『 風が残したもの 』
ローダル・シィーア → 三章:『 名もない冒険者の驚愕 』
テレッテ → 四章:『 僕と神樹の世界での憩い 』
ラナコムギ → 四章:『 僕と故郷 : 前編 』
【フリード】
庭に面した窓から「すごく腹が減ったっしょ」といいながら、エリオが入ってきた。
エリオは無意識に誰かを探すように周りに視線をやり、そして、次にセツナがいつも座っていた場所へと顔を向ける。
当然そこには誰も座っていない。エリオは、ほんの一瞬だけ表情を消して、その場所を眺めたあと俺達の方へと視線を向けこっちにきた。
「リードっち、俺っちすげー腹が減ってるから何かつくってほしいっしょ」
「かまわないが、体は大丈夫なのか?」
「体? 怪我も何もしてないぞ。知らない間にベッドに寝ていて驚いたんだが、俺っちなんかしたのか?」
どうやら、自分が倒れたときのことを覚えていないようだ。
「セツナ達を見送ったあと、お前は魔力の使いすぎで倒れ、クリスさんが運んでた」
「あ……。なるほど。あ? なら、なぜ誰も家にいなかったんだ? 普通心配して、誰か一人ぐらい家にいるだろう?」
「昨日は、アギトさんもサーラさんも自宅に帰っていたぞ」
「は? 昨日?」
「お前は、大体一日半ほど眠り続けていた」
セツナ達が旅立って、一日半ほど経過している。エリオは目を見開いて俺を見た。
「どおりで、腹が減っているはずっしょ……」
エリオはぽそりとそう呟いたきり、黙り込んでしまった。
「お腹すいているんでしょ、できたてで美味しいよ」
そんなエリオに、アニーニとルーシアがそういって料理を並べていく。
「座ってご飯を食べるのよ。考えるのはそれからでも遅くないでしょう」
腹が減っているときに考えるな。酒肴でおやっさん達にいわれる言葉だ。
「美味しそうっしょ」
苦笑しながら座り、料理を食べ始める。エリオが食べ始めたのを確認してから二人が、また、料理を作り始める。この料理は、恋が叶うことがなかったエリオに対する励ましなのだ。
恋の話が好きな女達が、エリオには一切その話題を振らなかった。まぁ、相手が幽霊で絶対に叶うことがない恋の話などできやしないが……。
いつもよりゆっくりと食べているエリオを見る。
俺は、最後ぐらい自分の気持ちを伝える花をセリアさんに渡すと思っていた。「言葉にはできなくても、せめて、気持ちを伝えることができればいいよな」とカルロがいい、俺達はその言葉に賛同して、あの日に臨んだわけだ。
なのに、エリオが選んだ花はミルフォーリアだった。自分の想いではなく、セリアさんの願いが叶うことを願った……。
正直エリオらしいと思った。だけど、それと同じぐらい、お前自身の気持ちも大切にしてやれよと喉まででかかった。だけど、あれでよかったんだろう。彼女が心をここに残さないようにするためには、あれでよかったんだ。
「リードっちどうした? 俺っちの顔に何かついてるか?」
「いや、顔色が元に戻っているなと思っていた」
「俺っち、そんなに酷かったか?」
「酷かったな」
「そうか。まぁ、もう大丈夫っしょ。それより、人が少なくないか? 親っち達とかどこにいったんだ? サフィさんもいないようだしさ……」
エリオがチラリと2階に視線を向けた。
「ああ。一番隊と四番隊は店だ。三番隊と五番隊はキノコを採りにいった。俺達二番隊は留守番だな」
「親っち達は?」
「おやっさんと月光と剣と盾と邂逅は、迷宮にできた新しい階層を調べにいった」
「は? 迷宮に新しい階層ができたのか!?」
エリオが食べる手を止めた。
「エリオ、手と口を動かすのよ。これも食べなさいね」
ルーシアが新しい料理を机の上に置き、エリオが軽く頷いて、また、食べ始める。
「新しい階層は、セツナが旅立つ数日前に一階層増え、旅立ってからもう一階層増えたようだ」
「は? 二階層も増えたのか?」
「そうだ。ここ数十年増えなかったのにいきなり二階層も増えたことで、ギルドの人達もかなり驚いたみたいだぞ」
「そりゃ、驚くっしょ。それで、どんな階層が増えたんだ?」
「セツナが旅立つ前に増えた階層は、テレッテが生息しているらしい」
「テレッテって、古代神樹でヤトさんの周りに集まっていたあの動物か?」
「ヤトさんが確認したって話していたから、そうなんだろうな。違いがあるとしたら、迷宮にいるテレッテは本当に生きているということぐらいだ」
「カルっちが喜びそうだな……」
