筆跡‐ここのつめ
ナイの心の世界から帰ってきたアスカは魔法の書を大雑把に開き、大きく息を吐く。そしてヌーアインシャテンに目を向ける。
「よし、やるぞぉ・・・・やるぞ。イエレナ、ナイのことは頼む。」
アスカが対峙するのはナイの影からつくられたヌーアインシャテン。溜まりに溜まったナイの足元の砂からそれが這いあがってきた。
真っ黒の姿に大きな耳。美しくもある四肢で立ち、その図体は小さい。黄色く光る眼を鋭く睨ませ、小柄な口をしているがそこからは鋭利な牙が見え隠れしている。身を震わせ、砂を振り払う。その姿はイヌ科の生物を思わせるものであった。
それはじりじりと近づき始める。
ついでアスカも動き出す。
「フルミネ!!」
魔法の書の光とともに、アスカの前方に稲妻が走る。楕円を描きながら、三つの稲妻がヌーアインシャテンに向かう。
しかし奴は、それを容易く躱し、まだこちらを窺う。まだ、まだじりじりと近づいている。
「・・・・・もう一回。」
アスカが魔法の書のページを変えようと、それに目を移したとき、ヌーアインシャテンが力強く地を蹴り、走りだす。
アスカもそれに対応するべく、パラパラとめくられる魔法の書をさらに捲っていく。
ヌーアインシャテンは、アスカ目がけて飛び上がり、その牙を光らせる。
「ぁっああああああ!トゥオーノ!」
アスカの肩にヌーアインシャテンの牙がえぐりこむが、アスカも魔法を唱える。
光の届きにくい地下で、刹那、光がまばゆく。
魔法の書をなぞり終えたアスカは、咬みつくヌーアインシャテンの首を鷲掴む。
閃光とともに、雷がアスカの手で炸裂する。空を穿つような音ともに、アスカの手元で帯電し、バリバリと音をたてながら奴にダメージを与える。
鷲掴む力は、ヌーアインシャテンの顎の力に比例していく。
アスカの腹部にまで肩の血が垂れた時、そこでようやくヌーアインシャテンの力が緩み、影が崩れていく。
アスカも気が緩む。
しかし最後の抵抗か、もう一度アスカの肩回りを抉り取るかのごとく牙をたてたかと思うと、たちまち消えていった。
「はぁ、はぁ・・・・ああ、いってぇ・・・。」
闘いを終えたアスカは肩を抑えながら座り込み、一息をつく。
そして小声で言う。
「これじゃぁほんとにイエレナは治せねえなぁ。ただ・・・・」
無表情でナイの眼を覆っているイエレナの頭には帽子が被さっている。しかし包帯のせいか少しばかりその厚みが目につく。
「イエレナ・・・もうだいじょぶ。ありがとな信じてくれて・・・・」
アスカは立ち上がり、肩を抑えたままイエレナのその頭に手を置く。やはり包帯の感触がある。
忽然と泣き声が響き渡る。ナイだ。
「ああぁぁああ、はっはっ・・・・うっ、・・・・えぇえええぇああぁっああ・・・・おと、おーさん、おかあさぁぁん。」
魔法の書を使ったためか、地下の暗さがより際立つ。
なによりここはよく響く。
タリと同様、両親を亡くしたナイはその涙を枯れさせることはできなかった。
「ナイ・・・・泣きながらでもいいから、戻ろ・・・・タリのところへ。」
シュパースを横目に家を出る三人。
ナイの声は外ではたいして響いていない。しかし天にまでその声は届いていたに違いなかった。
ナイの手と繋がれたイエレナ。アスカもイエレナの手を持つ。
そこには、いまだ消えぬ手の傷が残っていた。
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