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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第11章「差別教」
44/56

—3—

 駿河が姿を現すと、ダニエルがわずかに肩をすくめた。

「……また、あなた達ですか」

声には、呆れと警戒が滲んでいる。

「あ〜……今日は絶対、厄日だわ」

美緒が頭を抱え、心底うんざりした様子で呟いた。

そんな二人をよそに、駿河は一歩前へ出る。そして、大きく両腕を広げた。

「プレゼントをあげよう」

芝居がかった声だった。口元には笑みを浮かべているが、それはどこか不自然で、無理に作ったものだとすぐに分かる。


「……は?」

子どもたちの動きが、わずかに止まる。

だが次の瞬間——

「お前も仲間だな!出て行け!」

非難の矛先が駿河へと向く。


再び、小石が飛ぶ。

肩や腕に当たる鈍い衝撃。それでも駿河は一切身じろぎしない。

ゆっくりと——

白い大袋に手を差し入れた。

袋の中は暗い。だが“空っぽ”ではない。

指先が触れた瞬間、空間が微かに軋む。なにもなかったはずの場所に、“概念”が形を持ち始める。思考がそのまま物質へと変換される感覚。

——これが、神の力。

駿河は迷いなく“玩具”を思い描く。瞬間、袋の内側で何かが生まれた。


それを掴み取り、引き抜く。

「ほ〜ら。ゲーム機だよ」

取り出されたのは、見たこともない最新型のゲーム機だった。光沢のある本体。滑らかなフォルム。ここには存在しなかったはずの“娯楽”。

駿河はそれを掲げ、子どもたちに見せつける。


だが——

「いらねぇーよ!そんなもん!」

即答だった。

一切の興味なし。視線は冷え切ったまま、石だけが飛び続ける。


駿河の眉がわずかに歪む。

——苛立ち。だが、それを押し殺す。口元の笑みを崩さず、無理やり保つ。

「そ、そうか……」

声がわずかに引き攣る。


次の瞬間——

ゲーム機を、躊躇なく地面へ放り捨てた。カン、と乾いた音。

「じゃあ、こっちはどうかな〜?」

再び袋へ手を入れる。今度は迷わない。“身体を動かす遊び”。“外で遊ぶ道具”。イメージが流れ込む。

袋の中で、また“何か”が生成される。空間がわずかに歪み、形が定まる。

それを掴み、引き抜く。


白く新しいサッカーボールだった。

「外で遊ぶの、好きだろ?」

軽く弾ませながら見せる。

だが——

「いらねぇって言ってんだろ!」

「帰れよ!」

「出てけ!」

反応は、変わらない。

むしろ、敵意は強まっていた。石が、さらに激しく飛ぶ。


その様子を見て——

美緒とダニエルは、完全に言葉を失っていた。

「……え……?」

美緒が、呆然と口を開く。ダニエルもまた、目を見開いたまま動かない。目の前で起きているのは、明らかな超常現象だった。“無から物が生まれる”。常識ではあり得ない現象。

だが——

子どもたちは、それには一切反応しない。驚きも、恐怖も、好奇心すらない。

ただ、石を投げ、罵声を浴びせる。それだけに、全ての意識を注いでいる。

その目は濁りきっていた。


なにを見ているのかではない。なにを“信じているか”だけで動いている。

異常を異常と認識する余地すらない。ただ、“教えられた正しさ”をなぞる存在。

その光景は——

静かに、そして確実に狂っていた。


プラモデルやぬいぐるみ、ソード、おままごとセット——

駿河は次々と玩具を生成していく。

袋の中で思い描いたものが、そのまま形を持って現れる。だが、それらは一切子供達の興味を引かなかった。

「出てけ!」

「帰れ!」

罵声とともに、小石が飛び続ける。

積み木、エアーガン、ドールハウス、ラジコンカー——生成しては掲げる。それでも、届かない。


苛立ちが、じわじわと積もっていく。

カンッ!

