11 ゴキブリよ、強く生きよ(ゴキブリ視点の最終話)
これはあくまで自称主人公視点の話……以下略。
ハッカー達と魔神様は、帚ババア・無職コンビに見つかる前に逃避行に出かけた(補足1)。私も同行(尾行)する(補足2)。期限は1年、次のシンクロ期までだ(補足3)。
一行は、改良版の措置を施した魔道具をナウロッパで放出し(補足4)、その後各地を転々として、最後の最後に日本大陸に向かった。そこでハッカー達は魔神様と分かれたので(補足5)、私はハッカー達のほうに尾行て行く。目的地は、日本大陸で一番人口の多い港街のようだ(補足6)。
ここまでは順調だったが、シンクロの日が近づいたある日、私は恐るべき事実を知った。あの帚ババア・高校生コンビも日本に来ていたのだ(補足7)。
コンビに注意を払ったら私は、そっちに神経が行き過ぎて、子供に捕るという大失態を犯してしまった(補足8)。シンクロの数日前のことだ。殺されるに違いないと覚悟したが、子供が籠から取り出そうとした隙間から逃げ出せたのは幸運以外のなにものでもない。
とはいえ、帚ババア・高校生コンビにまで見つかって以来、それでもハッカー達の近くにいる必要がある私は(補足9)、気を休める暇もない。シンクロの日までの我慢だ。
そして当日。
ハッカー2人は街外れの社に向かっている。私は物陰に隠れながら彼らを尾行していたが、時間を調整するような歩き方の末、シンクロが始まるちょっと15分ほど前に(補足10)、境内に入っていった。
その時である、
「じゃしんのけんぞくだあ!」
というかん高い声が響いた。またも別の子供にみつかったらしい。大失態だ!
子供の声に続いて、ヤバい気配が近づいて来る。帚ババア・高校生コンビに間違いない(補足11)。遠目にハッカー達が社の裏手に向かっていることを確認しつつ、私は総ての技術を駆使して逃げ回った(補足12)。
体感的に1時間以上の全力失踪を続けるうちに、2人の詠唱らしきものが聞こえて来た。こう見えても耳は良いのだ。タイミングを見計らって裏手に行くと、私を追ってやって来たコンビの足音にビックリしたハッカー達は、キーボードを片手に、荷物箱で前をブロックした。
前は荷物箱で止められている。ここで飛行は無理だ。後ろからは、斜め右、斜め左の両方から、帚と孫の手が振り下ろされようとしている。こともあろうに、ハッカーが2人とも斜め右、斜め左から私に向けてキーボードを振り下ろそうとしているではないか(補足13)。絶体絶命。
その瞬間、目の前が真っ暗になり、次の瞬間には板張りの台所の上を走っていた。この空気、この感触、この臭い! 私は地球に帰って来たらしい(補足14)。召喚巻き込まれから14年、種族絶滅が確定した孤独な日々を過ごすこと6年、ついに昔の極楽に戻ったのだ。
その筈だった。だが、現実は非常で、あの箒ババアの帚が頭を襲った(補足15)。
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気がついたら、三途の川を渡っていた(補足16)。
閻魔様曰く(補足17)。
「御主は6人の人間を救った(補足18)。ゆえに人間に生まれ変われるが、しかしそれでよいのかな?」
閻魔様の仰るには、人間に戻ったら、今までの記憶を全部忘れてしまうそうだ。哺乳類どころか鳥類や爬虫類に転生しても記憶を概ね失うらしい(補足19)。だから妥協して……(補足20)。
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今日も私は追われている(補足21)。
ふと、閻魔様の笑い声が聞こえた気がした(補足22)。
『強く生きよ! ……わっはっは』
以下の補足はゴキブリ君によるもので、筆者はその内容に関知しません。
(自称主人公による補足4-1)
魔神様がハッカー達に同行したことで、魔法の改造作業がはかどったのは言うまでもない。しかも、既に水魔法や風魔法(筆者注:第7話の補足14参照)の魔法具にバグが広がり始めているとなれば、魔神様が至近距離まで追われるリスクが減るから、魔神様の周囲探索能力を使って気を付けてさえいれば、ハッカー達の見つかる心配はほとんどない。
ちなみに帚ババア・無職コンビとは、もちろん元帚母、元高校生のことだ。あれから13年、おばちゃんという感じだった帚母は、もはや70歳近いはずだし、元高校生は30歳近いはずで、勇者の仕事を終えて引退だという。それでいて私を目の敵にしているのだから、このくらいの蔑称で呼んでも構うまい。
(自称主人公による補足4-2)
始めは魔神様に見つかってしまうのではないか、とびくびくしていたが、邪神様が私の存在をハッカー達に伝える気配はない。気がついていないのか、ゴキブリを無視してのかのどちらかだろう。まさか、泳がせているわけじゃないよね?
