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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第13章「穢された芸術」
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—2—

「甲斐のところはどうだ?」

「こちらも選り取り見取りだよ。どれにしようか迷っちゃうくらい」

「いや、全部だって」


甲斐の管轄の一角は、近世の西洋画が展示されていた。


西洋画とは、主に欧州で発達した技法で描かれた油彩画を一般的に指すことが多い。そこに近世とあるので、十五世紀~十七世紀に発表された絵画、または活躍した画家の作品となる。


イタリアのルネサンス芸術の最盛期、いわゆる盛期ルネサンスはここに当て嵌まり、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロなどが代表される。


宗教画や貴族、その側近などを描いた絵画が大半を占めるのだが、本美術館には宗教画を主に取り扱った一角が別にあるため、静物画や肖像画などが主に展示されている。特徴としては、影を付けたりなどして、より立体的で写実的に描かれている。


「おぉ~これなんか楽しみだな。これなんか全面モザイクだぜ。どんだけ淫らなことをしているやら、涎が止まらないぜ」


期待に胸を躍らせる甲斐には誠に残念なお知らせだが、甲斐のいる一角には、ほとんど女性の裸体の絵画は展示されていない。

それもそのはずで、甲斐が勝手にイメージしている裸体(男女問わず)が描かれている作品の多くは宗教画である。


これは神秘的な意味合いから裸体で描かれているためであって、神でない地上の人を裸体で描くことはご法度とされていた。


そのタブーを破ったのがエドゥアール・マネであり、発表当初は大批判を受けたようだ。

だが、マネは十八世紀に活躍した画家であり、駿河の管轄である印象派にて展示されているのだ。


「お前は本来の目的を忘れたのか」

ため息をつく駿河。


甲斐を近世の西洋画に配置して正解だと思った。宗教画の一角などに配置していたら、興奮して騒ぎ立てそうだからである。


因みに、甲斐が勝手に妄想を膨らませている絵は、貴族の女性の肖像画なのだが、残念ながらドレス姿である。

では、なぜモザイクだらけなのか。それはドレスが晴れ着だからである。

説明になっていない?

晴れ着は不謹慎の象徴なのである。理解出来ただろうか。


他にも、宮殿を中心とした風景画などもモザイクの対象となっている。

その宮殿に住んでいた貴族が、無垢な民間人を残虐したという都市伝説があるからだ。


都市伝説?

そう、歴史的事実として認定されたものではなく、真相があやふやな都市伝説程度のものさえ、疑わしきは罰するという、かつての考えとは逆行した原理により、モザイクの刑に処しているのだ。

あまりにおざなりで不当である。


他にも、牛乳を注ぐ女性の絵は酷い。

注がれている牛乳を黒塗りにて隠している。

注釈は【牛乳=ミルクは卑猥な表現のため】などと曲解させたものまである始末だ。寧ろ卑猥なことで頭がいっぱいなのは、この注釈者だろうと言いたくなる。


仕上げにモナリザは、ひまわり同様に【絵で金儲けをした卑しい気持ちがあるため】を理由に、全面モザイクである。

どうにも、特段有名な絵画を嫌っている傾向にあるようだ。


「甲斐くんのところもなの?ホントに酷いよ。女性の裸ばっかり…」


不満の声を上げたのは美緒である。

彼女の管轄の一角は宗教画なので、特段に裸体が多い。つまり、至る所がモザイクだ。ましてや全平教は神を毛嫌う傾向にあるため、その扱いは極めて酷い。


裸体をモザイクで隠すことは、百歩譲って許せるとしても、中央に神が君臨し、人々がそれを拝む絵画は、その中央の神が全平教の教祖である兵藤に上書きされている。


有名な最後の晩餐も酷い扱いで、キリストを囲む人達全員が、キリストに向けて舌を出して侮辱している絵に差し替えられている。


バンクシー顔負けの中傷表現である。


全平教は他宗教を認めない独占的思想が根強いため、時代が時代だったならば国際問題に発展し、宗教戦争が勃発していたことだろう。


「ねぇ。思うんだけど、一部はこのままの方が良いんじゃないかな。他宗教を小馬鹿にしているのは、確かに酷いと思うんだけど、尤もなのもあるのよ。女の人の…。その裸とか?」


言葉を選ぶように、美緒は続ける。


「なんだかあたしたち、とてもいけないことをしているように思うの。こういうのは、モザイクされて然るべきだと思う…」


美緒の急な申し出に、駿河は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに反論しようと口を開いた。


「なにを言い出すんだ。芸術ってのはそういうものなんだよ」

呆れたような声色で、駿河が言った。


「あなたに芸術のなにがわかるって言うの?ってか、なんであたしがここなのよ」

不満を隠そうともしない声音で、美緒が返す。


「仕方ないじゃないか。規制による規制によって、現代の男には性的なものに対する耐性がないんだ。もしかしたら気が散って、犯行に集中できない可能性がある。適材適所って奴だ。考えてみろ。甲斐がそこにいたら、大興奮で燥ぎ回っている姿が目に浮かばないか。だから、俺や甲斐やダニエルさんじゃあ駄目なんだよ」

理屈を押し通すように、駿河が早口でまくし立てる。


「ダニエルをあなた達のような、お下劣な人と同じにしないで!彼は紳士なのよ。動じないに決まってるじゃない。失礼しちゃうわ」


やや棘を含んだ声音で、美緒が言い放つ。そして、急激に口調を和らげて、今度はダニエルに無線を飛ばした。


「ねぇダニエル、そっちはどう?」

「えぇ、こちらも準備完了です。いつでも大丈夫です」


ダニエルは落ち着き払った声で、簡潔に答えた。


ダニエルの管轄の一角は、西洋の銅像である。

そのほとんどは神や聖書をモチーフにしているため、ほとんどが裸である。つまり、至るところが対象となるのだ。


「そういえば、銅像ってどういう風にモザイクされてるんですか?」

ふと疑問に思い、駿河が訊ねた。


「そうですね。私のところは、ほとんどの銅像が……」

ダニエルは肩竦めて、呆れた声で続けた。


「服を着ています」


駿河と甲斐は、笑いを堪えきれず大爆笑した。

当然、監視員から厳重注意を受ける。


「最低…」

美緒がぼそりと呟くのだった。


各自が管轄の展示物を見終わり、配置についた。駿河と美緒は西館、甲斐とダニエルは東館の最奥である。


「準備は良いですか?」

ダニエルの確認に対して、駿河と甲斐は了解の意を示す。だが、美緒だけは返事をしなかった。


「本当にこんなもので出来るの?」

美緒は懐に隠している物を少し握り、「あと、ちょっと気持ち悪い」と呟いた。


「なにを今更、問題ないって。あと、気持ち悪いって失礼だな。ほら行くぞ!せーの!」


―――四人は一斉に駆け出した。

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