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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第14章「大宴会」
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—3—「ダニエルの過去」

 張り詰めていた緊張がほどけ、美緒は小さく息を吐いた。

その様子を見て、駿河が声をかける。


「お疲れ。なかなか良い演説だったよ」

「もう懲り懲り。次は駿河くんがやってよね」

「いや、こういうのは伝統にしていくべきだ」

「なによそれ」


二人は顔を見合わせて笑い、そのまま壇を下りて歓談の輪に加わった。


美緒にとって、この夜は人生で初めての酒だった。

対する駿河は、つい三ヶ月前に飲み始めたばかりだというのに、妙に先輩風を吹かせて、覚えたての薄い知識をそれらしく語ってみせる。


やがて酒が回り始めると、場の熱はさらに高まった。


甲斐は相変わらず大袈裟な身振りで騒ぎ立て、その向かいでは和奏と清水が腹を抱えて笑っている。笑い声が幾重にも重なり、宴はますます賑やかさを増していった。


「あらあら、美緒ちゃん。ちゃんと飲んでる? ほら、やせっぽっちなんだから食べなきゃダメよ。ほれほれほれ」

会話の途中に、大島が割って入ってきた。


美緒の皿が空なのを見つけるや否や、料理を山のように抱えて戻ってきて、次々と皿の上に載せていった。

押しの強さにやや気圧されながらも「えっ、あっ……はい。ありがとうございます」と、美緒は慌てて箸を取る。


「あら、あなた地味な格好ね。若いんだから、もっとお洒落しなきゃダメよ」

「? そうなんですか。結構、気を使っているつもりなんですけど……」


美緒は、不真面目病であることを隠していない。

そのため、生真面目病が好む無地で統一された衣服ではなく、自由な服装を選んでいる。

足元まで届くロングスカートは、くすんだ色合いの落ち着いたもので、動きやすさを重視した、装飾の少ないシンプルな作りだ。

上に合わせているのは、やわらかなクリーム色のTシャツ。生地は少しだけ余裕のあるサイズ感で、身体の線を主張しすぎない。


そして、その胸元には——小さなキャラクターが、さりげなくプリントされていた。

丸みを帯びた、どこか懐かしさを感じさせる意匠。主張は強くないが、よく見れば確かに“遊び”がある。


だが、元来まじめな気質の彼女の装いは、奇抜さとは無縁で、静かで慎ましいものに落ち着く。そのため、全体としてはどこか地味な印象を帯びていた。


それが、大島の目には物足りなく映ったのだ。


「ほら、あなた顔立ちがちょっと古風でしょう? あら、悪い意味じゃないのよ。落ち着いてるって意味。だからこそ、もっと明るい色を使った方がいいの。アクセントを効かせて、アクセサリーなんかもつけてさ」


大島は楽しげに語るが、その提案はどこか現実離れしている。


そもそも彼女の言うような派手な衣服や装飾は、いまの社会ではほとんど流通していない。実際、美緒が身に着けている服も、十年前に購入したものを大切に使い続けているのだった。



美緒が大島に目を付けられ、すっかり餌食になっているのを横目に、駿河はその場をそっと離れた。まるで難を逃れるように、さりげなく距離を取る。


視線を巡らせると、ダニエルと園島が向かい合って話し込んでいるのが目に入った。

駿河はその輪に近づき、自然と会話に加わる。


どうやら二人は、共通の趣味を見つけたらしく、落ち着いた調子で、しかし確かな熱を帯びて言葉を交わしている。


「私も武道の心得には共感しましてね。昔、空手を習っていました」

「ほう、それは奇遇だな。俺は高校の頃、柔道部でしてね——」

すっかり打ち解け、互いの経験をなぞるように続いていく。


やがて話題は、かつての日本を懐かしむ方向へと移り変わった。

価値観や気風を語るその声音には、どこか遠いものを慈しむような響きがある。


その流れの中で、駿河はふと思い出したように口を開いた。

「そういえば、ダニエルさんは、どうして来日したんですか?」


問いかけは何気ないものだった。だが、その場の空気が、わずかに静まる。


ダニエルはすぐには答えなかった。手にしていた缶を軽く見つめ、それから小さく息を吐く。


「私の国は……貧しくてですね」

ゆっくりと顔を上げる。

「親を楽にさせたいと思い、技能実習生として来日したのが始まりでした」

その声音は穏やかだったが、どこか遠くを見ているようでもあった。


駿河は思わず言葉を飲み込む。

軽い気持ちで投げた問いが、思いのほか重みを帯びていたからだ。


——そして、ダニエルは語り始めた。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 ダニエルは、アフリカ南部に位置する小さな国の生まれだった。

