嗚呼、絶景かな
『試合開始ィィィ!!』
サクラが、ゆっくりと和傘を開いた。
「ほな――始めまひょか」
――一景【花霞迷界】
十機の桜葉型ビットが、ふわりと舞う。
そのうちの一機が地面へ落ち――
すぅ……。
溶け込むように、消えた。
直後。
ECOの視界を、一枚の桜が横切った。
「……桜?」
続いて、もう一枚。
ひらり。
ひらり。
決して多くはない。
視界を塞ぐほどでもない。
ただ――先ほどまで何もなかった舞台に、確かに桜が舞い始めていた。
『……視覚情報への干渉を確認』
「いや、俺にも見える……どうなってんの? 妨害系か?」
『そのようですが、現時点で戦闘への影響は――』
カァンッ!!
和傘の先端が、ECOの刀を弾く。
『――軽微です』
桜の向こう。
サクラが、にこりと笑っていた。
「【花霞迷界】――」
また一枚。
桜が舞う。
「まだ、咲き始めどすえ」
ひらり。
また――増えた。
『マスター。先ほどより視界阻害率が上昇しています』
「あの技……どんどん視界が悪くなってく感じか?」
『おそらく。時間経過による侵食型と推測します』
「だったら――」
シンが口角を上げた。
「早めに倒せってことね! ならッ!!」
ビット――出撃。
ECOの周囲から一斉に飛び出したビットが、サクラへと向かう。
――その瞬間。
ひらり。
一枚の花弁が、ビットに触れた。
「……ん?」
ぺたり。
二枚。
三枚。
次々と花弁が貼り付いていく。
「ちょ、待っ――」
ガクンッ!!
飛行軌道が乱れた。
「はぁ????」
操作を受け付けない。
一機。
また一機。
花弁に覆われたビットが――
ガシャンッ!
ガシャンッ!!
次々と地面へ墜ちていく。
「俺のビットォォォォ?!」
サクラは、その様子を眺めながら――
くるり。
優雅に和傘を回した。
「そない品のない芸――」
にこり。
「うちの景色には、似合いまへんなぁ」
「くそっ、だったら――」
シンは舞い散る桜を睨む。
「風ノ太刀で吹き飛ばして道を作る!」
『了解』
ECOは【空】を握り、深く構えた。
刀身に――風が集まる。
『風ノ太刀――【島風】』
「……あら」
サクラが目を細める。
「下品な風やわ」
ひらり。
一枚の花弁が、【空】に触れた。
ぺたり。
『…………?』
二枚。
三枚。
ぺた。
ぺたぺた――。
「ECO?」
『出力低下――』
風が、弱まる。
刀身を包んでいた風が――花弁に吸い込まれるように失われていく。
『【島風】――出力、維持できません』
「はぁ!? 技にも干渉すんのかよ!!」
それでもECOは――振り抜いた。
ブォンッ!!
一陣の風が、桜を吹き飛ばす。
一瞬。
ほんの一瞬だけ――
満開へ向かう景色に、道が開いた。
「よし!!」
だが――
ひらり。
「……え?」
一枚。
二枚。
吹き飛ばしたはずの桜が――再び舞い戻る。
開いた道が、ゆっくりと桜色に閉ざされていく。
「戻ってくんのかよ……!」
『マスター』
「今度はなんだよ!」
『先ほどより――増えています』
「…………は?」
桜の向こう。
サクラが和傘を肩に乗せる。
「そないに乱暴に散らしたら――」
くすっ。
「余計に、舞うてしまいますえ?」
「めんどくせぇぇぇぇ!!」
ここから――
サクラが、場の支配者となった。
◇ ◇ ◇
二景。
三景――。
景が進むたび、桜は増えた。
距離を詰めれば、和傘に阻まれる。
技を放てば、花弁に出力を奪われる。
ビットを飛ばせば、桜に呑まれて墜ちていく。
吹き飛ばしても――戻ってくる。
そして。
四景。
五景。
六景――。
一つ景が増えるたび。
戦場から、ECOの自由が消えていった。
七景。
八景――。
『ECO選手! 完全に場を支配されているぞォォォ!!』
そして――
「――九景」
ひらり。
また一枚――桜が舞う。
もはや、舞台は見えない。
空も。
地面も。
対峙するサクラの姿さえ――
すべてが、舞い散る桜に呑み込まれていた。
一景から始まった景色。
戦いが進むたびに、一つ。
また一つ。
サクラが、この舞台を侵していった。
そして――
「ようやく――満開どす」
桜の向こう。
サクラが、ゆっくりと和傘を開く。
「そろそろ、おしまいやなぁ」
その口元に――微笑みが浮かぶ。
