『 風が通り過ぎたあと 』
『刹那の風景7巻 68番目の元勇者と晩秋の旅路【電子専売】』発売中デス!
【クロージャ】
アルトとセツナさんが、ジゲルさんと一緒に旅立った。
アルトがいなくなって、胸の辺りにぽっかりと穴が空いたような寂しさがあった。でも、それは俺だけではなく、セイル達も同じだろう。
寂しさを逃がすように、ため息をついているとカルロさんの焦った声が耳に届く。
「エリオ!」
声が聞こえた方を見ると、崩れ落ちかけているエリオさんをカルロさんが支えている。
アギトさんとサーラさんがそばにいき、サーラさんがエリオさんを見て「寝ているだけね」といい、周りの人達がほっと息をついた。
「クリス、エリオをベッドに寝かせておいてくれ」
アギトさんの言葉に、クリスさんが頷きエリオさんを肩に担ぐ。
サーラさんは「心配させて、もう……」といいながら、エリオさんの傷だらけの手に回復魔法をかけていた。そして、治療が終わるとクリスさんが歩きだそうとするが、サフィールさんが声をかける。
「クリス、ビート、エリオが自然に目が覚めるまで起こしてはいけないわけ」
「はい。承知しました」
「わかった」
「あと、数日はエリオに魔法を使わせないように。依頼で魔導師が必要なら僕が同道してやる」
サフィ-ルさんが、アギトさんとサーラさんの方に顔を向ける。
「サフィちゃん……?」
「これ以上は、命を削るわけ」
「そう……魔力が減っているとは思ったけれど、そこまで……」
サーラさんはそれ以上何もいわず、悲しそうな表情を浮かべ、クリスさん達やカルロさん達は目を見張り、それから、そっとエリオさんから視線を外していた。
この場に落ち込んだような雰囲気が漂うが、その理由が俺にはわからない。そして、わからないまま、エリオさんはクリスさんに担がれていった。
孤児院への帰りは、酒肴のニールさんとフリードさんが荷馬車で送ってくれた。その理由は、アルトが昨日、今日と並べられていた料理をお弁当にして、俺達に渡してほしいと頼んでくれていたから。
どうやら、俺達がお腹いっぱいになって、悔しく思っていたことを気にしてくれていたらしい。お土産にお弁当が用意されていると聞いて、俺もそうだけど、ミッシェルとロイールもすごく驚いていた。
あの料理の数々は、俺達では逆立ちしても食べることができないものばかりだった。だから、全種類食べたいと思っていたんだけど、どう頑張っても無理だった……。
セツナさんに「それ以上食べるのはやめようね」といわれて諦めたんだ。
なのに……。そのお土産は、ロイールの家族にもミッシェルの家族にも、ヤトさん達にも用意されていて、俺達には、兄弟姉妹や先生の分も用意してくれていた。俺達が気兼ねなく食べられるように考えてくれていた。
アルトとセツナさんの気持ちが嬉しくて、すごく幸せな気持ちになったんだ。バルタスさん達にも心からお礼をいうと笑って頷いてくれた。
そんな出来事があって、お土産のお弁当と木箱に入った果物、それから俺達が釣った魚……。こんな大荷物を俺達だけで運ぶのは到底無理で……。ニールさんとフリードさんが荷馬車で孤児院に運んでくれることになったんだ。
孤児院につくと、ニールさんとフリードさんが荷物を運んでくれる。俺達も手伝おうとしたのだけど、重いからと断られた。それでも、ここまで送ってくれたお礼に、見送りぐらいはしたいから、皆で終わるのを待っていたのだけど……。
「では、お話ししていたとおり、今から料理の仕上げをしていきます」
ニールさんが、オリエ先生にそういってフリードさんと一緒に荷物を持って調理場へと歩いていってしまった。
「料理の仕上げ?」
エミリアがオリエ先生を見上げて聞く。
「お肉は焼きたてが美味しいからと、バルタスさんがお二人を派遣してくださったのよ」
「そうなんだ」
「貴方達は、知らなかったの?」
その言葉に俺達が頷くと、オリエ先生が微笑みながらいった。
「貴方達のために、きてくださったのよ。感謝しないとね」
「俺達のため? 俺達と荷物を届けてくれたこと?」
ワイアットが首をかしげる。
「それもあるけれど……。貴方達は、ずっとアルトと過ごしていたでしょう?」
