世界の端っこ‐ひとつめ
ある朝、アスカ達はようやく走り続けた足を休めることができるようになる。
ミリテアから逃げ出し、果てしなく走りここまで来た。
息は荒れ、汗は蒸発なんてことはせず、自らの皮膚に帰ろうとするほどに溢れ出ている。
膝に手をつき、寝不足でおぼろげな瞳をなんとか開き続ける。
そして見る。
逃げた先にあるひとつの街を見る。
街、町、まち、マチ、それはあまりにも、人が住めるような景色ではあらず、黒に染まる煙は、湿気で伸びきったツタで覆われた工場から出てきている。
炭のような汚れと、埃被った茶、しがみついている藻、人というものを感じれる余裕はなかった。
であるためアスカは問う。一緒になって逃げてきたクラインに問う。
「ここ?・・・・・・ほんとにここ?」
「そう、間違いない。ゲマック。ここでしばらくオレは身を隠す。」
アスカは呼吸を整えるように天を仰ぎ、腰に手を当てる。そして瞳だけを動かし、ゲマックを眺める。
「ミリテアよりは、地下牢よりはましだな。」
「・・・・・まぁ、そうだね。ちょっと・・・・アングラだけど、今、オレたちは一文無しだから、ここんぐらいがちょうど、ね。」
アキナもここでようやくイエレナの肩から降りる。
「ねぇ、あそこ・・・・・何かいない?」
目を凝らす。
「なんだあれ?」
四人一緒になって首を前に押し出しながら、それを見る。
「鹿?」
「いや、にしてはカラフルじゃない?」
しかし思い出したかのようにクラインが、語り始める。
「あれ・・・・多分やられてる。動物実験と化学汚染どっちもやられてる感じだな。どっちもミリテアのせい、悪意を持って行ったことと、悪意をほっておいたこと、どっちの被害もあの動物は被ってるね。」
「平然と言うわね。」
アキナが体の痒みを気にしながら言うとクラインが怯えたように聞く。
「怒ってる?」
「怒ってないわよ。生意気いうんじゃないわよ、ガキンチョ。」
「ガキンチョ?あんたいくつだ?」
「私は・・・・・・いくつだっけ?でも成人はしてるはずよ。」
「じゃぁ、ほとんど変わんないじゃないか。」
アスカが驚きとともに、声を荒ぶらせる。
「ええ!・・・・・もっと下かと思ってた・・・・・・」
「アスカさんも同じぐらいですか?くっくっ身長に騙されちゃいけませんよ。」
にやりと笑いながら冗談を飛ばす。
「なんでアスカにはたまに敬語なのよ。」
アキナはまだ納得していなそうだ。
「恩がありますからね。」
「私にも敬語使いなさいよ。」
「・・・・・ええ、まぁ、いいですけど。」
そんな不服そうなクラインにアキナの機嫌がナナメになりかけたところで、アスカがゲマックに入ろうと声をかける。
少しづつゲマックの様相を間近で見ていく。
そうするとそのあり様が際立っていく。
「なんだか口を覆いたくなる空気だな。」
川は、濁っているのに、虹かかっているし、よれよれの草木が、風に揺られては、ミシミシと呻き声を出している。
ボロボロの建築物、工場であっただろうそれは、やけに静かでどこか冷たい。
「あ・・・・さっきの。」
四人が歩いていくと、先ほど警戒していた鹿を目の当たりにする。
角は肥大化し、捩じり曲がっている。
毛並みは逆立ち、ピンク色の体表を隠しきれないまま煌めきのない虹彩で風になびいている。
ぼたぼたと涎は垂らしながら、うつらうつらな瞳でなんとか足場を確認している。
「あれ・・・・・・襲ってこないのかしら?」
「目が見えないとか?まぁ仕方がなんじゃないですか?共存ですよ共存。」
なんともこなしに言うクライン。
アスカはイエレナとクラインを見比べるが、その身長に差はない。いたって驚きしかない。
「宿・・・・ていってもここで、そんなものあるのかも心配になってきたな。」
「宿ですか。そこらの空き家・・・・・とういうか人の気配がないところ、入っていいんじゃないですかね。ここに住み続けるような人も少ないでしょうし、けっこう廃れてますから。」
「まぁ・・・・そうだな。」
「ていうか・・・・・・・一緒に行動する必要あります?オレここらへんでもうお暇するっすね。」
「じゃっ」と残してクラインはひとり歩く方向を変える。
特に理由が見当たらないおかげかアスカの手は勝手にクラインを見送る。
「おお、おおお~・・・・・・・お?」
釈然としないまま、アスカ達はまた三人態勢となり、目と目を合わせる。
「やっぱり、なんかカラッとしてるわね。」
「そうだね。いいね、思いきりがあって。」
「このマチ・・・・・・どのぐらいいるつもり?」
「う~ん。治療の・・・・・依頼書が来るまでとか?よくよく考えたらというか、地図も持ってないし、クラインについてきただけだし、正直あれだよね、これ迷子だよね。」
「おじいちゃんが言った通りにはなったわね。」
「世俗からどうとかってやつ?」
「そう、セゾク。」
「とりあえず雨風凌げて、眠れそうなとこ探そうか。」
「そうね。」
そうしてしばらく歩いていく。草を踏み、歪んだ路地につまずき、正体不明の獣に身を隠しながら、ゲマックの全容を明らかにしていく。
「工場が多いな。」
「そうね。それに川も多いわね。」
「川・・・水路ね。」
「うん。」
そんな会話をしながらアスカは服の裾を引っ張られる。
イエレナがアスカを引っ張りながらひとつの方向を指さす。
「あっち?」
黙ったままイエレナは頷き、ぐいぐいとさらに引っ張る。
そんなイエレナの矢印に従いながら歩いていくと、ひとつの小屋につく。
窓に、扉、どれも壊れかけてはいるが、何とかその体裁を保っている。
「よく見つけたな。」
「私は気づいてたけどね。」
「嘘つけ。」
コンコンとひとまず扉を叩き、返事を確認する。
しかし返事はない。もぬけの殻だ。
「お邪魔しますぅ。」
静かにその小屋を覗く。
埃被った空間であることが暗さしかなくても確認できた。
そして誰もいない。
しめしめと思い、アスカはゆっくりとそこに足を踏み入れようとした。
ドン!
そう音がする。
思わず、「すみません」と言いながら身をよじったアスカだったが、二度目の衝撃はなく、恐る恐る瞳を開く。
目の前はやはり、真っ暗で、わずかな光が窓から与えられているだけであった。
「あの、アスカ・・・・足元・・・・・・」
アスカは、ゆっくりと視線を下げる。
足を踏み入れようとしたその小屋、アスカの足元に、一人の女が倒れこんでいたのだった。




