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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第15章「全国指名手配」
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—1—「高山の覚悟」

 翌日、昼前———駿河は美緒に揺さぶられて目を覚ました。


「大変、大変だよ。ちょっと来て!」

切羽詰まった声が、夢の残り香を無理やり引き裂いた。そして、またも肩を強く揺さぶられる。


駿河は顔をしかめた。まぶたの裏で光がちらつき、こめかみがずきりと脈打つ。口の中はやけに乾いている。

昨夜の酒が、まだ体の奥に居座っていた。


重たい頭を持ち上げると、視界がわずかに揺れる。ぼやけた輪郭の中で、美緒の顔だけが妙に近い。


「ほら、早く!」

急かす声に押されるように、駿河はベ布団から起き上がる。床の冷たさが、遅れて足裏に伝わる。


そのまま立ち上がるが、身体がついてこない。ふらりと体勢を崩しかけ、壁に手をついた。目元を乱暴にこすり、無理やり意識を引き上げる。

半分眠ったままの足取りで廊下を進む。

足音がやけに響く。遠くで誰かの声がしている気がするが、うまく拾えない。


やがて休憩室の前に辿り着き、扉を押し開けると、中には美緒のほかに、和奏とダニエルの姿があった。

二人とも、ただ事ではない顔をしている。


「なんだよ、そんなに慌てて。今日ぐらいゆっくりしようぜ」

気だるそうに言うと、美緒は首を振った。


「そんな悠長なこと言ってられないよ。テレビを見て」

促されて、駿河は画面に目を向けた。


次の瞬間、思考が途切れる。画面いっぱいに、自分の顔があった。


強い照明に白く飛んだ肌、やけに鮮明な輪郭、見慣れているはずなのにどこか他人のように見える。


「は?」

喉の奥で、乾いた声がひっかかった。


心臓が一拍遅れて跳ねる。耳鳴りがかすかに立ち上がり、視界の端がわずかに揺れた。眠気が一気に剥がれ落ちる。


駿河は反射的に一歩踏み出して、目を凝らした。


画面の端に、別の顔が滑り込む。甲斐、美緒、ダニエル。見慣れた顔が、順に切り替わっていく。

テロップが走る。音声が遅れて頭に入る。自分の名前、所属、見出しの強い言葉。


胃の奥がひやりと冷える。呼吸が浅くなり、胸の内側がざわつく。

覚悟はしていた。こうなる可能性も分かっていた。


それでも、実際に“指名手配”として晒される光景を前にすると、冷静ではいられない。


「あたしたち……指名手配にされちゃったみたい」

美緒が消え入りそうな声で言った。顔色は明らかに悪い。視線が定まらず、駿河と目を合わせかけて、すぐに逸らす。指先がわずかに震えている。


「だから言ったじゃない。いくらなんでも、やりすぎだって」

その一言で、駿河の中の何かが弾けた。

「なに言ってんだよ。お前も賛同してただろ!」


声を荒げると、美緒はきっと顔を上げる。

「あたしは仕方なく手伝っただけ! 賛同なんてしてない!」


「なんだと……じゃあ――」

「今は喧嘩している場合じゃないです!」

和奏が割って入った。


その声は思った以上に強く、場の空気を押しとどめる。

「誰のせいとか、今はどうでもいいじゃないですか!」

言葉のあと、重たい沈黙が落ちる。


その中で、ダニエルが静かに口を開いた。

「私は、こうなることは覚悟していました」

落ち着いた声音だった。


「ですが、私たちの行動は世界的に見れば称賛されるべきものです。おかしいのは、今の日本の現状だと思います」

一拍置いて続ける。

「それに今回の指名手配は公的なものではありません。あくまで全平教によるものです」


理屈は通っている。だが現実は違う。

「そうは言ったって……これじゃもうまともに働けないよ」