「うん」
「アルトのそばには、皆の憧れである黒達がいる。そして、守護者様もいらっしゃる。貴方達がアルトと友人だからというのを知っていても、羨ましいと思ってしまうものなのよ」
「その気持ちはわかる。俺も、アルトを羨ましいと思ったし……」
俺もセイルもワイアットに同意するように頷く。
「そうね。リオウさん達や黒の方々、そしてセツナさんは、貴方達が孤児院で孤立しないように、色々と考えてくださっていたのよ」
「色々?」
「そう。ワイアット達がアルトの家に遊びにいっている間、他の子ども達も楽しいと思えることを体験できるようにしてくれたりね」
「どんなことをしたの?」
ジャネットが、興味津々というように聞く。
「地下迷宮に新しくできた階層へいれてもらったの。ギルドからの告知は、明日されることになるそうよ」
「え!? 迷宮に新しい階層ができたの!?」
全員が驚く。地下迷宮というのは、ハルの下にあるもう一つの町みたいなものだ。そこは階層ごとに、広大な土地が広がる不思議なところだった。迷宮といわれているが、迷うことはめったにない。
「ええ。数十年ぶりに階層が増えたことで、ギルドの人達も驚いたみたいね」
そんなすごいことがあったのに、リオウさん達も黒のチームの人達も全く話題にしていなかった。どうしてだろうと考えて、皆が話さなかった理由を見つけた。
「なんで、誰も話さなかったんだ?」
「アルトとロイールが、本国籍を持っていないからだろうな」
セイルの呟きに答えると、全員が納得したように首を縦に振った。
地下迷宮のことは、本国籍を持っている人しか入れない場所になっている。だから、本国籍を持っていない人の前で話すことはできない。
「それで、新しい階層には何があったの?」
「どんな場所だったの?」
エミリアとジャネットが、声を弾ませてオリエ先生に聞く。
「それは、ご飯を食べながら皆から聞きなさいな」
「ええー……」
エミリア達の声に、オリエ先生が楽しそうに笑い、俺達の頭を順番に撫でてから立ち去っていった。俺達以外の兄弟姉妹が、まだ、公開されていない階層を探検してきたのか……。
そんなことを考えて、少し羨ましいなと思っていると、セイルが顔をしかめながら口を開いた。
「あー……。あいつらがうっとうしそう」
あいつらとは、俺達より4歳上の兄貴達だ。俺達とは、はっきりいって仲が悪い。目の敵にされているので、何かにつけて口をだしてくる。よく、喧嘩もしたけれど、兄貴達が冒険者になってからは、それもなくなった。
成人した兄貴達が、俺達に喧嘩をふっかけると孤児院から追い出されるからだ。でも、厭味とか、自慢とか、俺達にとってはどうでもいいことをいってくるので、本当に面倒だ。
「確かに。最後まで一緒にいきたいって、オリエ先生にいってたもんな」
ワイアットが眉間に皺を寄せ、セイルがため息をついた。
「ワイアットもセイルも、売り言葉に買い言葉で、余計なことを話すなよ」
オリエ先生にも釘を刺されたし……。
「わかってるって、でも、ちょっとぐらいいいだろ?」
「わかってるけど、ちょっとぐらい自慢してもいいよな?」
あいつらの自慢話にやり返したい気持ちは、わかる。
だけど……。
「なぁ、俺達とアルトの時間を、あいつらに見栄を張るために使うのか?」
俺はあの宝物のような時間を、くだらない言い合いの材料にしたくない。
「大切な思い出を、自慢合戦に使うのか?」
ワイアットとセイルが、目を見張って俺を見る。
「俺は、あの時間をかけがえのない宝物だと思っているけど、二人は違うのか?」
「違わない!」
「俺も、大切に思ってる」
俺は、二人から視線を外さない。すると、二人はしょんぼりと肩を落としていった。
「そうだよな。俺が間違ってた。ごめん」
「俺も。教えてくれてありがとな」
「ああ。食堂へいく前に、何を話して、何を話さないかを決めよう」
俺の言葉に、4人が力強く頷く。そうして話し合った結果、兄弟姉妹に話す内容は、魚釣りのこと、使い魔と遊んだこと、沢山の料理を食べたことに決めた。
