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駿河が姿を現すと、ダニエルがわずかに肩をすくめた。
「……また、あなた達ですか」
声には、呆れと警戒が滲んでいる。
「あ〜……今日は絶対、厄日だわ」
美緒が頭を抱え、心底うんざりした様子で呟いた。
そんな二人をよそに、駿河は一歩前へ出る。そして、大きく両腕を広げた。
「プレゼントをあげよう」
芝居がかった声だった。口元には笑みを浮かべているが、それはどこか不自然で、無理に作ったものだとすぐに分かる。
「……は?」
子どもたちの動きが、わずかに止まる。
だが次の瞬間——
「お前も仲間だな!出て行け!」
非難の矛先が駿河へと向く。
再び、小石が飛ぶ。
肩や腕に当たる鈍い衝撃。それでも駿河は一切身じろぎしない。
ゆっくりと——
白い大袋に手を差し入れた。
袋の中は暗い。だが“空っぽ”ではない。
指先が触れた瞬間、空間が微かに軋む。なにもなかったはずの場所に、“概念”が形を持ち始める。思考がそのまま物質へと変換される感覚。
——これが、神の力。
駿河は迷いなく“玩具”を思い描く。瞬間、袋の内側で何かが生まれた。
それを掴み取り、引き抜く。
「ほ〜ら。ゲーム機だよ」
取り出されたのは、見たこともない最新型のゲーム機だった。光沢のある本体。滑らかなフォルム。ここには存在しなかったはずの“娯楽”。
駿河はそれを掲げ、子どもたちに見せつける。
だが——
「いらねぇーよ!そんなもん!」
即答だった。
一切の興味なし。視線は冷え切ったまま、石だけが飛び続ける。
駿河の眉がわずかに歪む。
——苛立ち。だが、それを押し殺す。口元の笑みを崩さず、無理やり保つ。
「そ、そうか……」
声がわずかに引き攣る。
次の瞬間——
ゲーム機を、躊躇なく地面へ放り捨てた。カン、と乾いた音。
「じゃあ、こっちはどうかな〜?」
再び袋へ手を入れる。今度は迷わない。“身体を動かす遊び”。“外で遊ぶ道具”。イメージが流れ込む。
袋の中で、また“何か”が生成される。空間がわずかに歪み、形が定まる。
それを掴み、引き抜く。
白く新しいサッカーボールだった。
「外で遊ぶの、好きだろ?」
軽く弾ませながら見せる。
だが——
「いらねぇって言ってんだろ!」
「帰れよ!」
「出てけ!」
反応は、変わらない。
むしろ、敵意は強まっていた。石が、さらに激しく飛ぶ。
その様子を見て——
美緒とダニエルは、完全に言葉を失っていた。
「……え……?」
美緒が、呆然と口を開く。ダニエルもまた、目を見開いたまま動かない。目の前で起きているのは、明らかな超常現象だった。“無から物が生まれる”。常識ではあり得ない現象。
だが——
子どもたちは、それには一切反応しない。驚きも、恐怖も、好奇心すらない。
ただ、石を投げ、罵声を浴びせる。それだけに、全ての意識を注いでいる。
その目は濁りきっていた。
なにを見ているのかではない。なにを“信じているか”だけで動いている。
異常を異常と認識する余地すらない。ただ、“教えられた正しさ”をなぞる存在。
その光景は——
静かに、そして確実に狂っていた。
プラモデルやぬいぐるみ、ソード、おままごとセット——
駿河は次々と玩具を生成していく。
袋の中で思い描いたものが、そのまま形を持って現れる。だが、それらは一切子供達の興味を引かなかった。
「出てけ!」
「帰れ!」
罵声とともに、小石が飛び続ける。
積み木、エアーガン、ドールハウス、ラジコンカー——生成しては掲げる。それでも、届かない。
苛立ちが、じわじわと積もっていく。
カンッ!