それには、ダニエルも「そうですね……」と力なく呟いくことしか出来なかった。


重たい沈黙が、部屋の空気を粘つかせていた。そのとき、低く通る声が落ちる。


「金なら問題ない。ワシが工面しよう」

誰かが息をのむ。音が止まり、視線が一斉に扉へ吸い寄せられる。開け放たれた戸口の陰に、人影が立っていた。逆光の中で輪郭だけが浮かび、ゆっくりと一歩、内へ踏み入る。


床板が、乾いた音を返す。光が差し込み、顔が現れる。

———高山だった。


だが、いつもの軽口を帯びた気配はない。

背筋はまっすぐに伸び、顎はわずかに引かれ、視線は揺れない。場の温度が、彼を中心にすっと下がる。歩みは静かだが、迷いがない。


その佇まいは、長く人の上に立ってきた者だけが持つ重さを帯びていた。凛とした気配が、部屋の隅々まで行き渡る。


「金って言ったって……これじゃ生活もままならない」

美緒が不安を滲ませる。

「衣食住には困らん。それぐらいの金は、十分にある」

高山は断言した。


そして、ゆっくりと美緒へ視線を向ける。

「美緒ちゃんには、申し訳ないことをしたな。君が今回の作戦に乗り気でないことは、分かっていた」

一度、言葉を区切る。

「だが、ワシが賛同すれば、君は従うと分かっていて……何も言わなかった。本当に、すまない」

深く頭を下げた。


その姿に、美緒は目を見開いた。

「い、いえ……そんな……頭を上げてください」

戸惑いながら、慌てて言葉を返す。


高山はゆっくりと顔を上げ、全員を見渡した。

その目には、迷いがない。

「だが、こうなった以上、もう引き下がれん」

静かに、しかし確固たる声音だった。


「ワシは老いぼれで、動けはせん。だが――この国を、もう一度まともな姿に戻したい。それが、ワシの願いだ」

再び、沈黙が訪れる。

それは先ほどとは違う、重く、深い沈黙だった。


脳裏に蘇るのは、これまでの屈辱。

理不尽に社会から切り離され、罵倒され、時には暴力を受けた。

だが、これまでは抗う術はなかった。ただ、耐えるしかなかった。


生きる喜びも、楽しみも失ったまま、十年という時間が過ぎていった。

終わりの見えない暗闇。その中に、いま、かすかな光が差し込んでいる。


その沈黙を破ったのは、駿河だった。

「昨日、楽しかっただろ?」

静かに、美緒へ問いかける。


「うん……」

美緒は小さく頷き、かすかに微笑んだ。


「でも、このままじゃ、それもいつまで続くかわからない。ある日、突然終わる」

脳裏に、燃え上がる居酒屋ゆうちゃんの光景がよぎる。


「遊ぶために働く。そう教わったんだろ」

「えっ……」

真っ直ぐな視線を向けられ、美緒の胸がわずかに高鳴る。


「だったら――やってやろうじゃないか」

駿河の声が、はっきりと響いた。

「この世界をひっくり返して、目にもの見せてやろう」

言葉は短いが、強かった。


その場にいた全員が、顔を見合わせる。

「……そうですね。やってやりましょう」

ダニエルの一言をきっかけに、空気が変わった。


それぞれの中で、何かが定まった。

―――こうして、今後の活動についての作戦会議が始まった。


「そういえば、甲斐は?」

駿河がふと首を傾げる。


この場にいるべき人間の姿がない。

「朝方に出ていかれましたよ」

和奏が答えた。

「ゲームを数時間やっていないから禁断症状が出たとかで、一旦家に帰るって……最近ハマってるオンラインゲームがあるらしくて」


「なんだその間抜けな理由は……」

駿河は呆れて息を吐く。

「アイツも指名手配なんだぞ。普通に歩いてたら捕まるだろうが」


和奏も肩をすくめる。

「相変わらずですね」


その日、彼らは一日をかけて今後の策を練り続けた。

だが――その日のうちに、甲斐が戻ってくることはなかった。

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