『 また会う日まで 』
セルリマ湖
第二章:『 リコリス : 再会 』『 閑話 : 月光と幽霊 』
エリオとセリアの会話
刹那の破片 第二章 : ベニラン 『 セリアとエリオ 』
【 セツナ 】
早足で部屋にいくと、酒肴の四番隊のカルロさんが待っていた。部屋の中には、できる限り希望を聞いて用意した色とりどりの花が、机の上に並べられている。
花の種は手持ちもあったけれど、オウカさん達が協力して集めてくれた。
「お待たせしました」
「いや、忙しいところ悪いな」
カルロさんが、軽く手を上げる。
「時間がないから、すぐに本題にはいるが、衣装を変える魔法があるだろう?」
「ええ」
「あの魔法で、30分ほど俺達の衣装を変えてもらいたいんだが……。あの魔法はセツナの負担になるか?」
「負担にはなりませんよ。上位精霊とのダンスの後に設置したのと同じのでよければ、ここに設置していきますが」
「あれは、本人の魔力を使って10分ぐらいしか維持できないって、話していなかったか?」
「商売にした場合は、ですね。この敷地内でしたら、僕の魔力で維持できるので大丈夫ですよ」
「そうか……。お願いできるか?」
僕は頷くと部屋の空いている場所に、くぐると衣装が変化する魔法を設置した。
「使い方は、前と一緒です」
「ああ……ありがとうな」
「カルロさん?」
なぜか苦笑する彼に首をかしげる。
「ルーシアのときもだけどよ。お前は本当に理由を聞かねぇよな。今も、なぜその魔法が必要なのか、余り気にしていないだろう?」
「そうですね」
「ルーシアもいってたが、普通、何をするのか気になるだろう? 最初は、俺達に関心がない、興味がない、何があってもどうにでもできるから、聞かないのかと思っていたんだが……」
「あれだけの人数で暮らしていれば、誰かが話しているのを聞くことになるので、面と向かって聞く必要が……」
「ないわな! 途中から俺達も気が付いた。でもよ、今回は違うだろう? 昨日決めたわけだし」
「まぁ、シュリナさんからの話で十分だったので」
シュリナさんは酒肴の四番隊の人だ。
「それで、納得できたのか?」
カルロさんが不思議そうに僕を見た。
「友が前に進めるように……尽力する。その説明だけでこと足ります」
彼らの人となりは、もう、十分知っている。彼らは、悪事を画策する人達ではないから。
それに……。
「僕は、エリオさんにセリアさんの情報を教えてあげることができません」
「それは仕方ないだろう。依頼主の情報など話せるわけがない」
「なので、カルロさんを手伝うことで、エリオさんが少しでも楽になるのなら、協力は惜しみません」
「そうか。ありがとうな!」
カルロさんが、嬉しそうに目を細めて僕を見た。
「僕からも、質問があるんですがいいですか?」
「ああ、なんだ?」
「僕が、カルロさん達に関心や興味がないんだろうなと思われていたようなのに、共同生活をしていて平気だったんですか?」
「俺達、辛そうに見えたか?」
「いいえ、全然、全く」
「そうだろ?」
僕の言い方が面白かったのか、カルロさんが笑う。彼らはいつも楽しそうだった。
「まぁ、そうだな……。最初からお前とアルトの関係を黒に説明されていた。そのときに思ったことは、お前は俺達と一緒なんだなって」
「一緒?」
「独りで生きていくしかなかった側」
「……」
「記憶がない状態で、アルトを連れての生活は大変だっただろう? 俺は妹だったけれど、お前の場合種族も違う獣人族の子どもだ。冷たい視線も多かったはずだ。それでも、お前はアルトの手を離さなかった。俺も……妹の手を離せなかった」
カルロさんが、深く息を吐きだすようにため息をついた。
「酒肴はさ、多かれ少なかれ、ギリギリを生きてきた奴が多いんだ。俺達は、お前がどうやって生きてきたのかを知らないが、お前の態度を見ていれば、俺達が通ってきた道だなと思うことが多かった」
「どういう意味でですか?」
「与えられる優しさや、自分のために伸ばされる手を素直に掴めないところとかか」
「……」
「独りで生きてきた経験が、大切な者を守ろうとする心が、どうしても警戒させる。本当にその手をとっていいのか、本当に味方なのか……優しくされればされるほど疑心暗鬼になっていく。それはもう仕方がないことなんだ。そうやって自衛することでしか生きてこられなかったんだからな」
カルロさんは、どこか遠くを見るような目で僕を見た。
「だから、お前がどう思っていようが、俺達を知ってもらうことから始めようと決めていた」
「……」
「ここでの共同生活で、俺達のことは知ってくれただろう?」