駿河は、生成した玩具で小石を荒っぽく弾き飛ばした。余裕のない動きだった。
「チッ……」
小さく舌打ちが漏れる。
ラジコンカーを掲げる。だが、反応は同じだった。
無視。拒絶。罵声。
——届かない。
「あれ?」
駿河の手が止まった。
ラジコンカーを投げ捨て、次を生成しようとする。
だが——
何も生まれない。
もう一度。思考を巡らせる。それでも、生成できない。
「……できない?」
戸惑いが、顔に浮かぶ。その一瞬の隙を突くように——ヒュン、と風を切る音。
ゴッ。鈍い衝撃が、頭に走った。
「……っ」
額から血が滲み、頬を伝う。
「駿河さん!」
違和感を覚えた和奏が声を張り上げる。
「どうしたんですか!?」
「いや……あれ?」
駿河は自分の手を見つめたまま呟く。
「できないんだ……」
理解が追いつかない。なぜ、急に。だが、子供達は止まらない。
「出てけ!」
「まだいるのかよ!」
小石が、容赦なく飛び続ける。
そのとき——
「ねぇ……あの子……」
美緒が、小さく声を漏らした。
「様子、変だよ……」
一人の少年。
その手だけが、止まっていた。石を握ったまま、動かない。
視線が——逸れている。
駿河でも、仲間でもない。
その先。
転がったままのラジコンカー。
「……あ」
少年の表情が、わずかに変わる。
濁っていた目に、光が差す。
次の瞬間——
ぱっと顔が綻んだ。
小石を手から落とす。カラン、と乾いた音。少年は小走りで駆け出した。
一直線に、ラジコンカーへ。
「お兄さん、これ貰っていいの?」
無垢な声だった。
さっきまでとは、まるで別人のように。
「えっ……あ、うん。どうぞ」
駿河は一瞬遅れて頷く。
「あっ、ゲームもある!これもいいの?」
興奮気味に、少年がゲーム機を手に取る。
「あ〜……それもあげるよ」
「本当!?やった!ありがとう!」
少年はその場にしゃがみ込み、散らばった玩具を夢中で拾い集め始めた。
プラモデル。ぬいぐるみ。ボール。その目は、完全に輝いていた。
——生病を、克服したのだ。
しかもそれは——
先ほどまで先頭に立って罵声を浴びせていた、あの少年だった。
その変化を目の当たりにし、美緒とダニエルは息を呑む。
「……嘘でしょ」
言葉が、出ない。少年一人の変化が、場の空気を変え始めていた。
玩具は——ガラクタではなくなった。
ただの不要物から、価値ある“宝”へと変わる。
その瞬間。
駿河の能力は、止まった。
——神の力にも、制限がある。彼が生み出せるのは、“ガラクタ”のみ。
それは、相手がガラクタと認識している場合に限られる。
価値が生まれた時点で——それは、もう生成できない。
「裏切り者!」
リーダー格だった少年を失い、静まり返っていた子どもたち。だが、その沈黙は長くは続かなかった。
ざわり、と空気が揺れる。
視線が一斉に、少年へと向いた。そして、非難が、燃え広がる。
「なんでそっち行くんだよ!」
「お前も仲間かよ!」
声が重なり、膨れ上がる。
やがて——ヒュン、と小石が飛んだ。
一つ。
二つ。
次第に数が増える。矛先は、完全に少年へと向いていた。
「……っ」
少年の肩が、びくりと震える。抱えた玩具を、ぎゅっと強く抱き締める。足がすくみ、その場から動けない。
突如として向けられた、剥き出しの憎悪。逃げ場は、ない。
——その瞬間。
駿河の中で、何かが弾けた。怒鳴り声を上げようと、息を吸い込む。
だが——
それより先に、甲高い声が場を裂いた。
「なにしてるの!」
美緒だった。
躊躇なく飛び出し、少年の前に立つ。両腕を広げるようにして、その身体を庇う。
その表情は——
先ほどまでの弱々しさが嘘のように、怒りに満ちていた。眉を吊り上げ、真っ直ぐに子どもたちを睨みつける。
「やめなさい!」
声が、鋭く響く。感情を、隠さない。
剥き出しの怒りだった。
その姿に、駿河も遅れて踏み出す。
「いい加減にしろ!」
低く、しかし強く。二人の大人が、正面から怒気をぶつける。
その圧に——子どもたちは、たじろいだ。
一歩、後ずさる。
そして次の瞬間——散り散りに、逃げ出した。
足音が遠ざかり、やがて完全に消えて、静寂が戻る。
「……はぁ」
美緒が、大きく息を吐いた。
張り詰めていた空気が、ゆっくりとほどけていく。
そのまま、少年へと向き直る。
「大丈夫?怪我してない?」
声は、先ほどとは打って変わって柔らかい。
「う、うん……大丈夫」
少年は頷く。腕の中には、しっかりと抱え込んだ玩具。まるで宝物のように。
「ありがとう……」
小さく礼を言うと、そのまま軽い足取りで駆け出した。振り返ることなく、去っていく。
美緒はその背中に向かって、両手を振った。
「気をつけてねー!」
やがて少年の姿が見えなくなった。
ようやく、肩の力が抜けた
一度、深く息を整える。
そして——
ゆっくりと顔を上げる。視線が、駿河へと向く。
「……あなた達、何者なの?」
問いは、静かだった。
だが、その奥には確かな警戒がある。
駿河は、その視線を受け止めと、口元をわずかに歪めた。
「似た者同士さ」
それは不敵な笑みだった。