駿河は、生成した玩具で小石を荒っぽく弾き飛ばした。余裕のない動きだった。

「チッ……」

小さく舌打ちが漏れる。

ラジコンカーを掲げる。だが、反応は同じだった。


無視。拒絶。罵声。

——届かない。

「あれ?」

駿河の手が止まった。


ラジコンカーを投げ捨て、次を生成しようとする。

だが——

何も生まれない。

もう一度。思考を巡らせる。それでも、生成できない。

「……できない?」

戸惑いが、顔に浮かぶ。その一瞬の隙を突くように——ヒュン、と風を切る音。

ゴッ。鈍い衝撃が、頭に走った。

「……っ」

額から血が滲み、頬を伝う。

「駿河さん!」

違和感を覚えた和奏が声を張り上げる。

「どうしたんですか!?」

「いや……あれ?」

駿河は自分の手を見つめたまま呟く。

「できないんだ……」

理解が追いつかない。なぜ、急に。だが、子供達は止まらない。

「出てけ!」

「まだいるのかよ!」

小石が、容赦なく飛び続ける。


そのとき——

「ねぇ……あの子……」

美緒が、小さく声を漏らした。

「様子、変だよ……」

一人の少年。

その手だけが、止まっていた。石を握ったまま、動かない。

視線が——逸れている。

駿河でも、仲間でもない。

その先。

転がったままのラジコンカー。

「……あ」

少年の表情が、わずかに変わる。

濁っていた目に、光が差す。


次の瞬間——

ぱっと顔が綻んだ。

小石を手から落とす。カラン、と乾いた音。少年は小走りで駆け出した。

一直線に、ラジコンカーへ。


「お兄さん、これ貰っていいの?」

無垢な声だった。

さっきまでとは、まるで別人のように。

「えっ……あ、うん。どうぞ」

駿河は一瞬遅れて頷く。

「あっ、ゲームもある!これもいいの?」

興奮気味に、少年がゲーム機を手に取る。

「あ〜……それもあげるよ」

「本当!?やった!ありがとう!」

少年はその場にしゃがみ込み、散らばった玩具を夢中で拾い集め始めた。

プラモデル。ぬいぐるみ。ボール。その目は、完全に輝いていた。


——生病を、克服したのだ。

しかもそれは——

先ほどまで先頭に立って罵声を浴びせていた、あの少年だった。


その変化を目の当たりにし、美緒とダニエルは息を呑む。

「……嘘でしょ」

言葉が、出ない。少年一人の変化が、場の空気を変え始めていた。


玩具は——ガラクタではなくなった。

ただの不要物から、価値ある“宝”へと変わる。

その瞬間。

駿河の能力は、止まった。


——神の力にも、制限がある。彼が生み出せるのは、“ガラクタ”のみ。

それは、相手がガラクタと認識している場合に限られる。

価値が生まれた時点で——それは、もう生成できない。


「裏切り者!」

リーダー格だった少年を失い、静まり返っていた子どもたち。だが、その沈黙は長くは続かなかった。

ざわり、と空気が揺れる。


視線が一斉に、少年へと向いた。そして、非難が、燃え広がる。

「なんでそっち行くんだよ!」

「お前も仲間かよ!」

声が重なり、膨れ上がる。

やがて——ヒュン、と小石が飛んだ。

一つ。

二つ。

次第に数が増える。矛先は、完全に少年へと向いていた。

「……っ」

少年の肩が、びくりと震える。抱えた玩具を、ぎゅっと強く抱き締める。足がすくみ、その場から動けない。

突如として向けられた、剥き出しの憎悪。逃げ場は、ない。


——その瞬間。

駿河の中で、何かが弾けた。怒鳴り声を上げようと、息を吸い込む。

だが——

それより先に、甲高い声が場を裂いた。

「なにしてるの!」

美緒だった。

躊躇なく飛び出し、少年の前に立つ。両腕を広げるようにして、その身体を庇う。


その表情は——

先ほどまでの弱々しさが嘘のように、怒りに満ちていた。眉を吊り上げ、真っ直ぐに子どもたちを睨みつける。

「やめなさい!」

声が、鋭く響く。感情を、隠さない。

剥き出しの怒りだった。


その姿に、駿河も遅れて踏み出す。

「いい加減にしろ!」

低く、しかし強く。二人の大人が、正面から怒気をぶつける。


その圧に——子どもたちは、たじろいだ。

一歩、後ずさる。

そして次の瞬間——散り散りに、逃げ出した。

足音が遠ざかり、やがて完全に消えて、静寂が戻る。


「……はぁ」

美緒が、大きく息を吐いた。

張り詰めていた空気が、ゆっくりとほどけていく。

そのまま、少年へと向き直る。

「大丈夫?怪我してない?」

声は、先ほどとは打って変わって柔らかい。

「う、うん……大丈夫」

少年は頷く。腕の中には、しっかりと抱え込んだ玩具。まるで宝物のように。

「ありがとう……」

小さく礼を言うと、そのまま軽い足取りで駆け出した。振り返ることなく、去っていく。

美緒はその背中に向かって、両手を振った。

「気をつけてねー!」

やがて少年の姿が見えなくなった。


ようやく、肩の力が抜けた

一度、深く息を整える。

そして——

ゆっくりと顔を上げる。視線が、駿河へと向く。

「……あなた達、何者なの?」

問いは、静かだった。

だが、その奥には確かな警戒がある。

駿河は、その視線を受け止めと、口元をわずかに歪めた。

「似た者同士さ」

それは不敵な笑みだった。

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