世界‐いつつめ
アスカは、じっと黙ったまま曇るような瞳でハッセンを見つめ続ける。
「あれ?・・・・・・何?何か言いなよ?」
ハッセンはがっかりと言わんばかりにあんぐりと口を開き、額にわざとらしくと手を当てる。
「あ~あ、なに~・・・久しぶりに会ったのに~なんか言ってよ。ちなみに僕は君に近づかないから、残念。君のそのありあまったものは僕には届かないよぉ、飛び道具もないでしょ?はい、解散。じゃぁねぇ。」
ハッセンが背中を見せる。
アスカの足が動く。ゆっくりと体を走らせようとする。そして再び拳は力強く握られる。
「?」
アスカは思わず立ち止まる。
ゆっくりと視線を下げ、そこにあるレイピアを視界に収める。
腹からレイピアが出てきている。
じわじわと熱さが平がってくるのが分かる。
熱の覚めない己の血は、どろどろと溢れてくる。
アスカは口元から血を垂れさせながら、後ろを振り向く。
アクティ、彼がアスカを突き刺す。
二度三度、軽快にアスカの胸のあたりは貫かれる。
ぼたぼたと吐き出る血を気にすることなく、舌を動かし、声を作る。
「なんだ、生きてたのか。・・・・・・それにしても不細工だな。」
「ええ、勝手に殺さないでください。ブサイク・・・・・・元から不細工なあなたには言われたくありませんね。」
アスカは、朦朧としてくる意識の中で、自分の眼球がぐるりと回った感触を確かに感じる。
重りとなる頭を軸にアスカは地に伏す。
「・・・・少々痛みますね。そこの・・・・・・ハッセンと言いましたかね。少年の処理と医務室でクスリをもらってきてください。このままでは私がどやされますからね。」
アクティは、でこぼこにうねる顔に触れながら、ハッセンに指示を飛ばす。
「あ゛?」
顔をあげるアクティは誰もいない正面に再び舌打ちをして、へたり込んでいる少年の腕を掴む。
「生きますよ。あなたは、”ああ”なってはいけませんよ。」
アスカは一人地下の空間に残される。
しんとなり、時間はひとりでに進んでいく。
その間にも、アスカの体から血というものは減っていく。
重い。体が重い。
誰か、誰か、助けて、いや、もう、もうこのまま。
アスカは、指先で湿る血液でそう床に痕跡を残そうとしていく。
しかし数分、ほんのすこしの間でアクティは戻ってくる。いまだその顔は腫れあがっているが、アスカの拳の跡があるようなものではなく、少しばかり元に戻りつつあった。
「アスカさん?生きてます?・・・・・・というか生きててください。」
「ぁ・・・・・ああ、っ・・・・・・・」
アクティは耳をそっとアスカに近づける。そして聞き取れないアスカの言葉を理解し、その足でアスカの首を踏みつける。
蟻を潰す様に、芋虫を捻りつぶす様に、段階的に体重をかけていく。
「どうせ、このクスリを飲めば、どうにかなりますから、ご心配なく。・・・・・だからもっと苦しんで。」
渇きのある嗚咽はアスカの口から、粘り気のある唾を吐かせる。
じたばたと動かすこともできない重苦しい体。
汗は拭き出し、体内に渇きを与えていく。
頭が破裂しそうだ。
喉で止まる空気が、逆流する。普段通るはずのない気管を通り脳みそを圧迫していく。
ぎゅっぐっぐっぐっ
見る見るうちにアスカの顔は赤く腫れ、やはり不細工だなとアクティは嘲笑う。
空気で満ちたアスカの肌、赤い、黒い、白い。
「・・・・・・はい、おクスリ、飲んでいてください。」
アクティは、錠剤を懐から取り出し、自分の口に放り込む。大きなそれを噛み砕き、べぇと口から取り出す。
涎にまみれ、細やかなそれは鈍く溶けているものもある。
確かな小ささを見て、また舌上に乗せる。
「じゃぁ、飲まぁせますね。」
アクティはアスカの口に付ける。
水音。
ぺちゃぺちゃと耳障りに響く。
ぺちゃぺちゃぺちゃ、しゃばい音が交わるたび、アスカの体は小刻みに揺れる。
その間、アクティは、恍惚とした表情で、アスカを見下す。
そしてようやくアクティはアスカに向かわせていた自分の口を持ち上げる。舌を突き出し、一本の指でそこにクスリが残っていないことを確認し、再びアスカの顔へと近づく。
顎に触れ、口を開かせる。
指を突っ込み、アスカの舌を伸ばす。
じらすように擦り、舌にクスリが残っていないことを確認する。
そしてアスカの指先から描かれた痕跡を踏みつけながら、アスカをずりずりと引きずる。
牢に放り投げ、鍵を閉める。
「また・・・・・お会いしましょう。」
コツっコツっと足音を鳴らしながら地下から姿を消していく。
ハッセンは魔法を解き、その姿を露にする。
鉄格子を握りながら、瞳を下げる。
顔の角度を持ち上げるが、それでもアスカからは目を離さない。
「また・・・・・会いにくるって。」
そう言うと、再びハッセンはその姿を眩ませる。
朦朧とする意識。
アスカはちかちかと眩く景色に状況を思い出せない。それでも確かに与えられた舌触りに記憶が刺激される。
「か、かぁ・・・あぁ?、おっ、おっ、おぁ、おかぁ、さん?」
アスカは手を胸に当てる。
心臓が動いている、自分の生が残っていること、それを実感するのだった。




