—2—「不真面目たちの宴」
「どうして和奏はここにいるの?」
ようやく中に通してもらい、駿河は額を押さえながら廊下を歩く。
先ほどまでのやり取りが尾を引いているのか、どこか気まずさを滲ませていた。
一方の和奏は、度重なる失態に一度は肩を落としたものの、すぐに気持ちを切り替えたらしい。軽やかな足取りで振り返ると、弾んだ声で応じた。
「昨日の夜に甲斐さんから連絡がありましてね。成功したら大宴会を開こうっていうんです。それで高山さんにお願いして、映画館を貸し切りにしてもらったんですよ」
言葉は途切れることなく続く。
「高山さんも乗り気で、準備も色々と手伝ってくださって。それと、それと……せっかくなので、いろんな人も呼んじゃいました」
「いろんな人?」
駿河が眉をひそめる。
和奏は意味ありげに微笑んだ。
「まぁ、すぐにわかりますよ」
そう言って、劇場のドアに手をかける。
ゆっくりと押し開かれた扉の向こうから、柔らかな光と賑やかな気配が溢れ出した。
「あら~、こうちゃんじゃない。おひさ~」
舞台の上から声が飛ぶ。顔を上げると、大島が手を振っていた。
視線を客席へ移せば、最前列付近に夏川と清水の姿。
見慣れた顔ぶれがずらりと並んでいる。それは居酒屋ゆうちゃんの常連たちだった。
「おぉおぉ、来たか。ほれほれ、君も食べい。上手いぞ、これ。いや~、実に懐かしい味ばかりだ」
声の主を辿れば、高山が呑気に焼きそばを頬張っている。
見慣れた顔ぶれに囲まれ、駿河の胸がふっと軽くなる。自然と足取りも弾み、軽く挨拶を交わしながら輪の中へと溶け込んでいった。
劇場の中央には長テーブルが据えられている。
その上には、焼きそば、ソーセージ、出汁巻き卵——どれも湯気を立て、所狭しと並んでいた。
さらに酒の缶が無造作に置かれ、場の空気に賑やかさを添えている。
駿河は、興奮の余韻を抱えたまま料理へと手を伸ばした。
一口、運ぶ。
その瞬間、ふとした既視感が舌をかすめる。
「うまい! ……なんだ、この馴染みのある味は」
「酒もあるんだぜ。飲みな」
夏川が缶ビールを一本取り上げ、駿河へと差し出す。
受け取ってプルタブを開けると、勢いよく泡が噴き出した。
慌てて口元へ運び、こぼれそうなそれを押し留める。
「最高ですね! それにしても、酒なんて売ってるんですね……あぁ、なるほど。海外のか」
ラベルに並ぶ英文字を見て、納得したように頷く。
「それでも、よく手に入りましたね」
新たな疑問を口にしかけた、そのとき——劇場のドアが開いた。
「園島さん!」
駿河の声が弾む。
「よぉ~、駿河くん。久し振りだな」
大鍋を抱えた園島が、慎重な足取りで入ってくる。
中身をこぼさぬよう気を配りながら、ゆっくりと長テーブルへ歩み寄り、「よっこらせ」と最後の力を込めて、一角へと置いた。
「いや〜重い重い。楽して一気に作ったのがいけなかったな。溢れちまわねぇーかヒヤヒヤだったぜ」
筋肉質な腕を軽く振りながら、苦笑する。
「キャー、惚れちゃうわ」
大島の甲高い声に、「もうとっくに惚れてるだろ」と夏川が即座に突っ込む。
どっと笑いが広がった。
「これ、園島さんが一人で作ったんですか。凄いですね。どおりで美味しいわけだ」
「そう言ってくれるたぁ感激だな。まぁ運ぶのはみんなが手伝ってくれたし、今回は量も多いから、和奏ちゃんにも手伝ってもらったんだがな」
胸を張る園島の隣で、和奏がこれ見よがしに胸を張る。
「えっへん」
「そうなんだ。それはありがたいな。でも——和奏は運ばないでくれ。ズッコケそうで見てらんないから」
駿河が軽口を叩くと、周囲からまた笑いが起きた。
和奏は頬を膨らませて抗議するが、その仕草に本気の怒りはない。こうして軽口を叩き合える空気こそが、この場の温度だった。
それは、不真面目である者たちだけが持つ、利点でもあるのだ。
その後、甲斐、美緒、ダニエルも合流し、さらに遅れてひなたが、どこか照れくさそうに姿を現した。
まさに大集結だった。
これで顔ぶれは出揃い、場の空気は一段と熱を帯びる。いよいよ、大宴会が始まろうとしていた。
だが、美緒だけはその熱に乗りきれていない。
こうした催しは初めてなのだろう。戸惑いを隠せず、視線を落ち着きなく彷徨わせている。
しかも周囲にいるのは、大島という強烈なオカマキャラ、毒舌の夏川、江戸っ子気質の園島、そしてどこか輪郭の曖昧な清水——一癖も二癖もある面々ばかりだ。
その個性の波が一気に押し寄せ、美緒の許容量はあっさりと限界を超えていた。
先に飲み始めていたことも災いした。
場の空気は次第に緩み、やがて悪ノリへと変わっていく。
気づけば、美緒は担ぎ上げられていて、飯島教の名目上の代表者として壇上に立たされる。
頬を赤く染め、美緒は困惑の表情を浮かべた。
「えっと……な、なにを言えばいいんでしょうか?」
「なにか一言二言言って、最後に乾杯!って缶を掲げればいいんだよ」
甲斐が応じるが、すでに酒が回っているらしい。缶の半分ほどで足元は覚束なく、言葉もわずかに崩れていた。
「ひ、一言二言って言われても……えっと……」
視線を泳がせ、言葉を探す。
「こんなにも同士の方々に集まっていただいて、とても嬉しく思います。飯島教を立ち上げて五年になりますが、こんなにも人が集まるとは、夢にも思いませんでした」
「誰も入ってなーい」
甲斐の一言に、場がどっと笑いに包まれる。
美緒はさらに頬を赤らめ、それでも懸命に言葉を続けた。
「えっと……入信はしてくださらないようですけど……その、同盟というか……同士が、こんなにもいると思うだけでも心強いです」
小さく息を吸う。
「あっ、あと……これからも、もっと同士を増やしていけるように、頑張りたいと思います」
そして——ほんの一拍、息を整えるように間を置いて、美緒は小さく缶を持ち上げる。
指先がわずかに震え、その動きに合わせて場の視線が自然と集まっていく。
ざわめきが、すっと細くなる。
誰かの笑い声も、グラスの触れ合う音も、まるで合図を待つかのように遠のいた。
「それでは……乾杯」
一瞬の静寂。
次の瞬間——
「「乾杯!」」
声が重なり、弾けた。
同時に、無数の缶が持ち上げられる。金属同士が触れ合い、軽やかな音が幾重にも重なって広がった。
カン、カン、と乾いた響きが連なり、その隙間を縫うように、弾ける泡の音が微かに混ざる。
掲げられた缶の中で、白い泡が揺れ、溢れかけ、慌てて口元へ運ぶ者もいれば、そのまま笑いながらぶつけ合う者もいる。
張り詰めていた空気が、一気にほどけた。
笑い声が広がる。
誰かが大きな声で何かを叫び、それに別の声が重なり、場は瞬く間に賑やかさを取り戻していく。
その熱が、波のように広がっていく。——宴が、動き出した。
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