兄弟は多く、日々の暮らしは常に綱渡りのようなものだった。明日の食べ物を確保するだけで精一杯——そんな生活の中で、彼は育った。


転機が訪れたのは、知人の紹介だった。

当時は先進国として知られていた日本へ、技能実習生として渡る機会を得たのだ。


建設会社に勤め、慣れない環境の中でも懸命に働いた。

決して高くはない給料の一部を切り詰め、母国へと仕送りを続ける日々。


その真面目な仕事ぶりと手際の良さ、そして誰とでも分け隔てなく接する姿勢が評価され、やがて「特定技能へ移行しないか」と声を掛けられた。


当初、彼は五年ほど働いて帰国するつもりでいた。

だが、日本に残るか、母国へ戻るか——その選択を前に、心は揺れていた。


 そんなある日、職場の先輩から旅行に誘われた。


これまで彼の生活は仕事一色で、余った金はすべて仕送りに回していた。観光らしい観光など、ほとんど経験していない。


「いい機会だ」と思い、誘いに応じた。


行き先は箱根だった。

いくつかの施設を巡り、やがて宿泊先の旅館へと辿り着く。温泉に浸かり、湯の温もりに身を預ける。

そして、豪華な食事を前にして、言葉を失った。


それは、これまでの生活では触れることのなかった豊かさだった。

すべてが新鮮で、満たされた時間だった。


食事を終えた後、館内のゲームコーナーへと足を運ぶ。そこで財布を取り出そうとした瞬間——その存在がないことに気づいた。

先輩がこれまで支払いをしてくれていたため、財布を取り出す機会がほとんどなかったのだ。


どこで落としたのか、見当すらつかない。

胸の奥に、不安が広がる。


先輩に相談すると、すぐに仲居を呼び、落とし物が届いていないかを確認してくれた。

だが、該当するものは見つからない。


諦めかけたその時だった。


仲居は、静かに頭を下げて言った。

「少々お時間をいただけますか。館内を探してまいります」


申し訳なさから、ダニエルは思わず断ろうとする。

「ですが……財布を無くしたのは、僕の不注意ですので……」


それでも仲居は首を横に振った。

「今日は平日で、それほど忙しくはございません。どうぞお気になさらず」

柔らかな声だった。


そして、少しだけ汗ばんだ額を拭いながら、再び言葉を続ける。

「わたしも、同じ経験がございます。財布が見つからない時、とても不安になりますよね。お客様には、できる限り、安心して楽しい時間をお過ごしいただきたいのです」


その言葉には、押しつけがましさがなかった。

ただ、目の前の人の不安を取り除こうとする、まっすぐな意志があった。


やがて館内を探し終えても見つからないと分かると、仲居はさらに行動を広げた。

旅館へ来る前に立ち寄った施設へと、ひとつひとつ連絡を入れていく。


そして——ある土産物屋で、財布が保管されていることが判明した。


「良かったですね。これで安心してお休みになれますね」

まるで自分のことのように微笑むその姿に、ダニエルは言葉を失った。


その夜、礼を述べて床に就いた。


翌日、財布を受け取りに向かった彼は、さらに驚くことになる。

中身は——一円たりとも減っていなかった。


それは、彼の知る世界では考えられないことだった。

他者のものに手を付けない。

見知らぬ誰かのために動く。

その誠実さと心遣いに触れたとき、胸の奥に静かな熱が灯る。


この国は、ただ豊かなだけではない。

——人が、優しいのだ。


その出来事を境に、ダニエルは日本という国に強い関心を抱くようになった。

文化を学び、言葉を覚え、理解しようと努める。

やがて彼は、ここにもっと長く留まりたいと願うようになる。


仕事にも一層力を入れ、ついには特定技能の資格を取得した。

そして——彼は、日本で生きていくことを、静かに決意しはじめた。

お読みいただきありがとうございます。

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