反対に、話さないと決めたのは、黒のチーム全員での追いかけっこをしたこと。釣り大会をしたこと。釣りをしたことは話すけれど、エレノアさん達と一緒に遊んだことを、あいつらには絶対にいわないことにしたんだ。
そして、話さないと約束したことを、確認する。【魔王】と呼ばれる魔導具のことと、セツナさんとアルトの家で、黒と黒のチームの人達が俺達に訓練をしてくれること。それから、自由にセツナさんとアルトの家に入れること。
この三つは絶対に誰にも話すなと、アギトさん達にいわれている。
俺達の訓練は、アギトさんとサフィールさんの依頼が終わり、月光と邂逅がハルに戻ってきてからになる。だけど、あの家にはいつでもいっていいといわれていた。本を読んだり、皆で勉強したり、体力をつけるために走ったりするのに、使ってもいいとセツナさんがいってくれたんだ。
ただ、あの家にいくためには、バルタスさんのお店からではなく、ロイールかミッシェルの家に設置する転移魔法陣でくるようにといわれていた。
その理由は、俺達の安全のために黒のチームと繋がりがあることを、今はまだ隠しておいた方がいいと判断されたからだ。
正直、俺もその方がいいと思った。この前の大会で、黒達の近くにいる人がどれほど嫉妬され、羨まれるかを知ったから……。嫉妬が簡単に悪意に変わることを、知っているから。
「あ、朝の訓練のことは話そう」
「大丈夫なの?」
「やめておいた方がいいと思う」
エミリアとジャネットが、同時に話す。
「大丈夫。その後で、アギトさんとサフィールさんが、学院の臨時講師になることを教えてやるつもりだから」
「えー、教えなくてもいいじゃんかよ」
「そうそう。やめておけよ」
セイルとワイアットが、眉間に深く皺を寄せる。
「最近、ずっとうるさかっただろう。いい加減、面倒くさいんだ」
「話すことで、面倒くさくなくなるのか?」
不思議そうにするセイルに答える。
「なくなるな」
「なんで?」
「アギトさん達のことを教えると、あいつらなら、その授業を受けたいと思うだろう?」
「絶対に受けるだろうな。それで、俺達に自慢するんだ……。ウザいから教えるのやめないか?」
「やめない。あいつらさ、冒険者になるために最低限必要な科目しか受講していないんだ」
「普通じゃないのか? 俺もそうするつもりだったしさ」
「セイル。暁の風に入りたいなら、それだけじゃ駄目だ。その話は、後でゆっくり話そう」
「おぉう」
「話を元に戻すけど、アギトさん達は、受講者の人数を絞るために、数科目……。魔物知識や薬草知識などの卒業資格を持っていないと、受講できないようにするって話してただろ?」
「いってた。いってた」
「あいつらが、アギトさんとサフィールさんの授業を受けようとするなら、このシルキスから学院に通って、卒業資格を手に入れないといけない」
皆が黙って俺の顔を見る。そして、しばらくして、楽しそうな笑みを浮かべた。
「あいつらが、アギトさん達の授業受けるの無理じゃね? 俺と一緒で馬鹿だし」
セイル……。それはどうなんだ。
「更に、アギトさん達に認められたら、月光や邂逅に入れるかもしれないって話していたって、教えてやれば、必死に頑張るだろ? 俺達に構う暇などないくらいにさ」
「……お前、えげつないな」
「違う。わざわざ、アギトさんやサフィールさんが、俺達の前で話してくれたんだ。それは、その話を上手く使えってことだろう?」
そうでなければ、俺達にそんな話を聞かせる必要などないんだから。話してはいけないことなら、絶対に口止めされるわけだし。
「俺達は解放されて、あいつらは頭がよくなり、アギトさん達の授業を受けられたら、強くなれる。お互いいいことしかないだろう?」
アギトさん達にコテンパンにされてしまえとは、少ししか思っていない。
「なるほど、全然気付かなかった!」
「俺も!」
こいつら大丈夫だろうか……。この調子では、オリエ先生が伝えたかったことの半分も、二人に伝わっていないのでは?
俺がエミリアとジャネットに顔を向けると、二人は呆れたようにセイルとワイアットを見ている。
「とりあえず、あいつらの嫉妬心を煽ることだけはやめよう」
その言葉に、それぞれが返事して、俺達は食堂へ足を向けたのだった。