「十二分に」
「はは、きっと、セツナとは長い付き合いになると思う。多分、あと数年で酒肴のメンバーのほとんどは入れ替わるだろう。だが、俺とセルユとダウロとフリードは、ずっと酒肴に残る」
「フリードさんは、お店を持つことが夢なんじゃ?」
「ああ? そんな世迷い言、許すわけなないだろ?」
酷い……。
「酒肴は、ギリギリを生きている人間を助けるためにあるチームだ。そんな奴らを助け、守るためには、心から信頼できる味方がいないと難しい。フリードを手放すとか、あり得ないだろう?」
そういってカルロさんはあくどい笑みを浮かべた。いっていることは理解できるし、共感もできるけれど、フリードさんにとっては気の毒だとしかいいようがない。
「話を戻すが、お前はお前の歩調で、生きていけばいいさ。俺達はそんなお前のそばにいる。だから、お前の手が足りないときは、俺がお前に協力を求めたように、お前も俺達に協力を求めろよな。持ちつ持たれつでいこうぜ」
持ちつ持たれつの関係、その言葉が本心なのだと疑う気にもならないのは、まさしく彼らが『俺達のことを知ってもらう』という行動があってのことだった。
僕に対する態度、アルトに対する態度、彼らの言動はずっと一貫していたから。
僕は黒と黒のチームの人達が、お節介なところもあるけれど、気持ちの優しい人達ばかりだと知っている。アルトもこの共同生活をとても楽しんでいた。
(ならば、僕の返事は一つしかない)
「はい。アルト共々よろしくお願いします」
「おう! これからもよろしくな!」
僕の返事にカルロさんが満足そうに頷く。そして、その後、少し声を低くして「エリオのことは俺達に任せとけ」と真っ直ぐに僕の目を見てそう告げた。
庭に止められているジゲルさんの幌馬車に荷物が積み終わり、後は、出立するだけとなった。見送りはここで済ませることになっている。大人数で結界の境界まで移動するのは目立つため、やめてもらったのだ。
時間が近づくにつれ、子ども達は言葉少なになっている。それでも、場の雰囲気を壊さないようにだろう、一所懸命に笑っている子ども達に、大人達は優しく寄り添っていた。
「セツナ、アルト、こっちも準備が終わったわ」
ルーシアさんの声に、僕とアルトは幌馬車の前へ移動する。そこには、簡易の机と綺麗に装飾された平たい木箱が用意されている。
僕は簡易の机の前に立ち、セリアさんを呼んだ。
「なぁに?」
「僕とアルトの間にきてくれますか?」
僕の言葉に、セリアさんが首をかしげながらも僕とアルトの間に立つ。
「なにかあるのかしラ」
ルーシアさんが、セリアさんが僕達の隣りに並ぶのを確認すると、彼女が魔導具でどこかに連絡を入れる。すると、突然、カルロさんが、窓から飛びだし、走ってセリアさんの前までくると跪き、腹から声をだすようにして叫んだ。
「綺麗なお姉さんが好きでした! 俺の想いを受け取ってください!」
カルロさんは普段着ではなく、きっちりとした正装姿で膝をついて、セリアさんへ一輪の花を捧げている。いうまでもないが、その衣装は魔法で変えられたものだ。
髪型も決まっており、何も知らない人から見えれば、告白している場面に見えなくもない。
(いや……ないか。あの、第一声はない。彼に、エリオさんを任せていいのだろうか……)
一抹の不安が胸をよぎるが、カルロさんだけではなく、フリードさん達もいるから、大丈夫だろう……。多分。
「綺麗なお姉さんが好きでした! 俺の想いを受け取ってください!」
セリアさんの反応がないからか、カルロさんがもう一度同じことを告げた。彼女は、カルロさんの意味のわからない告白に、目を見張り言葉を失っていた。
「……」
(セリアさん、返事をどうぞ)
心話でこっそりと、セリアさんに返事するように促す。
(い、意味がわからないワ)
そうですねと同意しかけて、ぐっとこらえる。カルロさんは、楽しそうに驚きで固まっているセリアさんの返事を待っている。
彼のその顔を見て、エリオさんのためでもあるんだろうけど、セリアさんに悪戯をされまくってきた、彼らの意趣返しも入っているのかもしれないと考えた。
ちなみに、黒以外の大人達はドン引きしているし、子ども達は呆気にとられている。黒達は苦笑し、酒肴のバルタスさんや一番隊の人達は、深くため息をついていた……。
(……)
僕は、まだ、驚いているセリアさんに助け船を出す。
(セリアさん、カルロさんの持っている花の花言葉は、憧れですよ。憧れのお姉さんに花を捧げたかったんですよ、きっと……)
(もしかして、私、カルロに悪戯されてル?)
