとも自覚していた。
乾いたままの自分の頬を触る。
しかしアスカ達が少女をつれて歩き出したことで慌てて身を隠す。そのはずみで、草は叫び、イエレナを呼ぶ。
「ん?どうしたイエレナ?」
アスカがイエレナの後を追い、ゆっくりと歩いていく。
「アキナ?いたの?」
「うん・・・・・・よかったね、治せたみたいで。」
「まぁね。良かったよ。アキナも一緒に行く?」
「行く?」
「この子の家。送りに。」
そうしてアキナは、アスカ達の足跡を辿っていった。
少女は、扉を前に手を震わせる。
アキナは事情を把握していない。それでもその手の震えからは、何かを思考を巡らす余地しかなかった。
10秒、
彼女にはとてつもなく長く感ぜられていたに違いない。
扉が開かれる。
中には、優しそうな両親がいる。先ほどの優男だ。
泣いている。子と親、ズレた歯車と錆びを溶かしていくように泣いている。
ずっとずっと泣いている。声をあげている姿はみっともないはずだ。アキナはそう思おうとしていた。
それでも、羨ましい、そんな声を洩らすのだった。




