世界の端っこ‐みっつめ
逃げ込んださきの工場、アスカは落ち着きのないまま、イエレナの身を下ろす。
瞳を閉じないイエレナ、そこには強い生気を感じる。しかしイエレナの胴体からは確かな彼の血が溢れ出ていた。
アスカは自分の腕を見る。
纏わりつく弟の血、自分の肌が見えないほどである。
「・・・・・・死ぬ?」
自問自答のような声でアスカはイエレナに問う。
「 。」
イエレナは口をぱくぱくと動かす。腕を顔に近づけ、小さく細い指で口角を押し上げる。
「 。 。」
イエレナは口を動かす。
聞こえない。弟の声を聞きとれない。
アスカはアキナを見る。
アキナも動悸を抑えよう必死にしている。しかしその視線はイエレナに向いていない。顔は紫がかり、喉に手を当て、カツカツの呼吸を何とかしようともがいている。
「・・・・・・くそ。」
アスカは天井を見上げる。だだっ広い、そんな天井である。
だらりと体の力が抜けていくのも分かった。それほどに、アスカは何かが抜けきったかに思えていた。しかし微かな希望を感じずにはいられなかった。
「クライン。」
工場の二階部分、組み立てられた設備の上に寝っ転がるクラインの姿が目に入った。
「おい!・・・・・気づいてるんだろ。なぁ、頼む。どうにか、どうにかならないか。」
半笑いになるアスカは、クラインの背中に語り掛ける。
じっとしたままクラインは動こうとしない。
「恩、感じてるんだろ?なぁ?」
クラインは立ち上がり、冷たい顔をしたかと思うと、次は考え込むような表情をつくる。
眉をしかめ、唇を噛む。
そして「一回は一回ですからね。」そう言いながら下へと降りてくる。
クラインは、その手に錠剤の入った小さな瓶を握っている。
そしてアスカ達のもとに駆けつけると、それをひとつ取り出す。
「これ、飲ましてください。軍から渡されたもので、大抵のものは治ります。でもなにがあるかはわかりません、だってこんなもの、普通じゃないから。」
「ありがとう。」
アスカは、クラインの手を握りこみ、すかさずそのクスリを自分の手の内に引き取る。
そして飲みやすいようにとあらかじめ噛み砕いてからイエレナの口へと放り込む。
水分が少なかったせいか、イエレナはかなり力みながらそれを飲み込む。
そしてすっと眠るように意識を失ってしまう。
途端にアスカは不安に襲われる。
プーベテートになってからイエレナが意識をおぼろげにすることなどなかった。それがプーベテートだから仕方がない。だからこそ、この状況がいかに不安になったか、そう難しいことではない。
アスカは、イエレナの頬を触る。
相変わらずそこにはそばかすがある。
冷たく白い。
喋らないまま、その瞳を閉じてきってしまう。
なんどもなんどもその状況を、出来事のありのままを復唱する。
「・・・・・オレ、もう・・・・・行きますね。ほんと、これっきりですよ。」
そう言うとクラインは姿を消す。
そこに、なにかつながりのようなものは感じなかった。
だから、これが最後なのだとアスカは直感した。なのに改まった感謝の言葉をかけようとは思えなかった。
アスカは、アキナを見る。
まだ、彼女は自制に取り組んでいた。
胸と喉をその華奢な指で握りこむようにして、呼吸を整えようと努めている。
それにたいして、アスカは言葉をかけずに、そしてイエレナを見るでもなく、ある一方向を見る。
工場の外、自分たちが逃げてきた道、血の跡を辿るように、あそこを見る。
掌には紙切れ、魔法の書の紙切れ、静かに小屋の元へと歩いていく。
ぽたぽたと痕跡となっているイエレナの血、それのおかげで迷うことなくアスカは例の男がいるであろう小屋の元に辿り着く。
そして中の確認などせず、アスカは筆跡を指でなぞる。
そうすると黄金のひかりが漂い始める。
ガタガタと揺れる小屋、中からは、男の下卑た声が聞こえてくる。
「ああ・・・・・・・うっが、・・・・・・・・やっぱり、声・・・・・欲しいよな。」
そうしてアスカは片方の手を開きながら、小屋の方に標準を合わせる。
”ララ・ハマー”
唱えられた魔法は、光りの塊となり、世界を抉り取る。
小屋は削れ、そこには何もなくなる。
地面は窪み、カラガラと小石が転がっている。
そこには当然男の影も、女の影もない。
アスカは、帰る。
弟と、他人、イエレナとアキナのいる工場へと帰っていく。
ぽつりぽつりと歩いていくと、雨が降ってくる。
ざぁざぁさぁさぁと降ってくる雨に、アスカは動じない。
目には入るし、服は体にくっついてくる。
水は重いなと独り言をつぶやきながら、またぽつりぽつりと歩いていく。
周囲を見渡す。
「・・・・・・だって壊れるもんな。」
そうしてアスカは再び、魔法を唱える準備をする。
きらりと光り、重さのあるそれは物陰にある獣を葬る。
アスカは、ひとり雨空を見上げるのだった。