(ご自分の胸に聞いてみたらどうでしょう)
彼らの真意を隠して答える。
(フフ……)
(……)
「綺麗なお姉さんなら、私じゃなくてもいいんじゃないかしラ」
「え?」
そんな返しを予想していなかったのか、カルロさんが固まる。
「だって、綺麗なお姉さんなら、ここにもいっぱいいるモノ。でも、そうね。その花は綺麗だから貰ってあげるワネ!」
どこかの高飛車な令嬢のように振る舞いながら、セリアさんがカルロさんから花を受け取ろうとして、受け取れないことに気付くが、カルロさんは装飾された木の箱にそっと花を置いた。
セリアさんが置かれた花を目で追い、花に結ばれているリボンを見る。そして、そのリボンに綴られている文字を読んで言葉を詰まらせた。
その瞳を揺らすが、彼女はゆっくりと息を吐きだしてから、カルロさんと視線を合わせた。
「……ありがとう。大切にするわ、カルロ」
カルロさんは笑って頷くと、アルトの隣に移動して、ポケットに刺してあった花をアルトに渡す。その花にもリボンがついている。アルトは嬉しそうに尻尾を振り、お礼をいうと花を受け取った。
僕に花がないのは、用意しなくていいと先に伝えてあったからだ。
次にセリアさんの前にきたのは、セルユさんとダウロさんとフリードさんで、彼らは豚、鶏、羊の着ぐるみを身につけ跪き、それぞれが花を差し出している。
そして、3人が口を揃えて、同じ台詞をいった。
「僕達の中で、一番誰が好きですか!」
「っ……」
セリアさんの肩が震える。悪戯だと知っているから、笑わずに我慢している。しかし、アルトが真面目な顔で「全部好き」と呟いたところで、彼女は笑いをこらえられなくなった。
(悔しい!)
心話で、全然悔しそうではない声が届いた。
「私はお野菜が一番好きなノ。だけど、その花はとても美しいから、貰っておくワ!」
彼女の言葉に、セルユさん達が木の箱に花を置く。
「セルユ、ダウロ、フリード、ありがとう。大切にするワネ」
3人が頷き、カルロさんと同じようにアルトにも花を渡して、場所を次の人に譲る。三番隊のクローディオさん達は「アルトを大切にしてくれている姿に、好感が持てた」といい、その他の人達も、楽しそうにセリアさんに想いを伝えていた。
セリアさんは、花を渡してくれた一人一人と目を合わせて名前を呼び、お礼をいっていく。
カルロさんの計画を知らされていなかったエリオさんは、あ然とした様子でそのやり取りを見つめていた。
そして、そんなエリオさんを周りの人達は声をかけることなく、見守っていた。
カルロさんに賛同した男性陣達の告白が終わると、クリスさんとビートさんが彼女の前に立った。
「セルリマ湖で貰った贈り物を、使いこなせるように頑張ります」
「俺も、親父と一緒というのが気に入らないが、頑張るぜ」
「セルリマ湖で?」
首をかしげるセリアさんに、僕と話していたときに二人の能力の話になったでしょうと教えると、セリアさんが、「そういえば」と頷いた。
「二人ならきっと使いこなせるワ。頑張って。それから、クリス、ビート、ありがとう」
彼女の言葉に、二人は笑って頷き、アルトにも花を渡してからその場を去る。
次に、黒達がセリアさんに花を渡していく。バルタスさんが「わしの子ども達と戯れている姿が愛しかった」といい、バルタスさんの奥さんのテレーザさんは「確かに」といって微笑む。
カルロさん達の悪戯に、バルタスさんがのったことに、酒肴の人達がどよめき笑っている。
そんな周りの雰囲気を楽しく思っているのか、アギトさんも普段いわなさそうなことを口にして、花を置く。
「サーラと出逢わなければ、告白していたかもしれないな」
セリアさんは、アギトさんを胡乱げな眼差しで見つめている。
「ちょっと、焼けちゃうわね」
サーラさんが、セリアさんを睨むまねをしながら花を籠の中にそっと置く。
「アギトに告白されても、サーラを目に入れた瞬間、お別れされている未来しか見えないワ」
「そんなことはないと思うぞ、多分」
「そんなことないわよ、多分」
同時に同じことをいう二人に、セリアさんが声をだして笑った。
「そっくりな二人は、そのまま幸せに。アギト、サーラ、ありがとう。セツナとアルトをよろしくね」
「ああ」
「もちろん」
アギトさんとサーラさんがしっかりと頷いたのを見て、セリアさんも安心したように頷き返した。
「貴殿との再会をリシアで待つ」と告げると全員で、一糸乱れぬリシアの礼をセリアさんに向けたのは、剣と盾のチームの人達だ。
ピシリと整った礼に、セリアさんとアルトが感嘆の声を上げ、エレノアさん達はどこか誇らしげに胸を張りもう一度礼をとると、花を置いた。
黒の最後はサフィールさんで、彼はフィーと一緒に花を置いてから、口を開いた。