「店をサボって迷宮にいこうとしたが、ニールさんに拳骨を落とされて店に引きずられていった」
「その光景が、目に浮かぶっしょ」
多分、店が終わったら妹のミーフェを連れて一目散に迷宮にいくだろうな。
「もう一つ増えた階層は、どんな階層なんだ?」
「まだ、はっきりとしたことはわからないが、どうやら釣り場らしい」
「釣り場?」
「ローダル・シィーアの魚が釣れる、という立て札が立った巨大な水場が何カ所かあるそうだ」
「……」
「時々魔物も釣れるから、注意することと記されているらしい」
「ああ……。だから、親っち達が安全性を確認にいっているのか」
「今日一日、徹底的に調べると話していたな。珍しくハルマンさんも一緒らしいぞ」
「……あの人は、セツっちに釣り場を残してくれって、ずっと頼んでいたから、一番喜んでるんじゃないのか?」
「確かに。本当に釣り場なら、俺達も嬉しいしな」
ローダルの魚が今までよりも手に入りやすくなるなら、料理の幅が広がる。
「美味かった」
話が終わると同時にエリオが食べ終わり、そっとため息をつき、俺やそばにきていたセルユを見て話す。
「偶然だと思うか?」
「それはないだろう」
「僕も偶然ではないと思うよ」
テレッテといい、釣り場といい、どう考えてもセツナが一枚噛んでいるとしか思えない。
「セツっちは、迷宮の守り手と呼ばれている何かを知っているのか」
リシアの民達は、広大な迷宮を守っている何かがいると思っている。その理由は怪我や急病で動けなくなると、迷宮の入り口に戻してもらえたり、子どもが迷子になっても、入り口で待っていれば必ず戻ってきたりするからだ。
反対に迷宮の中で迷惑行為や犯罪行為などに及んだ場合、二度と迷宮には入れなくなる。犯罪者が迷宮に逃げ込むと、縛られて入り口に転がされていたりもする。
最後に、迷宮の中はいつも綺麗で整えられており、管理されているとしか思えないのだ。
「でも、ラナコムギを迷宮内ではなく表の店舗で買っていたぞ」
俺の言葉に、セルユが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「迷宮で安く売られている物は、迷宮の存在を知らない者には売ってはいけないからね。しかたがないとはいえ、胸が痛かったなぁ」
ラナコムギが安く手に入ったと喜んでいたセツナに、三番隊以外のメンバーがそっとため息をついていたのを覚えている。
「まぁ、他国で買うよりは安いっしょ」
「そうだけどね」
「だとすると、セツナが迷宮の存在を知ったのは、大会後か?」
俺とセルユが同感だと頷く。
「リシアの守護者になったから、迷宮の守り手と知り合ったとしか、考えられないよね」
「セツっちは、俺っち達に迷宮の守り手のことを教えてくれると思うか?」
「絶対ないと思うよ」
「絶対にないだろな」
「やっぱり、そう思うよな」
俺達だけではなく、調理場で話を聞いていたルッツも「あいつが教えてくれるとは思わない」とルーシアとアニーニに話している声が聞こえた。
迷宮は謎が多く、色々知りたいと考えている奴らは多い。サフィールさんも研究すると話していたから、セツナ達がリシアに戻ってきたら質問攻めに会うんじゃないだろうか……。
「さて、腹も一杯になったし、魔王にでも挑戦するっしょ」
エリオが立ち上がりかけたのを、俺とセルユで肩を押さえ椅子に戻す。
「サフィールさんが、数日はお前に魔法を使わせるなといっていた」
「馬鹿なのか? 命を削りかけたんだよ? おとなしくしていなよ」
「もう、大丈夫だって」
「うるさい」
「黙れ」
「……」
黙り込んだエリオに、ルッツがきて「あまり、心配かけるなよ」といってから、お茶を置いていった。
「新しい魔法を試したかったっしょ……」
「そういえば、あの白い炎はなに?」
魔導師であるセルユが興味津々というように、身を乗り出す。
「俺っちは、火の二種使いらしい。火の二種使いが使う魔法は、光魔法でしか倒せない敵を倒すことができるとセツっちが話してた」
エリオの話に誘われて、ルッツ達もこちらへとくる。
そこから、エリオは自分が火の二種使いだと知るきっかけとなった出来事、いわゆるセリアさんとの出会いの話を教えてくれた。
話の内容は色々突っ込みどころが満載だったが、時々胸ポケットの辺りを押さえ、幸せそうにそれでいて寂しそうに語るエリオの話を、俺達は静かに聞いていたのだった。