「――十景【桜華・嗚呼・絶景】」
瞬間。
世界が――桜に染まった。
『か、完成だァァァ――ッ!!』
実況すら、一瞬言葉を失う。
舞台を埋め尽くす桜。
観客席から、歓喜と歓声が漏れた。
『十景――おそらく…完成形かと…。フィールド支配率――』
「…………よし」
『マスター?』
「ECO」
『はい』
「燃やそう」
『…………はい?』
「もう全部」
『……思考を放棄しましたか?』
「違ぇよ。ちゃんと色々やっただろ?」
『すべて失敗しています』
「だから辿り着いたんだよ!!」
『どこへですか?』
「アイツ……なんか癇に障る言い方するし、それから……」
『はい』
「いや、道徳を捨てよう」
『…………はい?』
「…………」
『本当によろしいのですね?』
「ああ」
シンは笑った。
「纏え――【天照】」
『――了解』
光が――弾けた。
桜色に染まった世界。
その中心から、眩い光が溢れ出す。
熱。
光。
そして――
満開の桜の中に。
太陽が昇った。
「悪いな、サクラ」
シンは満開の戦場を見渡した。
綺麗だった。
悔しいくらいに――綺麗だった。
だけど。
「酒と肴のない花見には――」
ニッと笑う。
「興味ねぇんだよ!!」
そして――叫んだ。
「【太陽の雫】!!」
『本当によろしいのですね?』
「何が?」
『まるで悪役みたいですが?』
「…………」
シンは改めて戦場を見渡した。
満開の桜。
十景まで積み重なった、サクラの絶景。
それを今から――
跡形もなく、吹き飛ばす。
「……まあ、確かに」
『中止しますか?』
「いや――」
シンは笑った。
「やっちまえ!」
『了解しました』
「その代わりさ」
『?』
「今度、本物の桜を――」
シンは笑った。
「皆で見に行こうぜ!」
ほんの一瞬。
ECOの瞳が、柔らかく揺れる。
『――はい』
そして。
太陽が――落ちた。
「なんどすッ!?」
轟ッッッッッ――!!
灼熱が――桜を呑み込む。
『な、なんだァァァァァァッ!?』
一景。
二景。
三景――。
戦いの中で積み重ねられてきた景色が。
桜が。
サクラが作り上げた絶景が――
圧倒的な熱量に、まとめて吹き飛ばされていく。
『桜葉型ビット――反応消失を確認』
『二機』
『四機』
『七機――』
爆風の中。
最後の一枚が――焼け落ちる。
『――全機ロスト』
やがて。
静寂。
「…………」
観客も。
実況も。
誰も言葉を発さない。
そこにはもう――
一片の桜すら、残っていなかった。
先ほどまでの絶景が嘘だったかのように。
和傘を握ったサクラだけが――
ぽつん。
焼け野原と化した舞台に立っている。
「…………な」
その頬が、引きつった。
「何が……天照や……」
サクラは辺りを見渡した。
一景から、積み上げた。
ようやく満開になった。
自慢の――“絶景”。
そのすべてが。
綺麗さっぱり――消えている。
和傘を握る手が、ぷるぷると震えた。
「悪魔やないか……」
『…………』
「…………」
『マスター』
「なんだ?」
『やはり悪役だったようです』
「うるせぇよ!!」
◇ ◇ ◇
「桜の季節も――終わってしもたなぁ」
サクラは、何も残っていない舞台を見渡した。
それから――
【天照】の眩い光を見上げる。
「ほんま……えらい眩しいお日さんやこと」
すっ――。
サクラは和傘を傾け、その光から顔を隠した。
見えるのは――
わずかに緩んだ口元だけ。
笑っていた。
「これ以上は、咲かせられまへん」
そして――
「うちの負けどす」
ブゥゥゥゥゥゥ――――ッ!!
大きなブザーが、会場中に鳴り響いた。
『決着だァァァァァァァ!!!』
実況の絶叫が、静寂を吹き飛ばす。
『満開の桜を跡形もなく焼き払い!! 勝者は――ECO選手ゥゥゥゥゥ!!!』
「っしゃあ!!」
シンが拳を突き上げる。
『そして同時にィィィ!!』
「……ん?」
『酒と肴がないという理由で絶景を焼き払った――』
嫌な予感がした。
『極悪店主の誕生だァァァァァァ!!!』
「なッ?!」
どっ――!!
会場が爆笑に包まれる。
「ちょっと待てやァァァァァッ!!!」
『マスター』
「なんだよ!!」
『おめでとうございます』
「何がだよッ!!」
『極悪店主への昇格です』
「店のイメージダウンだろうがァァァァァ!!!」




