筆跡‐よっつめ
ミリテアに到着してから一週間と少しが経ったとき、アスカとアキナはシュパースに手渡されていたメモを見ていた。
「なぁアキナ・・・ちょっと様子見に行かない?」
「いいわね。そろそろ終わるんじゃないかしら。というかもう終わって遊んでたりして。」
メモを頼りにシュパースのもとへと向かっていく二人。存外複雑な道なりであったため、右往左往しながらであったがようやくそこにたどり着いた。
「おじいさーん、イエレナー調子はどう?」
隠れ家のようなそこに入り込みアキナが開口一番口を開いた。
周囲には物が散乱し、山のように箱が積まれている。
「ああ、おぬしらか・・・・あとほんの少しじゃ。針穴に糸を通すような一瞬じゃ。」
「できれば一瞬だけどってことね。」
シュパースは、老眼鏡が通す眼を凝らしながら、手元のピンセットを震わせている。
「ぬぐう・・・・ふう・・・・」
シュパースは一度手ぶらとさせ、力を抜く。
「イエレナもう一回じゃ。まだまだいくぞ。」
どうやらこの作業で終わり、しかしこの作業が終わらいようだ。
もう一度と老眼鏡の位置を整え、先端が黄金に光る筆をその皺だらけの手に抱える。
小さな小さな手。イエレナと大差がない。
震えては、止まる。震えては、止まる。
何度も何度も繰り返されるその工程は、ついには日を沈ませていく。
「また・・・明日かなぁ・・・・」
アキナが言葉を溢す。
「今日じゃ!・・・・わしにはわかる。わしにはできる。これは慢心じゃぁない。経験からくるナニかじゃ。成功の味を知るわしの確信じゃ。若者ども眼ぇかっぽじってしっかり眺めておれ!」
そう言い残し、もう一度筆を手に持つシュパース。
その手はやはり小さく枯れている。しまいには震えを抑えることもできなくなる。
しかしそれは、彼が力みすぎているからである。己の老いを認めすぎるが故の事象。シュパースの最善はただ一つである。
密室は、真空空間に錯覚される。
無音の世界。途端シュパースはふわりと体が浮く感覚に襲われる。
筆はなめらかに、まるでその軌道がもとから設計されていたかのように。
ついに動き出したシュパースの最後の工程。
魔法の書が煌めき始める。
黒の印字は、黄金で縁取られ、暗がりの周囲を照らしていく。
成功の鍵、それはシュパース自身が己の確信を実行しうる肉体を持ってくることに他ならなかった。
錯覚からくる己の肉体を、脳みそが誤解するほどのその過去の虚像を彼はその一瞬身に宿したのだった。
「ほれもってけ小僧。これが魔法の書じゃ。わしゃぁ少し寝る。・・・・ここの地下に練習場がある・・・・試しうちでもしてこい。ではの・・・・・・。」
ふり絞った言葉を残し、シュパースは余韻に入り浸るように、傍にいたイエレナにもたれかかり、そのまま瞳を閉じてしまった。
「ありがとうじいさん。・・・・イエレナもありがとな。よし、じいさんのことベットまで運ぶぞ。」
すぐに寝れるようにか作業台の背にシングルベットがある。
イエレナとアスカがシュパースを持ち上げ、優しく寝させる。
死んだように眠りについたため、なにかがよぎるが、呼吸は確実にしている。
「さてと・・・・・よし使ってみるか。魔法の書ってやつを。」
いよいよ魔法の書を手にしたアスカは、アキナとイエレナを連れて、地下にあるという練習場へと向かっていった。
新たな魔法がいよいよ発動される。
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