第89話
コンコンコン
「入れ。」
「ドークス殿、この度はいい話をとても感謝しています。で、首尾はどうですか?」
「まぁまぁだよ。今は魔導具で別人格を使っているが、あまり長時間使っていると人格が複数あることへの副作用で空っぽの植物のようなただ生きているだけの入れ物のような人間になってしまう。だから早めに解除しないとお前が後悔することになるぞ。見た目が好きなのは構わないが、反応もない人形になってしまっては不本意だろ?」
「えぇ。それはもちろんです。では明日にでも夜伽をさせていただければと。」
「目一杯楽しんでぶっ壊せ。そうしたら絶望で何も考えられなくなるだろう。その内にすべて済ませてさらに重ねていけばもう籠の鳥だ。自由にしろ。でもわかってるな?これは取引なんだ。」
「もちろんですとも。ここまでしっかりと準備していただいたのですからこちらとしてもお返しをしなければなりません。ご期待ください。我が家に追従する票をすべて回すようにいたします。そうすればドークス様も教主として君臨なさる日も間もなくやってくるでしょう。」
(なんだこのゲス野郎は!こんなやつにディケに触らせられるか!とりあえずディケの態度の秘密はわかったからディケを見に行こう。)
女性の部屋に潜入する背徳感を少し感じていたが、部屋に入るとそんなのは一瞬で吹っ飛んだ。
ディケは部屋の真ん中でただ立っていた。ただその場で停止している。
これがドークスの使った魔道具の効果だ。
ドークスの指示以外では何もできないからここで人形のようにただ止まっているんだ。
でも今となっては好都合だからこの間に部屋を少し探してみよう。
何もかもキレイに片付けられていてどこを開いてもホコリの一つも見当たらない。
が
ゴミ箱にあった。
くしゃくしゃになった手紙があった。
「マァ君助けて!何かわからないけど、変なの。だんだん自由もきかなくなって…」
ここで手紙の文字は認識できるレベルではなくなった。
おそらくドークス本人か操作されてゴミ箱に捨てられてしまったのだろう。
怒りで握った拳に爪が食い込み血が滲む。怒りで食いしばるせいで口元に血が滴る。
ここまでのことをしたんだ。ドークスにもテミス家にも大いに反省してもらおう。最悪俺がどこかの物語の魔王のように暴虐の限りを尽くしたとしても。
またドークスの部屋に戻った。以前のように部屋で弱点看破を使った。
本棚の本の裏に小さな隠し扉があってそこに色々な証拠が残っていた。
今回の魔道具の説明書、違法奴隷の仕入及び売買契約書、違法薬物の製造及び販売の帳簿、票集めに同意した貴族の覚書しかもそれには同意条件にかかわる取引内容までも書いてある。
これが国に、反テミス派に広まればテミス家は終わりだな。
ドークスを探そう。
あ!そうだ。
ゲイルに念話を送る。
「例の件、そろそろ動いてくれ。」
「相わかった。」
ドークスはディケの部屋にいた。
「長時間使えないのに定期的に効果確認しないとならないのは面倒な魔道具だ。不良品なんじゃないか?」
「おい!お前いい加減にしろよ。」
「なっ!マァト!どうやってここに!?」
「そんなことぁどうでもいい。今日のディケの態度の秘密はもうわかってる。その水晶のような魔道具のせいなんだろ。」
「何を言っている?ディケの心からの言葉を否定するのか?そもそも婚前の女性の部屋に無断で入るお前はなんなんだ?」
さっきのように止まっているディケの身体がビクッとしたと思ったら俺に冷たい視線を投げつけた。
「あんたここがどこかわかってるの?ひとの部屋に入って何様なの?視界から消えてって言ったわよね?言葉わからないの?」
「ドークス。その魔導具を解除しろ。この資料はさすがに看過できない。お前もこれが表沙汰になれば票集めどころじゃないだろう。反対派の増長が止まらなくなるぞ。」
「お前!どこからそれを!」
「それは自分がよく知ってるだろ?見つからないように隠してたんだからな。」
ディケはスカートをたくし上げると足に装備していた蒼牙を自らの首に突きつけた。
「その資料をこっちによこせ。これは取引じゃない。お前はテミス家を貶めるためにディケを殺せるか?できないだろ?俺にとっては駒の1つだ。代替策は何とでもなる。さぁ!早くこっちによこせ!」
「おい!ディケ!何やってんだ!戻ってこい!そんな卑怯なやつの言いなりになんかなるな!」
俺の言葉は届いてないみたいだ。
「頼む。ディケ。戻ってきてくれ。」
「マァ…く…ん?…アァ!あぁあぁぁぁ!」
「ディケ!負けるな!戻ってこい!俺はここだ。ここにいるぞ。さぁ。一緒に帰ろう。」
「マァく…ん、た、すけ、て!」
言葉とは裏腹に首元に突きつけられた刃はまだディケの命を狙っている。
「何故だ!?やはりこの魔道具壊れているのか!?支配する力をもっと込めないとダメなのか?」
「いやあぁあぁぁぁぁぁ!」
ディケはまた人形のように止まってしまった。
「おい。もう容赦はしない。さっさと渡さないと首を落とすぞ。」
その瞬間だった。
バタっ
勢いよく噴き出る血液で大きな血の海ができている。
「ディケ!」
「なぜだ!今指示は出してないぞ。首を落とすのは脅迫であって指示ではないぞ。なぜだ…」
「ディケ!ディケ!なぜ…なぜ…こんなことに…」
ドークスの態度を見るに指示は出していないのだろうが、なぜかディケは自刃した。
俺の愛する人が死んでしまった…




