世界の端っこ‐ふたつめ
アスカが思わず足を退けながら、アキナの体に近づいていく。
「・・・・・・しんでる?」
小屋の入り口で倒れているひとりの女性、長く伸びる黒髪は乱れながら彼女自身の顔を覆っている。白いワンピースに身を包み、ぐったりとしている。
しかしそんな存在にイエレナ臆することなく、身を屈めながら触れてみせる。体を揺らし、彼女を起こそうとする。
すると、ぴくりと彼女の髪が揺れる。
ゆらりと首が回り、寝転びながらアスカ達を見上げる。大きめなワンピースに身を包む彼女、ぼうっとしながらじっと自分に驚いている数人を眺める。
そんな彼女は、確かに生きていた。死人と間違われるほどの肌、そして虚無のように続く沈黙の時間。
アスカは彼女から視線を外しながら、「なるほどね。」と大きくため息をつく。
この時点でアスカはどこか、気を休めるつもりでいた。完全にこれまでとは異なる時間を過ごすつもりでいた。
しかし、やはりアスカには日常がやってきた。
プーベテート、アスカはそう悟る。
「ちょっと、あなたまずは体起こしなさい、ほら、服はだけちゃうわよ。というかはだけてるわよ」
アキナは、呆れたような細くなる目で彼女の体を持ち上げ、そのワンピースを整える。
頬に触り、粘液性のある汚れを拭き取っては、自分の服でぬぐう。
ふきとり、ぬぐう。
何回か繰り返して、じっとプーベテートの女性を見る。
「同い年ぐらいかしら?」
「さあ、まぁ確実に言えるのは、プーベテートっていことと、彼女の面が良いってことかな。」
「サイテイ。」
じとっとした目つきでアスカを睨みながら、頭を悩ませる。
「治療するわよね?」
二秒、ほんの一瞬である。しかし会話においては十分な間となる。
「うん。」
「・・・・・・・・なんだかこの人、ぐったりしてるようにも見えるわね。」
「・・・・確かに。」
アスカもしゃがみ込み、彼女の瞳を覗き込む。
緋色の瞳、その中には黄色い傷のようなものが無数に美しく刻まれている。
「おい!・・・・・なんか用か?」
背後から話しかけられる。
ぶくぶくと膨らんだ腹と頬を持った一人の男が、アスカ達の背後に立つ。
「あっ・・・・すいません。なんか具合が悪いのかなって。」
「・・・・・小屋から出てたのか?」
「あ、いやそういうわけじゃ、」
言葉を紡いでいたはずのアスカの口が勢いよく閉じる。
痛みとともに、アスカは思わず鈍い声をあげる。
「いってぇな!」
ガチン!と硬い音をたて、アスカの歯と歯が勢いよくぶつかった。ぼたぼたと血が見えるようになり、アスカが片手でそれを抑える。
「ちょ、ちょっと何すんよ。いきなり蹴るなんて、謝りなさいよ。」
じろじろ舐めまわすようにアキナの体を見るその男、まるで品定めである。
イエレナがゆっくりとアキナの前に立ち、三白眼のままその男ににらみを利かせる。
それはアスカも同様で、心の中で明らかな自分の変化を感じていた。
俺、こいつのこと、殺せるな、そう思いながらアスカは血の出所を抑える。
「謝れって言われてもな嬢ちゃん。謝るのはアンタらの方じゃないのか、ああ!?お前らが俺の家を覗いたんじゃないのか?」
「・・・・・・うるさ。」
男は、その一瞬、弱さを見せたアキナの腕をためらいなく掴む。そして下卑たような笑い方で鼻息を洩らし、洩らしたそれよりをつい戻すかのように勢い息を吸い込む。
「!!・・・・・っつ!離して!」
アキナに与えられた加害、イエレナとアスカの暴力が動く。
イエレナはアキナを掴んでいた太った男の腕を蹴り上げる。
ゴキっいい音を立ててそれは捻じ曲がる。
そしてアスカは、男の眼球に向けてその手を伸ばしていた、いやその指を伸ばしていた。
薬指と人差し指、そして親指を合わせてアスカのは男の眼球を抉り取ろうとする。
しかしイエレナの一撃でひるんだことで、それは叶わずに空を掴むことになった。
「がああ、あああ。あああっああ・・・・・・・・・あぁ。」
男は蹴り上げられた腕を掴みながら重たそうに大地を転がっている。そしてその泣きっ面のまま、アスカ達に視線を向ける。
「て、てめぇ!」
男は腰のあたりから一つの道具を取り出す。
漆黒に染められた直角のそれ、空洞の筒のような先がイエレナに向けられる。
そしてぶるぶると手を震わせながら、ガチンと指が引き金を引く。
ダン・・・・
ダダン・・・・・・
二度、放たれる。
筒の先からは煙が浮かび上がり、かたかたと震えている。その震えは男自身ものであったが、彼の溢れ出る汗から想像は容易かった。
そんな思考をするほどに聞きなじみのない破裂音にアスカは止まっていた。
何が起きたのかと、視線を下げる。
溢れ出ている血、苦しみ、悶えるイエレナ、そんな姿久しぶりに見たものだ。思い出すにはプーベテート以前の記憶をさかのぼる必要があるだろう。そんな一瞬の思考がよぎる。
事態が飲み込めない。
イエレナが倒れている。しかしその身を悶えていることから死んではいないことは確かであった。
アスカは、イエレナを抱き上げる。そしてアキナを視線を移し、走り出す。
どんな目をしていただろうか、そこに確かに意図を組み込めただろうかと後悔しながらアスカは走り出す。
そして後ろを見る。
後をついてきているアキナをみて、よかったと言葉が漏れる。
しかしその奥で男の姿も捉えられていた。
のそのそと立ち上がったいた彼、再びその暴力をアスカ達にむかって構えている。
バン、またそう音が響く。
当たらない。
アスカとアキナの駆ける足は止まることはなかった。
走り、走り、逃げる。
振り返ると、大きな口を開きながら、勢いよく笑う男が見える。
アスカの腹の中が、むかむかと煮え滾ってくる。
熱いな、確かにそう感じる。
弟の血を腕に纏いながらアスカは一つの工場に逃げ込むのだった。




