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「それとあの少年についてだけど、これは単なる仮説だけど、なにかその人にとって大切な物や楽しかった物に触れると生病は克服されるらしいんだ。一人一人克服させる手段が違うから、そう簡単にできるものじゃない」
「なるほど…。それは今後の活動に何か使えるかも…」
感心した様子の美緒。
「おぉー凄い!僕にもやらせてくださいよ」
「おぉ良いぞ。やってみろやってみろ」
重苦しい空気が流れる中、ゲームに興じている甲斐と高山が、何やら盛り上がっており、歓声を上げながら、子供のようにはしゃいでいる。二人に対して、駿河は白い視線を向けた。
「そういえば…。飯島教ってことですけど、飯島さんはどちらなんですか?」
意気消沈していた和奏が、気を取り直して訊ねた。
「飯島さんはもういないよ」
「いない…。それはどういう…」
「もう亡くなってるの…」
重苦しい展開のはずなのに、甲斐と高山の馬鹿笑いが響いているため、形容しづらい陽と陰が同時に存在する歪な空気が漂っていた。
「いや、お前らうるせぇーよ」
見兼ねた駿河が二人に注意したが、
「いいの、いいの。重苦しい雰囲気になってもあれだから、お二人はご自由にどうぞ」
美緒は慌てて、この状況の継続を望んだ。
「ごめんごめん。全然話聞いてなかった」
悪びれた様子もなく、甲斐がゲーム機から顔を上げた。反省の色は皆無で、謝った直後に「あ~落ちちゃった」とゲームのことで頭を抱える。
駿河は呆れてため息をついたあと、気を取り直して美緒に訊ねた。
「なるほど、つまり飯島って奴が起こした宗教を、信者だったあんたが引き継いだってことか?」
駿河の質問に対して、美緒は「ん~」と頭を捻らせた。
「それはちょっと違うかな。飯島さんは開祖ではないの。この宗教を発足させたのはあたしなの。まぁそうだね…キリスト教みたいなものよ。イエス・キリストが十字架により死刑にされたあと、その弟子達が教えを布教したって言うじゃない。そんなところかな」
例えとは言え、たかが零細宗教が偉大なキリスト教と肩を並べるとは、随分でかく出たものである。
駿河はそのように突っ込みたかったが、美緒が怒ることを予見して飲み込んだ。
しかし、どこか気取った様子の美緒が滑稽に思えて、つい鼻で笑ってしまい、ムッとした表情を返された。
「あっ、でもあたしは、名目上の代表ってだけで、実際は高山さんが教祖って感じかな」
こいつが?駿河はゲームに没頭する高山に視線をやる。
このちゃらんぽらんが教祖とは、この宗教の底が見えたようなものだ。今度は声を上げて笑うと、またも美緒の反感を買った。
「なにか言いたげのようだね。高山さんは凄いんだよ。正直に言うと、あたしは飯島さんの教えがイマイチピンと来ていないの。でも高山さんはすぐに理解したみたい。何度もわかりやすく説明してもらったりもしているんだけど、それでもあたしには理解できないことが多くて…。どうもあたしはまだ、その境地に達していないみたい。だから高山さんの近くにいることで、なにか見えてくるんじゃないかなと思って、無理を言って入信してもらっているの。それに飯島さんと高山さんはなんとなく似ているの。歳は全然違うんだけどね。それで、その飯島さんの教えっていうのが…」
勿体ぶった様子で美緒は姿勢を正し、深く息を吸い込んだあと、噛みしめるように囁いた。
「遊ぶために働く?」
駿河は小首を傾げた。
「そう。それがあたしたち、飯島教の核となる教えなの。文面そのままだと、あまりにふざけているでしょ。だからきっと深い意味があるんだと思うんだ」
「いや、絶対ないだろ。適当発言に決まってる」
「そんなわけないでしょ。飯島さんが真剣な眼差しで、あたしにそう言ったの」
「でも、さっきは古き良き日本のどうのこうのって言ってなかった?」
「もちろん。それもある。ダニエルなんかはどちらかと言えば、そちらに重きを置いているみたい。だけど、それは正直言ってしまえば後付けで…。だってそうでしょう?今の世の中で、遊ぶために働くなんて、不謹慎すぎて誰も取り合ってくれないでしょ。だから、ちょっと表現を変えたの」
「それにダニエルさんは騙されたと」
従順と言うべきなのだろうか。一切口を挟まず、終始姿勢の良いダニエルに視線をやり問いかけると、にこやかに答えた。
「そうです」
「認めちゃったよ」
「ですが、先ほどの教えは、古き良き日本と通じるものがあると私は考えています。私が日本に来たばかりの頃は、確かにそのような風習が残っていました。かつての私の日本の友人は、毎週末旅行に行くためにお金を貯めていました。それはある意味、遊ぶために働くに通ずると思います」
「ダニエルにもわかるみたい。あたしにはやっぱりわからないわ」
難しい顔を浮かべる美緒。
「なんでわからないのか、逆に不思議なんですけど…」
「あなたにもわかるの?」
目を丸くさせる美緒。本当に彼女は不真面目病なのだろうか。そのような疑問を駿河は抱くのだった。
「ところで、あたし思ったの。復讐なんて、おどろおどろしい表現は嫌なんだけど、さっきの少年みたいに、多くの人を生真面目病から克服させるのはどうかなって。それだったら、あたしたちの布教活動もしやすくなるだろうし、全平教からしたら痛手だろうから、あなたたちの目的も達成してる。利害は一致していると思うの」
「それは良い手ですね」
歓声を上げたのは和奏だった。
「でもどうやって?さっき見たからわかるだろうけど、たった一人を克服させるだけでも相当な労力だよ。そんなのをチマチマやったって仕方ないじゃないか」
不満を述べる駿河。すると、思わぬところから助言が出た。
「だったら良いところがあるぞ。ようはその人にとって、大切な物が何なのかがわかればいいわけだろ。その大切な物が一緒な連中が、多くいる可能性が高い場所…」
高山は、いつの間にかゲームを中断し、朗らかに余裕のある笑みを浮かべながら、駿河を見据えていた。
なるほど、その何とも言えない雰囲気は確かに風格があった。無条件に人を惹きつける何かが、高山にはあるようだった。
「…どこですか?」
「それはな…」
相も変わらず、甲斐は呑気にゲームに熱中しているのだった。周囲の会話などまるで耳に入っていない様子で、時折小さく声を上げたり、悔しそうに息を漏らしたりしている。
まるで平和を象徴するかのように―――――
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