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魔術的鍵師物語  作者: mono
第十

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106/119

世界‐みっつめ

 無音の響く地下空間。

 アスカは牢屋から出され、治療の対象となる少年と正対する。

 ごくりと息を飲み、次には魔法を唱える。


”アーフシュリーセント”


 魔法の鍵の輝きは、アスカの手に纏わりつく。そうして光に誘われるように少年の胸のあたりに鍵を差し込んでいく。

 鍵穴なんてものは見えなかった。それでも、魔法の鍵はするりと少年の胸へと入り込んでいく。

 そして手首を回しながら、それと同時に鍵を捻る。

 そうするとカチャっと鳴る音とともに、アスカは自分の体が重くなることを自覚する。

 ああ、俺は彼の世界に入るのだ、そう思いながらアスカはぐらっと眠る。

 息つく間もなくアスカはその瞳を開ける。

 憂鬱なまま開かれたアスカの瞳は、確かな景色を目にする。

 

「どこだろ?」


 アスカは周囲を確認する。

 青空に飲み込まれたような感触を抱き、体を過ぎる白い物体をまじまじと見つめる。

 体は独特な浮遊感を持ち、気持ち悪さがある。

 不自然に体は漂い、臓器が体の中で縦横無尽に蠢いている。


「うっぷ。・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・」


 少年を探す。

 きょろきょろと周りを見ても、白い水蒸気が視界を遮ってくる。


「おーーーーーい、どこーーーーーーーーー?少し話そーーーーどこだーーーーーー。」


「来ないで。」


 アスカは声だけを確認する。


「どうして?」


「どうしてって・・・・・・当たり前でしょ。あなたはオレを直して、戦争に連れて行かせるんだろ。だから来ないでくれ。オレは戦争になんて行きたくない。」


「ああ。そうだね。」


「こないで。オレはこのままでいい。このまま戦争が終わるのを待つのが良い。絶対に行きたくない。死にたくない。殺したくない。国のために死ぬなんて馬鹿げてる。何より・・・・・・オレはオレであることをしたい。」


「少年!名前を教えてくれ!そして君の顔を見せてくれ!」


 返答はなく、アスカの声は無数に広がるだけになる。 


「教えたら、あなたはオレを直すでしょ。教えるもんか。」


「・・・・・・・・俺は君と話したい。どちらにしても君はもうプーベテートが治ってしまう。俺が君と話せてしまっている時点で君は治ったも同然なんだ。だから・・・・・君の名前を教えてくれ。俺は、君との時間を大切にしたい。だって・・・・・・・・・・人は逆らえないから!」


 青空にぷかぷかと浮かびながら、大声を出し続けてアスカはどっと疲れる。

 そこにある白い雲に身を預けてしまいたかった。

 しかしそれをしてはならなかった。

 アスカは手を差しのべた彼に、向き合わなければならなかった。

 これが間違いであっても、彼にたいしてぞんざいに扱うわけにはいかなかった。ぞんざいに扱った方がよいのではないか、そんな思考もよぎっていた。しかしアスカにはそれができるほどの何かがなかった。

 心なしか、漂う白さはどこかへと流れていっているように思えてくる。


「・・・・・・・・・名前・・・・教えてはくれないか。」


「オレは、クライン。ねぇ、どうしてオレたちなの?なんでオレが国のために戦わなきゃなんないんだ?」


「なんでって・・・・・俺にも分からないよ。俺も戦争になんて行ったことはないし、見たこともない。だから俺にも分からないよ。戦争の意義なんてものは、後付けだよどうせ。なにか理由があったとしても、それは俺たちには知らされないし、あるのは家族が殺される恐怖だけ。多分ね。」


「そんなのばかばかしいよ。オレは生きたい。死にたくない。いやだ。いやだ。死にたくない。戦争でなんか死にたくない。」


 クラトンは、手を震わせながら、無表情でアスカに訴えかける。

 助けを求めるようなクラトンにアスカはどうしようもできなかった。保身のために働いている自分を嫌い、矛盾した行動を彼に放っている自分に吐き気を感じていた。しかしそれでも表情なんてものは揺れ動くことなんてことはなかった。

 朗らかな表情に笑みを貼り付け、本心を見られないように、にこやかな瞳で黒目を隠す。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、そう心の中で祈り、口を動かす。


「だいじょうぶ。だいじょうぶ。きっときっとうまくいく。生きてさえいればきっとうまくいく。だから何も考えなくていい、何も、何も。」


「何も?」


「何もなんてことはないかも。そうだよ。戦争が終わって、それからのことを考えようよ。クラトンがしたいことはきっと叶う。君が君であることなんて難しいことじゃない。だから・・・・・クラトン。賢く生きてくれ。・・・・・・頼む、死ぬな。」


 息つく間もないアスカの言葉に、訳が分からなくなるクラトン。頭の整理が追い付かず、「えっえっ・・・」と困惑しながらあたふたと視線を泳がせている。

 

「あれ?あれ?なんだっけなんだ、あれ?」


 クラトンの声色が高くなり始める。きゅっと締まり、ぱっと放たれる。

 アスカは思う。ああ、子供の声だ、そう思う。


「だいじょぶ。だいじょぶ。さぁ、目を覚まそう。きっとうまくいく。」


 クラトンは再び、その子供の声で、え?とアスカにその純な顔を向ける。

 空が崩れ始める。

 雲は霧散し、空の青さは、徐々に黒の亀裂で満たされていく。

 クラトンはいまだ、アスカを見ている。

 じっとじっとじっと。

 アスカの口が動く。そして喉からは、クラトンには聞こえないほどの微かな音が鳴る。


「やめろ・・・・やめて、見ないで、見ないで。こっちを見るな。そんな顔で見るな。」


 アスカは意識を失う。いや意識が戻る。

 はっと目を覚ます。

 アスカの世界は再び、地下の空間を映す。

 

「おや戻ってきましたか。」


「アクティ・・・・・・・・」


 アスカは、自分が膝をついて座り込んでいることをアクティを見上げるというその行為で気づかされる。


「お尋ねします。これでもう完了ですか?」


「いや・・・・・まだ・・・・・・影が出る。ヌーアインシャテンが生まれる。」


「生まれてどうなるんです?」


「それを倒すか。こっちがやられる前に、心の世界に魔法で鍵を掛けるか・・・・・・です。」


 アクティは、「ほう。」と一言残し、アスカを見下ろし、見下す。


「倒した方が早そうですね。」


 アクティはそう言うと、腰にある目立った一筋のレイピアを抜く。それと同時に、ひとつ、何かを口に含み、ごくりと飲み込む。

 筋張った筋肉をはっきりと見せながら、喉もにそれが通り、じんわりと平がっていることがアスカにも分かる。

 そうしてアクティは、ぴんと剣先を立て、凛と構え始めるのだった。

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