拠り所‐みっつめ
平穏が訪れる小さな小屋、しかし重苦しく、胃に憂鬱を流し込んでくる様相は変わらずにいた。
憔悴しきった女が口を開く。
「あ、ありがとうございます。」
後ろからは一人の子供が顔を覗かせている。瞳は天月となり、怯えがありありと表出てきている。しかしそこには涙の色はない。
イエレナも一息つき、視線のみで断りをいれる。扉の元へと近づき、そこにうつ伏せに眠る男の背中に触れる。
イエレナの手は起伏を表さない。腹部や首もとからはだらだらと生々しい赤の液体が流れ、そしてそれは終えている。
溜まり、淀み、外へと流れている。
その間、イエレナの耳には、嗚咽の混じる掠れた女の泣き声が入り込んでいた。
「ど、どうして・・・・」
守られていた小さな子供が、扉に背を向けながら、母親の頭を撫でていく。
イエレナは周囲を見渡す。
最悪な光景である。物は散乱して、抵抗の跡がある。千切れた写真や、割られた花瓶、机の片足は折られ、へたり込んでいる。
そしてイエレナにまた一種の重たい音が届く。
母親が倒れている。
「お母さん?・・・・おぁ母さん!!」
キャンキャンと子供特有の甲高い声が部屋中に満ちていく。
泣きわめき、治まることを知らない。
イエレナは立ち上がり、アスカ達の元へと戻る。片手で耳に響く泣き声を閉じ込めつつ駆ける。
せわしく流れる汗は、夏の冷気で冷えていくも、新たな汗は増え続ける。
そうして元居た場所へと戻ると、手につく汚れに気にすることなく、二人の体を強く揺する。
ゆらゆらとゆりかごに揺られる気分にいたアスカは、唐突なでこの痛みに目を覚ます。
「はッ!・・・・イエレナ?ど、どうした・・・・血!?」
アスカが体を起こす。
一番に目に入ったのは、自らの弟、その手には黒く変色した血がこべりついている。
次にアキナも目を覚ます。
このころには、陽の光も出始めてきていた。
乾きにより、イエレナの手からは血が離れないが、その手で風を切りながら、アスカとアキナを連れていく。
そうしてまた小さな小屋に辿り着く。
「扉壊れて・・・・血の足跡?」
そのままに口に出されたアキナの言葉、それは惨状を表す。
イエレナにとっては二度目の光景。しかし変わったところもある。明かりは既に消され、先ほどとは反対に、外からの光によって部屋の中が照らされている。変わらずにあるのは、寝そべる男と血の溜まり場。そして雑にこじ開けられた扉、接続箇所が今にも剥がれそうで、ささやかな風にさえも揺らされている。
三人は中へと入る。
放心状態の女にしがみつく一人の子供は、こちらに気づき、閉じかけの眼で三人を求める。
「助けて・・・」
震えているわけではない。小さく、淡々と吐かれる。そこには、どうして手を差し伸べないのかふしぎでならないという幼さがある。
アスカは子供の母親に近づき、胸に手を当てる。心臓は動いている。肩を叩き、声をかける。しかし応答はない。それでも確かな呼吸を確認すると、静かに立ち上がる。
「・・・・・そう・・・・だな。」
アスカは、何から手をつけるかの算段を立てる。
振り返り、野垂れ死んでいる子供の父親に目を向ける。しかしぐちゃぐちゃだ。そこを見ることはできなかった。
「アキナ、そこのお母さんと子供・・・・頼む。イエレナも、アキナと一緒に部屋の整理とか・・・・してて。」
アスカは一人、臓器が零れ落ちないようにと成人した男を担ぐ。
温かい。
陽の光が当たっていた部分においては温もりを感じる。
足を引きずりながらそれを外へと運び出す。
そして乾いた木を選別し、集めていく。
”トゥオーノ”
アスカは木々に触れながら、魔法を唱える。
鮮烈な雷は、木を引火させ、悪意によって壊された部分を隠しながら男を燃やしていく。
黄金に光っていた魔法の書は、チリヂリと燃えていく炎に包まれていった。
燃えている。
アスカの前で、人が燃えている。肉の薄い節から燃え広がり、ブラリと垂れ、離れる。
数時間後にはバラバラで、白く、小さく、味気ない。
アスカはもう一度魔法を唱え、地面を割る。ぽっかりと空く穴に、燃えカスとともに、中の詰まった骨を放り投げる。
太陽は世界のつむじに位置している。
アスカは家へと戻ると、次にはその事情を把握するのだった。




