拠り所‐ふたつめ
ガサガサと草木は悲鳴をあげる。
イエレナは迷いなく走り、その力強い足は、日陰でぬかるむ地面を歪ませていく。
そうしてほんの数分走り、悲鳴の元へと辿り着く。
小さな小屋、窓からは温かい明かりがこぼれている。そして揉め事でしか聞くことのない音が外に逃げてくる。
イエレナはゆっくりと近づき、扉を前にする。
暗闇の中で、靴越しに足裏が濡れる感覚に合う。
温かくも、どろっとしたねばつく液体。
「いやあああああああ!くるなあああああ!」
再び女性の叫び声がイエレナに届く。イエレナは閉ざされた扉を開くべく、それを蹴る。しかし思いのほか扉には重さがあり、開かない。
であるため、もう一度、
バキッ!!
扉は開かれ、温く湿った外気が恐怖に溺れる室内と混じっていく。
扉の前には一人の男がぐったりとしている。
そして悲鳴をあげていた正体に思える女性がいる。その女は、何かを庇うように両手を広げながら、部屋の隅追いやられている。女の頬には赤い液体の跡があり、その上から、涙やら脂汗やらが通り過ぎていく。
女はぎゅっと目を瞑り、顔を退ける。
なぜか、女には、小さなナイフが振り下ろされていた。しかしそれが怯える女に届くことはなかった。
イエレナは片手を犠牲にそれをせき止め、突き刺さるナイフを力に任せ、取り上げる。
「は?・・・・・あぁ、なんだ、イエレナか。」
無から聞こえる舌打ち。
イエレナがわざわざ片手を犠牲にした理由はそこにある。ナイフは”なにもない”から振り下ろされていたのだ。
イエレナの視界には怯える女とぐったりとする男しかいなかった。
イエレナが耳を澄ます。
するとコツコツと鳴る足音は遠ざかり、静まる。
プンっと耳元で羽音が鳴る。
イエレナの過敏な感覚は、信号を伝え、蹴りをそこに放つ。しかし大した感触はなく、風圧が窓ガラスを割るだけであった。
「ひー・・・怖ぁ。」
苛立ちと余裕の狭間にある声は、扉付近から聞こえてくる。
イエレナは動くことなく、部屋の隅にいるそれを守る姿勢に移る。
「これじゃぁなぁ・・・・まあいいや、イエレナ、アスカきゅんによろしく言っといてねぇ。あっ、喋れないか。」
軽さのある声が喋り終えると、コンコンと扉をノックする音が広まる。
「へへーい、お邪魔ぁしましたぁ。」
そう言うと、それは姿を顕わにしながら、外へと歩いていく。
イエレナは目にする。先ほどまで透明であったそれの正体を目にする。薄気味悪いその顔には、相手をいたぶってやろうとする意地の悪さがこべりついている。
そして黒髪からは青の瞳を首からは黄金の鍵を、そのふたつを光らせながら、それは闇へと消えていくのだった。