こっそり邪神が教えていて、ハッカー達が私を追いかけるという図を一瞬思い浮かべたが、この2人の技量で私を潰せるとは思えない。齢14歳近い超・老ゴキブリだが、未だに元気に移動できる。
(自称主人公による補足4-3)
ハッカー達が帰還魔法を発動させる可能性が高い以上、できればそれに巻き込まれたい。絶滅確定種の最後の一匹は孤独すぎるのだ。
(自称主人公による補足4-4)
封印が解けるまでの間に改良ウイルスを仕込んだ魔道具を色々作っていたので、それを放出するというもの。封印の街でそれをやりつづけると足がつく恐れがあるので、出立後に順次放出するわけだが、どうせなら、召喚の総本山に近い所で行なった方が早めに封印魔法や召喚魔法に影響を与えやすいだろうし、そこから逃げれば足も着きにくい。
(自称主人公による補足4-5)
魔神様には、別行動して信者を増やすという選択もあったけど、日本大陸に向かうまでは、2人に回りの動向を把握する偵察担当として、2人の安全に気をつけて、同時にウイルス・バグの更なる効率化と、帰還用のシンクロ魔法の確実性の向上を手伝ったようだ。そして日本の手前で分かれて、全然違う場所で信者作りを大々的に行なって、注意をそちらに向けるという囮役を買ってでたようだった。
(自称主人公による補足4-6)
おそらくは、ナウロッパの「邪神封印」の連中も、封印が解けたばかりの邪神を再封印すべく、召喚魔法を行使するだろうから、それに打ち勝って、よりシンクロ度を高めるべく、日本を選んだようだ。本来なら街まで近い所を選ぶべきだろうが、人ごみの中に隠れることを選んで、一番人口の多い街にしたらしい。
(自称主人公による補足4-7)
同じ街を偵察していたら、見つけてしまったのだ。考えることはハッカー達と同じというわけか。
(自称主人公による補足4-8)
両チームから見つからないように、それでいてハッカー達の動向を把握するべく、隠密活動に勤しんでいたが、この4人や街の大人達に注意を向けていた私の上に、突然、籠がかぶされたのだ。同時に、子供の「やったあ」という声を聞いたから子供に捕まったのだろう。盲点だった。
捕まった当初は
「黒く光って格好良い」
と無邪気に言っていたけど、通りがかった大人が
「そいつ、邪神の眷属じゃねえ?」
と言ったことから、見物人が集まり始めて、最後には帚ババア・無職コンビまでやってきた。
(自称主人公による補足4-9)
シンクロ魔法の最新版だと、生物を攻撃する行為だけでなく、ハッカー達のもっているキーボードを通して、魔道具に使われている魔法陣にアクセスするプログラムを実行するキーを同時に押すことでも帰還できるようになったらしい。ということは、実行キーを押す瞬間に、私もそのキーに乗っかれば地球に戻れるかも知れない。だからこそ、私はハッカー達のシンクロ魔法発動に居合わせなければならない。
(自称主人公による補足4-10)
彼らの行動計画に関する情報は、ハッカー2人を見張っているうちに当然得ている。だから、シンクロ直前とも言える時刻に、彼らが人目につきにくい場所に入って、そこで物陰になる場所を選ぶことは聞き及んでいた。それが、この境内とは知らなかったが。
ここは確かに良い。人が居ない割りに、社以外に掘建て小屋のような建物が2軒あって、それぞれが、裏側が人気がなく、かつ森や崖に囲まれて死角が多いからだ。
(自称主人公による補足4-11)
近くで私を捜していたらしい。
(自称主人公による補足4-12)
予想では15分かそこら。相手は帚ババア・無職に加えて子供達もだ。しかも単に逃げるのではなく、逃げ延びつつ、かつ15分以内にはハッカー達の動向が分かる位置にたどり着かなければならない。木に登り、枝から枝へと渡って、滑空・着地で地面に逃れ、再び木に登ると見せかけて走り抜け、私はゴキブリ人生で最大のアクションを実行した。
(自称主人公による補足4-13)
ハッカーが、神聖なるキーボードを武器に使うなんて、誰が予想できよう。しかも、そのキーボードは、本来はシンクロ魔法発動の為に、リターンキーを押すべき品だ。余りにも予想外で、私は逃げ出すチャンスを失ってしまった。
(自称主人公による補足4-14)
異世界の日本大陸とは季節が正反対だったので、同じ日本でも空気の違いが直ぐにわかった。板の間にしても現代日本の方がニスやワックスでスベスベで江戸時代的な日本大陸とは違う。しかし、なによりも、牛馬の悪臭が無い上に、洗練した食べ物の臭いは、現代日本特有のものだ。14年ぶりの感触だった。
(自称主人公による補足4-15)
急に体の動きが鈍って、逃げられなかったのだ。もしかして、地球に戻ったから、歳相当に動きが鈍った?