「セリアとなら、同じ朝を迎えてやってもいいわけ」
彼のこの言葉と爽やかな笑顔に、酒肴の女性陣から黄色い声が上がるが、セリアさんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「僕の誘いが、嬉しくないわけ?」
「どうせ、サフィールのことだかラ、夜通し魔法談義でもするのでしょう?」
「それ以外に、何があるわけ?」
サフィールさんの返答に、酒肴の女性陣達は「そうですよね」とため息をつき、フィーは黙したままだ。
「夜通し、魔法に関する話をし続けるとか絶対に嫌だワ。お断りヨ。セツナと話していればいいのヨ」
僕を巻き込むのはやめてほしいんですが。
「セツナとは三日三晩ぐらい、根を詰めて話し続けたいわけ」
「……」
「……」
余りにもな言葉に、周りに沈黙が落ちる。
「サフィールのお誘いは、全力で拒否するけれど、お花は嬉しいわ。サフィール、フィーちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。早く生まれ変わるといいわけ。素質があったら、僕が鍛えてやってもいい」
「……来世の私の代わりに断っておくワ。フィーちゃん私が断ったことを覚えておいてくれると嬉しいワ……」
「覚えておいてあげるのなの」
フィーからの返事を期待してはいなかったのだろう。セリアさんは、少し驚き、そして幸せそうに笑った。
黒達の後は子ども達、彼らの家族、オウカさん達、酒肴の女性達と続き、セリアさんはその一人一人の名前を呼び感謝を伝える。
ルーシアさん達やマリアさんからは手紙も貰い、「手紙を貰えるなんて久しぶりダワ」といって喜んでいた。
そして、花を持っているのはエリオさん一人になった。
エリオさんは軽く息をはくと、ゆっくりと歩き、セリアさんの前に立つ。
「ヨレヨレだけど、大丈夫?」
セリアさんが、心配そうにエリオさんを見る。僕も、エリオさんを見て内心驚いている。彼の魔力がかなり減っていたからだ。
「大丈夫っしょ」
「そう……」
しばらく沈黙が続き、エリオさんが静かに話し始める。
「セリっちが、俺っちにそんな人はいないかと聞いたことがあっただろう?」
「そうネ」
「俺っちは、あのときいないと答えた。そんな風に考えることはできないと……」
エリオさんの話に皆が首をかしげる。それは僕も同じだった。
「だけど、今は、出逢えてよかったと思っている。セリっちとの日々は、俺っちの……俺の宝物だといえるから」
エリオさんがそういって、持っていた花を置く。その花は、勿忘草ではなかった。エリオさんが僕に頼んだ花は……。
「ミルフォーリア……」
「セリアの願いが叶うように」
セリアさんは軽く目を見張り、そして、すぐに「ありがとう、エリオ」といって幸せそうに笑った。彼は、その笑みに少し見惚れたあと視線を外した。
それ以上、口を開くことなくアルトの前に移動すると、アルトと視線を合わせるように膝をつく。
「どうしたの?」
アルトが不思議そうに彼を見る。
「アルトに、お願いがあるんだ」
「なに?」
「これを……」
エリオさんが、ポケットから魔導具らしきものを取り出し渡す。
「これはなに?」
「俺が作った魔導具。それには、この魔法が刻まれている」
エリオさんが、手の平を上に向けてから魔法を詠唱する。彼の手の平の上に現れた魔法は、白い炎だった。
周りにいた人達から息を呑む音が聞こえる。どうして、炎が白いのかと囁く。
そんな中、サフィールさんは、どこか満足そうにエリオさんを見て、アギトさんとサーラさんは、心配そうに彼を見ていた。
「……」
セリアさんが、エリオさんから一歩離れた。
「あ……セリっち、悪い」
「大丈夫ヨ」
エリオさんは、手の中の小さな白い炎を握って消し、また、アルトと目を合わす。
「この魔法が、どうしたの?」
「これは、浄化の炎なんだ。だから、幽霊や光魔法しか効かない魔物を倒すときに役に立つ」
「……」
アルトの眉間に皺が寄る。
「アルっち……何か誤解してるっしょ! 間違っても、セリっちに向けるなよ! まぁ、セツっちが守ってるから、大丈夫だとは思うけどな」
「じゃあ、誰に向けるの?」
「セリっちが、悪い幽霊を怖がっていたから、そういった幽霊に使うために作った」
「なるほど」
「だから、アルっち。とち狂った幽霊が、セリっちを襲うことがあったら、迷うことなくこの魔導具を使ってほしいっしょ」
僕とセリアさんは、口を挟むことなく二人の会話を聞いていた。
(……セツナ)
セリアさんから、心話が届く。
(なんでしょう)
(エリオは、イフェルゼアのことを幽霊だと思っているのよネ?)
