筆跡‐やっつめ
シュパースの眠る隠れ家の地下。
”アーフ・シュリーセント”
魔法の書を抱えたアスカがそれを唱え、目を伏せているナイの背中に立ち、魔法の鍵を差し込む。
カチャッッ
ナイの世界が開く。
溢れ出る砂。みるみる零れる砂は、服の袖やら裾やらからぼろぼろと落ちていく。ナイの体が崩れていっていると思ってしまうほどに。
しかし積もっていったさらさらと乾いているそれは、意識を失い倒れるアスカの受け皿となった。
「こんにちは・・・・・」
「ああ、こんにちは。・・・・ええっと元気?」
ナイの心の世界で目の覚めたアスカはうつ伏せの状態で、座っているナイを滑稽な姿で見上げる形になる。
親近感に似た心地良さがある。アスカが顔をつけていたそこは、砂漠のような砂の一面であった。
この世界には太陽がないため、大した熱は感じなかった。
かといって暗いというわけでもない。暖色で包まれている世界は、目の前が良く見える。
依然うつ伏せのままのアスカが、頬の肉を押しつぶされたまま尖った唇で言う。
「お兄さん、君を助けに来たんだけど・・・どう助けられそう。」
「んーんぅ・・・・無理そう。へへっ。」
年相応に笑う。
「ナイ君だっけ・・・・タリとは兄弟かなんか?」
「ええー全然、全然だよ。似てないでしょ、俺とタリ。だって顔も髪の何もかもが違うもん。それにあいつの方がかっこいいしね。」
「うーん、どっちもかっこいいけどなぁ。」
姿勢のせいか、アスカの言動が緩い。
「まぁ俺には負けるけどね。」
ナイは、撫でるように手悪さしていた短い指の砂を落とし、水色の髪をくるくると巻き付けいく。
どうやらアスカのことはあまり刺さらなかったらしい。
「ねぇお兄さん。こっちの俺ね、なんか変なんだ。父、母がいなくなって、ずっとずっと悲しかった気がするのに、ここだと全然。なんでだろ・・・・なんかすごい落ち着いて話せちゃうんだよね。うん、だからさぁ・・・・・俺のことで苦労しなくていいよって、思っちゃう。」
「それは・・・・・・うーん。」
しばらく言葉を咀嚼する。そして言う。
「ここがそういう場所だからだよ。多分だけどね。俺もいろんな人を見てきたけど、人の世界で会うと大抵穏やかなんだよね。」
「なんで?」
「さあなんででしょねぇ?」
アスカがようやく姿勢を直し、ナイよりも大きいその手で砂をすくい上げる。
しかしすぐにそれは零れ落ち、数粒が皺に残るだけとなる。
「見て・・・掌、キラキラしてる。」
「ほんとだ。へへっお兄さん・・・なんだか子供みたいだね。」
アスカはもう一度、砂をすくい上げる。やはりそれを完全に掴み取ることはできない。
ナイもつられたのか手を伸ばし始めた、と思ったがそれをやめ、また水色の髪で暇をつぶす。
しかし潰しても潰しても暇は消えないし、アスカも動かない。
「・・・・って、どっかいっていいよ。」
ナイが穏やかであることには変わりない。
しかし
「どっか行ってよ。どうせ一人なんだから。お願い。」
言動は、その声で湿っている。だからといっても涙は落ちない。
ナイは枯れきっている。砂漠にある唯一の水色。それは少年の髪。周囲にオアシスを錯覚できるものは自分自身しかいなかった。
ナイの口は動く。体育座りの彼は青空のない遠くの果てを見ている。遠くにはなにもない。
「ひとりぼっちだ。この世界に、俺は・・・・ひとりぼっちだ。」
なにもない。なにも。
「・・・・そうかねぇ。・・・・・・・・・・遊園地は楽しかった?」
アスカも同様に遠くを見ている。アスカにも手立てがないようだ。依然遠くには何もない。
ナイの手が止まる。髪をいじる手が止まる。
アスカが再び、砂を掻き持ち上げる。やはり掴めはしない。しかしその手元には煌めく結晶が残っている。
「・・・・・・遊園地。はっははっ・・・・・・・・・・ううーん、ぜーんぜん。」
ナイが首を振ると、瞳にかかる前髪がどかされる。
なにもない。
「ねぇ・・・・タリとさ、もっかい遊園地・・・行けるかな?」
アスカがナイの頭を両手でくしゃくしゃに搔きまわす。
ナイもそれを受け入れている。
足りないなら補い合えばいい。
ぐるんっぐるんっぱ
世界がひっくり返ったのかアスカの意識は垂直に落ちていき、地の砂が雪のようにゆっくりと落ちていく。そしてアスカの視界は砂に埋もれていった。
意識の戻ったアスカは周囲の確認をし、腰を立たせる。
そしてヌーアインシャテンに向けて上着を脱ぐイエレナを制止する。
「今日は、任せとけ。」
カチャリと眼鏡をはめなおし、ついにその抱えた魔法の書を開く。
アスカになぞられたその筆跡が黄金の光りを放ち始める。
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