世界‐よっつめ
アクティは、レイピアを握り、構えをとる。
その先、アクティが澄ました瞳で見つめるその先に、クラトンのヌーアインシャテンが形を成し始めている。
しかし一向にそれは出来上がらない。
そして突如、熱にうなされているようなクラトンの影は、ぼこぼこと気泡を破裂させながら、クラトンを包み込んでいく。さらにヌーアインシャテンがその体内へと入り込んでいく。
ずるずると入り込み、すべてがクラトンに飲み込まれると、クラトンの腹や肩や、足がぼんと膨れ上がったことが分かる。
そしてプチっプチチっとクラトンの指先を裂きながら、陰が一本の筋となって這い出てくる。
それは次第に、形がまとまり、硬さが表れてくる。剣のように伸び、槍のように矛がある。スラリと刃が光り、それは己の腹に向けられる。
じっと止まる。かと思うと、その影を持つクラトンの手が勢いよく動き、自らの腹を切り裂こうとした。
しかし、遅かった。
影が成すその剣先は、既にアクティにばらばらに刻み込まれていた。
伸びていた影は、液体のようになり、ぼたぼたと地に落ちる。
「あの、アスカさん。やっぱり魔法で閉めてもらって。影が体内に入って、どうにも・・・・・・」
「・・・・・・・・遅いよ。」
アスカは魔法の書から引き離され、紙切れとなったその筆跡を指でなぞる。
そうするとぼんやりと黄金の光が浮かび上がり、魔法の鍵をカタカタと震わせ始める。
”フェアシュリーセン”
アスカはそう魔法を唱え、その手首を回す。
その瞬間、魔法の鍵は宙に舞い、クラトンの胸元にはまる。そして軽やかに回り、クラトンの開かれた世界を完全を閉じるのだった。
茹だるようなヌーアインシャテンは、クラトンの体を腫れあがらせていた。しかしそれも、心の世界を閉じてからはまったくと言っていいほど穏やかなものになる。
影は薄まり、クラトンを普通にしていく。
肌に彩度がもどり、目元にハイライトが現れ始める。
涙のせいだろうか、クラトンの瞳は一段と輝いていく。
プーベテートは治った。つまりはクラトンはもう話せるということだ。
「オレ・・・・オレ、やっぱり戦争行きたくない。」
クラトンの頬はいまだぷっくりと肉感がある。しかしそれも、いまの表情では、重りとなって垂れさがってしまう。
眉はさがり、目尻が崩れる。
鼻ですんすんと鼻水をすすり、アスカを見る。
助けを乞うクラトンの目、アスカは瞳孔の開いた目でそれを見返す。
アスカは言葉を返せなかった。
そのせいで、アクティの口が、手が、動く。
「無理ですよ。無理です。君は戦争に行くのです。拒否権なんてものありません。」
「え?」
クラトンの子供の声。それは、単純に自分に放たれた言葉への思わず出た反応であり、自分に目掛けて突き進んでいたレイピアへの情報処理の限界を表していた。
叫ぶ、叫ぶ、喚く、咽ぶ。
クラトンは己の右目を抑え、ばたばたと身を転がしている。転がれば転がるほど、零れた眼球を誤魔化そうとする血液が散らばり、地下牢を染めていく。
「ああ、あああ!あああああああああ、ぅあああああああああああああああああああああああああ!」
「すこし、お静かに願います。」
アクティは、転がりまわるクラトンの腹に足を押し当てる。
「ああ、ああ?あ、えっああああ・・・・・・」
クラトンの子供じみた高さの声。泣いていることもあり、なおのことそれを助長していた。
「少々お待ちを。」
アクティは、耳に手をあて、口元を片方の手で隠す。そうしてぼそぼそと喋り終えると、にこっと笑って見せる。
「アスカさん。ご苦労様です。治療は完了で、あそこの彼の回収もすぐ来ますから、ナニゴトもなく牢のなかに戻ってくださいね。けっして逃げようなんてことは思わないように。」
アスカは、唖然とした口をわざわざ自分の手で閉ざしてから、ゆっくりと牢に足を向ける。そうして入り口でその足を止め、振り返る。
黙ったまま、アクティを見る。
視線を頭のてっぺんから足先へと移し、その両手にレイピアが持たれていないことを確かにする。
ぼうっとした目を保ち、頭の中に、最後に食べた食事を思い浮かべる。
そして彼の顔を思いきり殴る。
彼に目掛けた手の内に魔法の鍵を握りしめていたせいかブチっという何かを裂いたような音がともに聞こえてきていた。
彼は身をよろめかせ、倒れている。
ああ、今にも反撃してきそうだ、そう思い、アスカは、腹に目掛けて思いきり足裏で蹴り放つ。
蹴る蹴る蹴る、何度も何度も何度も。
何度も何度も何度も。
彼は口から液体を吐き出している。足にそれが飛び散る。
「きたねえじゃねえか。」
馬乗りになり、右手を握りこむ。
そして打ち下ろす。
頬を、鼻を、口を、眉を、耳を、手首を。
殺そう、そう決めたアスカは、拳を奮うことをやめない。
そんなアスカでも、耳に入る注意を気にする。
「いいね。最高じゃん。」
ピクリとも動かないアクティにまたがりながらアスカはその聞き覚えのある声に目を向けないことなどできなかった。
首元からは魔法の鍵を垂らし、伸びきった黒髪からは青い瞳が見え隠れしている。
「ハッセン。」
「そうハッセンだよぉ。久しぶりぃ。元気してたぁ?まぁでもこれで仲間だね。人殺しの。」
「・・・・・・・・・・」
「ああいや、少し違う。アスカはぁ、人殺しとぉ、人殺しを作った加害者だぁ。」
諭すような言葉のリズム。
嬉々として語るハッセンのその表情、それはどんな旬の果実よりも実り、活き活きとしているのだった。




