拠り所‐ここのつめ
アキナは目を覚ます。
ここのところ、熟睡というものができていなかった。
リビングへと足を運び、ほんの少しだけ顔を出す太陽に思わず目を逸らす。
「あれ?おはよう。早起きねぇ。」
ヴァーゼが普段の装いで、過ごしている。椅子に腰かけ、一人黙々と食事をとっていた。
「あっ!アキナちゃんも朝ごはん食べる?」
ニコニコと笑うヴァーゼに対して、アキナは上手く笑みを返せない。
「あ、いやっ、私はまだだいじょぶです。少し目が覚めちゃっただけなんで、あんまりおなかが減ってるってわけじゃ・・・」
ヴァーゼはあらそう?とまた一口、朝食を口に運ぶ。
部屋の隅には昨日の割れた食器がまとめられている。
「あの・・・・」とアキナは昨晩話し合ったことを言いかけるが、それをやめる。ヴァサーの提案だ、と思い直し、起きてくるのを待つことにする。
そしてようやく他の二人も目を覚まし、朝食へと進んでいく。ふたりのうつらうつらな瞳はこまめに食事を遮り、黒と光りのある鮮やかな瞳が交互に変わる。
アキナは、ヴァサーにコショコショと耳打ちをする。そうするとヴァサーはうつらうつらとしていた目を丸々と開き直し、自然と声のある微笑みを洩らす。
カチャチャと叩くように、ヴァサーがスプーンを机に置く。
背中にある窓からは、光りが舞い込んできている。
「お母さん!今日、外に遊びにいこ!」
「外?」
ヴァーゼの黒目は瞳の上へと浮かび上がり、天上を見るようになる。
「うん。行きましょうか。」
エプロンの紐を緩め、すとんとそれを落とす。
すんなりと受け入れられたことで本日の予定が定まった5人、それぞれの身支度をしていく。
普段と変わらないアスカとイエレナ。その手やら肩やらには、もう荷物が持たれている。
そして二人の親子は、二人一緒になって着替えていく。
バタバタと早歩きの音が絶え間ない。
アキナもようやくアスカ達の隣に立つ。
「・・・・そんな服持ってたっけ?」
「いや・・・・ヴァーゼさんのやつ。なんか貸してあげるって。」
「ふーん・・・・・何柄っていうの、それ。」
「うーん。」
二人して悩みながら、まじまじとそれを見る。片手づつ端っこを摘まみながら持ち上げる。
開放的な下半身はひらひらと空気に泳いでいる。白い素地に金色の留め具が数個、所々にはさざ波のような紺色の波紋が映っている。
そして麦わら帽子をふわりと頭に被せ、人間らしい頬の赤みを影が冷ましてくれている。
「お待たせぇ。」
談話の合間に、そう言う親子の声がポンポンと割って入ってくる。
なんだおしゃべりなんだ、アキナがそう思う。
そんなこんなしていくとようやく、皆の歩みが進んでいく。その先頭には、無邪気な子供が1人。前を見たり後ろを見たりと忙しい。
「ねね、今日はね、この前ね、アスカと見つけた花畑に行きたいの。」
ヴァサーの口調は、歩き方に似ている。ポンポンと跳ね、スキップのようである。
「それでね、花飾り作ってあげる。お母さんにあげる。お母さんにね、元気になってほしいの。」
全部言うじゃん、とアスカは笑う。
そして母も笑う。
「ふふっありがと。」
細くなる目元のまま、息子を抱き上げ、くしゃくしゃとまさぐっていく。
「あはっ、くすぐったいよぉ。」
「ふふっうれしそう。」
イエレナも後方で腕を組み、目元を覗かせている。
「イエレナ?」
イエレナは兄を見上げる。するとその体が持ち上げられる。アスカの肩にまたがり、支えられる。
肩車のイエレナが手を出し、アキナを誘う。
「?」
二度三度、手を動かし、意図を伝える。
アキナは手をイエレナとつなぐ。そしてニコッと笑うの。
そうしていくうちに、目的地としていたところまで辿り着き、数時間を過ごしていく。
家。
床の上には数枚の花びらが落ちる。そして何人かの頭には、鮮やかな花冠が残っている。
明かりをつけるほどでもない暗さを夕焼けの橙色が演出する。木々に造られた床や壁と染み込むように、ぼんやりとした明るさを維持している。
「疲れて寝ちゃったわね。」
ヴァーゼがヴァサーを優しくベッドの上に離していく。そしてようやく解放的になった腕を、もう片方で押し流すように揉んでいく。胸元には、ふたつの皺の跡が残り、その間には水玉ができている。
「いっぱい遊びましたからね。私も疲れちゃいましたよ。」
アキナは、服に残る花の香りを匂いながら、着替えていく。
「ちょっと待って。」
「はい?」
「それ・・・・もう少し着て、私に見せて。」
アキナは再び袖を通し、気恥ずかしそうに裾をひらひらと遊ばせる。
ヴァーゼの伸びるようなしなやかな指は、自分の眉のあたりに置かれる。
「もう少し、もう少しだけ。」
髪を触り、眉間に触れる。目元を離れ、薬指にある指輪をくるくると回していく。
アキナも同様に落ち着かない様子であったたためか、口を動かす。
「あの・・・・これ、すごい綺麗だと思います。」
「ふふっ・・・・・ありがと。」
はかなげな笑みと、皺の重なる目元を残し、ヴァーゼは夕食の準備へと取り掛かる。




