世界‐ななつめ
地下牢での過ごしにも多少の月日が流れる。
そしてようやく二人目の治療対象者がやってくる。
「次はこの子です。」
アクティは脇に本を抱えながら、その片手をプーベテートの青年の腰に添える。
エルフと書かれた本を地面に置き、鍵を開ける。
「では、お願いします。」
アスカは、自分のぼさぼさの髪と荒れる毛穴を人触りしてから這い出るように牢から歩いて出る。
「なんだか遅かったですね。二人目。」
アクティはすでに腰からレイピアを抜いている。
「・・・・・向けないでくださいよ。怖いじゃないですか。」
「私は、あなたの目のほうが怖いですけどね。なんと言いますか、血肉を知った獣の目をしてますよ。」
アスカはゆっくりと視線を下げ、ほったらかしにされている本を指さす。
「それは?」
「この子の物ですよ。さっきまで持っていたので、代わりに私が持っていたんですよ。」
「あんたは、読んだことないのか?」
「私?ええ読んだことなんてありませんね。まぁあなたが不出来なら、これを一読するぐらいの時間はできるんじゃないですか。」
アスカがにこっと笑うが、アクティにはそれが不気味に映ったのだろう、皺を集めたような顔をしている。
「とっとと始めてください。」
アスカは、ゆっくりと懐を探し、おっとっとと言いながら、牢に置いていた魔法の書の紙切れを拾いにいく。
そしてアクティをちらりと見てから魔法の鍵を手の内に収める。
ぎゅっと握りこみ、唱える。
”アーフシュリーセント”
アスカの手からこぼれる様に黄金の光が放たれ始める。
その横でアクティが、おお、と感嘆の声をあげていることから、アスカは笑い飛ばしそうになるが堪える。
その堪えるために力んだまま、アスカは魔法の鍵を青年の鼻先に差し込んでいく。
顔のあたりに現れる鍵穴、そこになんの齟齬もなく魔法の鍵ははまる。
チっチっカチャッ
アスカは手首を回し、青年のそれを開く。
そうすると、開かれた先から光りがあふれ出しアスカを包み込むように取り込んでいく。
あまりにも強い光は、アスカの感覚を狂わせる。
熱い、アスカはその感覚のまま、意識を失うのだった。
「こんばんわ。」
「・・・・・こんにちは。」
アスカは目覚めに明るい声をくらう。
「立てそうですか?」
「うん。だいじょぶ、ありがと。」
アスカは立ち上がりながら、周囲をきょろきょろと周りを確認する。
真っ白な世界。
果て無く光で包まれた世界が続いている。
「それにしてもすごいですね。こんな・・・・・話せるの。」
「そうだね。魔法・・・・・だからね。どうにかなっちゃうんだよ。」
「へぇすごい。」
「うん。すごいでしょ?」
青年は、にこりと笑ってくれる。そしてアスカも微笑み返す。
アスカは間近な青年に名前を聞く。
「ええっと、グロースです。確か、大きいみたいな意味でつけられたんだった気がします。次男ですけど、長男にも負けないくらい強い男にならないと。」
グロースは、むんと筋肉を見せびらかしたいのか、両腕をあげ、曲げながら力を込めている。
大きい、そんな意味のある青年は、先ほどまでほんの手を伸ばせば触れることのできた距離にあったが、今は少しばかり遠くに感じれる。
「そうだね。でもお兄ちゃんも強いよ。家族のために、弟のために強くないといけないからね、守れないといけないからね。」
アスカもマッスルポーズで返答する。
「お兄さんなんですか?」
「そうだよ。これでもね。強いよ。」
「ええ、見えない。本当ですか?」
アスカはしゅんとなりながらも話題を移す。
「そういえば、本・・・・・・エルフっていう本あったけど、あれどうしたの?」
「えっと前に知り合った友達にもらったんです。なんだかおもしろいですよ。会ってみたいなぁ。」
アスカは、すっと笑顔を消して、そっかとだけ答える。
「?」
「ああ、いや何でもないよ。」
「読んだことありますか?」
「いや、読んだことはないかな。でもあったことあるよ。」
「へぇ、羨ましい。僕もあんな人になりたいな。ひとを幸せにできる人。誰かのために生きたいな。」
「いいね。じゃぁ、戦争に言ってる場合じゃないよ。」
グロースとの距離が開く。
「・・・・・・・戦争にはいきます。でも戦争には行きたくありません。しかし戦争に生きたいです。」
「?・・・・・・言ってる意味が・・・・・・」
グロースは言葉を続ける。
「誰かがやらなきゃいけないんじゃないですか。じゃないと家族は守れないし、この国だってどうなるかなんて分からないし。」
アスカは素直に戦争に生きたいというその言葉に驚く。その選択肢もあるはずだったよなと自分を責める。
「誰かが?」
「はい。誰かが。それがたまたま僕らの世代だっただけで、いつかは誰かが苦しむんじゃないですか。それに、もし僕だけ国のために死ねなかったらずっと心になにかが残っちゃうと思うんです。なにか、後悔のような。」
「君の命・・・・・そんなに軽くないよ。」
「分かってます。僕の命で戦争に勝てるわけじゃありませんから。」
アスカは、静かに首を振る。
しかしすっかり遠くにいるグロースにはそれが分からなかった。なおも言葉を続ける。
「でも・・・・・でも怖いんです。死ぬのが怖いんです。家族のために、国のためにとか思ってても、自分は逃げるんじゃないかって、なんだか怖いんです。」
死ぬな、アスカはそう叫びたくなる。しかしその言葉が妙に喉に引っ掛かる。
「これは、僕のエゴだ。エゴイズムだ。こんなもの、こんなものないほうが良い。」
グロースの目が遠くを捉えるようになる。
「だから、僕に言ってください。国のために戦えることは素晴らしいことだって。僕に染み込ませてください。見知らぬあなたにも言われるのなら、本当に、心の底からそう思える気がするんです。だからお願いします。」
白い光の世界で、アスカの口が動いていく。舌は口のなかで弾け、音を作る。唾が飛び、口が渇いていく。
「そうですか。そうですね、ありがとうございます。あの、お兄さんの名前、教えていただけませんか?」
「アスカ、覚えといて。それで、もう一度その名を呼んでくれ。戦争から帰ってきたら俺に会いに来てくれ、そしてこの名前を呼んでくれ。わすれたらゲンコツだからな。」
グロースは笑う。
本当にお兄さんみたいだと茶化す様に笑う。
そして、アスカは触れることができない彼に手を伸ばしながら、また現実世界へと戻るのだった。




