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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第11章「差別教」
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—2—

 子どもたちが、無抵抗の女と黒人の男に向かって、容赦なく石を投げつけている。

その異様な光景を前にして、駿河はついに我慢の限界に達した。

「なにやってんだ!」

怒声とともに、駿河は飛び出した。地面を強く蹴りつけ、駿河は一気に距離を詰めた。土を踏み鳴らす音が乾いた空気に響く。

「やめろ!」

怒声を張り上げながら、子どもたちの中心へ踏み込む。その剥き出しの気迫に、子どもたちは一瞬、動きを止めた。

息を呑む気配。わずかに揺れる視線。

そして——

弾かれたように、散り散りに逃げ出した。

手にしていた小石を取り落とし、背を向けて走る。足音がばらばらに遠ざかり、やがてそれも消えていく。

転がった石が、地面を転がる音だけが、わずかに残った。

……静寂が戻る。


駿河はその場に立ち尽くした。

肩で息をしながら、荒れた呼吸を必死に整える。胸が上下するたび、熱を帯びた空気が喉を焼く。こぶしは無意識に握られたままだった。


やがて——

俯いていた女が、ゆっくりと顔を上げた。そして、駿河をまっすぐ見据えた。

「……あなたこそ、なにをしているんですか。相手は子どもですよ」

その声音は静かだったが、はっきりと非難が込められていた。

駿河は一瞬、言葉を返そうとする。

——子どもなら何をしてもいいのか。

喉元まで出かかったその反論を、ぐっと飲み込んだ。

ここで言い争っても意味はない。そう判断したからだ。


「いや〜、うちの単細胞がすみませんねぇ〜」

間の抜けた声が割り込む。

駿河に遅れて、甲斐がのんびりと歩いてきた。謝っているようで、まったく悪びれていない調子だ。

その背後から、和奏も控えめに姿を現す。

女は警戒心を強め、わずかに後ずさった。

「……あなたたち、誰ですか?」

同時に、男が一歩前へ出る。

大きな歩幅で距離を詰め、駿河たちと女の間に割って入った。無言のまま、その場を遮るように立つ。

甲斐はそんな空気も気にせず、軽い調子で口を開く。

「どうも〜。突然すみません。あなた方、差別教の方々ですよね?ちょっとお話がありまして」

その一言で、空気が変わった。

女の表情が強張る。

はっと息を呑み、歯を食いしばりながら、甲斐を睨みつけた。

「差別教……?」

かすかに声が震える。

「な、なんですか、それは……。あ、あたしたちは、そんな団体名を名乗った覚えはありませんけど」

否定はしたが、言葉の端々に動揺が滲んでいる。

それが、自分たちを指す忌まわしい呼び名だと理解している証だった。

「えっ、違うんですか?」

甲斐が素っ頓狂な声を上げる。その無神経さに、空気がさらにぎこちなくなる。


——まずい。このままでは話がこじれる。そう判断した和奏が、前に出た。

「あの……!」

強張った声で呼びかける。

そして、恐る恐る続けた。

「わ、わたしのこと……覚えていませんか?」

「……あなた」

女は和奏に気づくと、ぱっと表情を和らげた。一瞬、花が開くように笑みが浮かぶ。

だが——

次の瞬間、その笑みは消えた。

出しかけた牙を引っ込めるように、表情を引き締め、すぐに駿河と甲斐へと鋭い視線を向ける。

「と、とにかく……どちら様かは存じませんが、あたしたちの邪魔をしないでいただけますか?」

わずかに声が揺れる。それでも、女は強引に言葉を押し切った。

「行こう、ダニエル」

踵を返す。

ダニエルと呼ばれた男も一歩遅れてついていき、二人はそのまま足早に立ち去っていった。


残されたのは、気まずい沈黙だった。

「……もう、最悪です」

ぽつりと、和奏が呟く。肩を落とし、小さく息を吐く。視線は地面に落ちたまま、つま先で小石をちょん、と蹴った。

「せっかく……やっと会えたのに……」

声はわずかに拗ねている。唇を軽く尖らせ、頬を少しだけ膨らませる。

ほんの一瞬、さっきまでの緊張がほどけたように見えたが——

すぐに、ふいっと顔を背けた。



このまま引き下がるわけにもいかず、三人はこっそりと女とダニエルの後をつけることにした。

二人はそのまま、真っ直ぐ駅の方へと向かっている。一定の距離を保ちながら、駿河たちは二軒分ほど後ろを歩いた。