(自称主人公による補足4-16)
15年前にも同じ川を渡ったなあ(第2話、並びに筆者注:拙作の短編「伝説の転生先」参照)。今回も、成仏ではなく輪廻転生らしい。異世界転生でないだけマシだ。
(自称主人公による補足4-17)
ゴキブリでも、人間の魂を保っていたので、閻魔様にお会いできたらしい。
(自称主人公による補足4-18)
どうやら、あの時、4人がシンクロする動きをしたお陰で、総数5となり、召喚側の2人+2匹=総数4に打ち勝って、閻魔様の管轄の世界に戻って来たそうだ。4人を戻し、2人の召喚を阻止して6人。キーボードを同時に叩くというシンクロ(2人+1匹)では、召喚側のシンクロに負けて戻れなかったらしい。危ないところだった。
ちなみに異世界で私が何をしていたのかは知らないらしい。シンクロ魔法で繋がった時の事しか把握していないそうだ。
(自称主人公による補足4-19)
人間への転生だと完全に記憶を失われるというのは、唐代以前からの1500年以上にわたる輪廻転生に関する言い伝えの基本だ(筆者注:第3話の補足1参照)。しかし哺乳類同士については中国には伝承が少なく、僅かに狐から狐への転生で記憶が残ることもあるらしいことしか分からない。おそらくは、思考能力という意味で格が上の動物に転生すると失われやすきのではないだろうか。そう思っていたら、閻魔様より、
「おぬしには人間の精神が強く残っているから、ゴキブリからであっても、両生類ぐらいなら記憶の大部分は残るぞ」
と教えてもらった。
(自称主人公による補足4-20)
蛙にしてもらった。飛び跳ねれた勢いでキーを打てるからだ。巻き込まれた体験を記録して、何処かに投稿しようと思ったら、蛙の選択肢しかなかった。
パソコン入力は、身障者用の一本指入力モードだ。人間への転生ではないので、ちょっとしたサービスが閻魔様からつけてもらえて、それで、一本指入力機能のあるパソコンが無防備にONにしているような人間の元へ送ってもらった。
パソコンが使えるので、ニュース検索でハッカー達や帚ババア・無職の動向が分かる。ハッカー達は2年間の誘拐で、帚ババア・無職コンビは4年間の誘拐から帰り、時期が同じである事と、いずれも変なビデオを見せられていたらしく、記憶がおかしいこと、けれど受け答え他は非常に正常なこと、さらに前者は5年近く、後者は10年近く老けて見えたことから、マイナーながらも話題として取り上げられていた。同一の犯人グループの仕業と見られていているが、当然ながら、動機も誘拐手法も分からないから、色々な人が推理を出していた。
パソコンを駆使して、彼らになんとか連絡を取った。題名として
『シンクロ魔法は成功したんだね。おめでとう』
というメールを送ったら食いついてくれた。
転生の制限で、私は自身が蛙であることや、閻魔様に教えられた事をを明かす事はできない。だが、彼らは
「君はあの時のゴキブリだろ」
とあっさり私の素性を見抜いた上で、説明してくれた。
ハッカーが最後にキーボードを押す代わりに私を攻撃してきたのは、邪神様の入れ知恵だったらしい。邪神様は、私に人間級の魂が入っている事に気付いていたらしい。
「夢枕に立つ事が出来そうだと感じた」
のだそうだ。
そして、邪神様から、
『召喚魔法に打ち勝つには、4人以上のシンクロでないと駄目』
と教えられていたので、帚ババア・無職コンビを巻き込む事にしたそうだ。最悪でコンビのどちらかがタイミングが合わなくても、ポーカーでいうスリーカードで、召喚側のツーペアに勝てるだろうと踏んだとか。フォーカードになったので、文句無しに勝てたらしい。確か、閻魔様の話が正しければ、スリーカードではゴキブリが余りとして0.5程度に勘定されるかも知れないから、負けていた可能性もあるじゃないかと思ったけど、閻魔様の話は避けるべきだし、実際戻って来たのだから気にしない事にした。
コンビが日本大陸最大の街に向かうらしいと予測した上で、そこに行くという賭けに出たというのは、私も少しビックリしたが、虎穴に入らんば虎児を得ずの心境だったようだ。あとは、私がいる事を知りながらも泳がせ、ついでに子供を使って、逃げやすい籠で捉えさせて、コンビを、予定地の近くに誘導したそうだ。
最後、私が生き延びてタイミング良く飛び込むかの賭けだったけど、キーボートのキーを押す為に必ず来るだろうと信じて、私を待ち構えていたそうだ。
私はハッカー達の掌で踊っていただけだったらしい。というか、彼らハッカーというよりギャンブラーに向いていない? そういえばハッキングって一種のギャンブルだよなあ。
(自称主人公による補足4-21)
蛙転生を選んだ唯一の誤算は、輪廻転生先の家に猫がいないという条件をつけ忘れたことだ。私を追って、猫がパソコンに誤入力するのを、あとから修正する。
幸い猫は14時間寝てくれるので、一応、少しずつ書けてはいるが。
(閻魔様による補足4-22)
閻魔庁は全員が過労気味で、笑いのある休息が必要だ。奴は面白そうだから、説得して蛙にしたが正解だったようだ。猫から逃げつつ、ぴょんぴょんと物語を書く様はコミカルだし、彼の語る異世界物語も興味深い。その褒美に、未だ名前のない彼に儂が直々名付けてやろう。ゴキブリ君。
これだけ閻魔庁に貢献してくれているのだから、さすがに次の輪廻では熊にしてやろうと思う。たしか、本人の希望だったはずだ。