(そうですね)
(じゃあ、あれは、イフェルゼアが悪霊になっていた場合の魔導具なのネ)
(僕も、そう思います)
未練を残し悪霊になり、人を害する幽霊は確かにいるようだ。
セリアさんの彼が長きときの中で、自我をなくし、悪霊になっていた場合のことを考えて、アルトに魔導具を託すことにしたのだろう。
(昨日、私達が戻ったときにいなかったのは、あの魔導具をつくっていたからなのネ)
(……)
(だから……エリオの魔力がものすごく減っていたノネ。あそこまで、魔力を減らせばかなり辛いはずなのに……)
よく見ると、エリオさんの手は火傷でボロボロになっていた。きっと、苦労して魔法を刻んだのだろう。一心に。セリアさんのために。
アルトが、エリオさんの手を見て、渡された魔導具をギュッと握った。
「俺が、悪い幽霊からセリアさんを守るよ。約束する」
「頼んだっしょ」
エリオさんは、笑いながらそういって、自分の胸ポケットに刺してあった花をアルトに渡した。その花は、ミルフォーリアの蕾……。
花言葉は……【願いを託す】もしくは【想いを託す】
ジゲルさんが御者をしてくれている幌馬車が、ハルの町の中をゆっくり進む。
幌馬車には、ハルの町を抜けるまで軽く認識を阻害する魔法をかけてある。オウカさんが、僕が旅立つことが知れ渡ると、皆が見送ろうとするだろうと話していたからだ。
アルトは幌馬車に乗ってから一言も話さない。まぁ……話さないのではなく、話せないのかもしれないけれど……。初めてできた親友との別れを、必死に呑み込もうとしているのだろう。
いつも元気なアルトが静かなことが心配なのか、セセラギやシノノメ、アリアケはアルトにピタリとくっついている。
そして、セリアさんは、一人になりたいといって指輪の中に戻っていた。
彼女は、自分のために開かれた別れの場で、決して涙を見せなかった。最後の最後まで皆に笑顔を見せていた。だから、皆から姿を消した瞬間にこぼれ落ちた想いは僕しか知らない。
そろそろハルの結界を越えるというあたりで、ジゲルさんが馬車を止め降りる。そこは、広場になっており、神の祠が祀られている。
ジゲルさんは膝をついて、旅の安全を神に祈っていた。彼のその姿を見て、目立たないように静かにしている今回はともかく、護衛依頼などを受けたときに、形だけでも祈る振りをした方がいいかもしれないと考えていると、頭の中に声が響く。
(神に祈るのが嫌なら、シルキエスに話しかけてあげればいい)
(古代神樹様?)
(君が旅立つと、精霊達が話していたから、見送ろうと思ってね)
(……)
(君達の旅に、幸おおからんことを……。無事に戻ってくるんだよ、セツナ。私も精霊達もそう望んでいる)
(ありがとうございます)
古代神樹からの声が消え、しばらくして、「お待たせしたでやんすよ」と小さく声がかかり、馬車が動き出す。
馬車はやはりゆっくりと進み、そして、結界を越えた。
「さぁ、旅にでよう……アルト。セリアさんの願いを叶える旅に」
その言葉にアルトが顔を上げて、真っ直ぐに僕を見る。
「皆から、想いを託されたから、しっかりしないと……」
そういって拳を握る。
「そうだね。一緒にセリアさんを送り届けよう」
「はい、師匠!」
アルトは、幌馬車の中からもう一度、ハルの方を眺め、「いってきます」と小さく呟く。僕も同じようにハルの町を眺め、そして、視線を外した。
幌馬車は、徐々に速度を上げて、トキトナへと向かい始める。