二人は会話に夢中で、尾行されていることには気づいていない様子だった。

「美緒さん。先ほどの方々は、どなただったのでしょうか?」

ダニエルが穏やかに尋ねる。

「あたしにも分からないよ。なんなんだろうね、あの人たち……。いきなり失礼だよね」

美緒はため息混じりに言った。

「また“差別教”だってさ。やんなっちゃうよ、ほんと……」

「まぁ、あまりお気になさらず。いつものことではありませんか」

ダニエルは静かに言葉を添える。

「それより、後ろにいた女性の方……どこか見覚えがありましたね」

「あたしはないけど……」

美緒はそっけなく答える。——本当は、覚えていた。

だが、あの場の流れで引っ込みがつかなくなり、ついすっとぼけてしまったのだった。


二人はゆっくりとした歩幅で歩き続ける。

「ねぇ、それより、これから——」

「危ない!」

その瞬間、ダニエルが鋭く反応した。腕を振るい、飛んできたものを弾き飛ばす。

カン、と乾いた音。

小石が地面に転がり、軽い音を立てた。

「……なんなのよ、今日は。厄日?」

美緒が眉をひそめる。


物陰から、先ほどの子どもたちが再び現れていた。

またしても、小石を握りしめている。なんとも執念深い。

「出て行け!二度とこの街に来るな!」

敵意を剥き出しにした少年が叫ぶ。

「うち、ママから聞いたことある!子どもに悪いこと教える人たちが、最近この街に来たって!」

少女が早口でまくし立てる。

「きっとこの人たちだよ!退治しなきゃ!」

——天晴。

鬼退治は否定されるのに、“不真面目病退治”は正義。親からの教えを、実に忠実に守っているのだ。

「出てけ!」

「そうだそうだ、出てけ!」

再び、小石と罵声が飛び交う。

「やめなさい」

ダニエルが静かに、しかしはっきりと諭す。だが、子どもたちは聞く耳を持たない。


その様子を、少し離れた場所から見ていた駿河が、歯軋りを立てた。

「あのクソ餓鬼ども……」

今にも飛び出しそうな気配を見せる。

「もう、やめてくださいよ!」

慌てて和奏が腕を掴む。

「さっきと同じことになっちゃいます!」

「じゃあ、このまま指くわえて見てろって言うのか?」

「そうですけど……!」

和奏は言い淀む。正論ではある。だが、納得はできない。

そのとき——

「分かった。僕が行く」

甲斐が一歩前に出た。

「冷静に話し合いで解決してくるよ」

どこか浮き足立った様子だ。

「やめろ!」

「やめてください!」

駿河と和奏が同時に腕を掴む。

「お前が出ると、余計ややこしくなる!」


駿河は、同じ過ちを繰り返さぬよう、込み上げる怒りを必死に押し殺しながら様子をうかがった。

歯を食いしばり、拳を握りしめる。今にも飛び出しそうな衝動を、どうにか押し留めている。

その視線の先では——

ダニエルが、子どもたちに注意を続けながら、飛んでくる小石を素手で弾き飛ばしていた。

カン、と乾いた音。そのたびに、石が弾かれて地面に転がる。

だが——

弾ききれないものもある。

手の甲に当たり、赤い線が滲む。指先から、わずかに血が滴っていた。

それでもダニエルは、眉一つ動かさず、ただ静かに立ち続けている。

一方の美緒は——

完全に言葉を失っていた。その場に立ち尽くし、ただ目の前の光景を見つめている。

肩は小刻みに震え、足は一歩も動かない。

酷い有様だった。

とてもじゃないが、見ていられない。


——どうして子どもたちは、ここまで狂気に染まっているのか。

そのとき、駿河の脳裏に、ひとつの考えが閃いた。

「……おい、甲斐」

低く呼びかける。

「子どもが好きそうな玩具って、なんだ?」

「なんですか、こんな時に」

和奏が思わず口を挟む。だが駿河は視線を外さない。

「うーん、そうだなぁ……」

甲斐は淀みなく答える。子ども心という点において、彼の右に出る者はいない。

自分が欲しいもの、好きだったものを思い浮かべれば、それがそのまま答えになる。


「———ありがとう」

短く礼を言うと、駿河の手元に、ふっと白い大袋が生成された。現実に馴染まない、異質な存在感。

「ちょっ、待ってください——!」

和奏の制止の声を振り切り、駿河は一歩踏み出した。


そして——

子どもたちの前へと躍り出る。

「少年少女よ!」

声を張り上げる。その場の空気が、一瞬だけ止まった。

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