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一歩先は絶景、その先は怪物

控え室へ戻る途中。


通路の端に――憶形が立っていた。


まるで、シンを待っていたかのように。


「…………」


「…………」


シンは足を止める。


「お前……そんな所に立ってると、収集車が――」


「誰が粗大ごみやッ!? 勝ったからって調子乗んなやッ!!」


「まだ何も言ってねぇだろッ!!」


「収集車の時点で分かるわいッ!!

 喧嘩売っとんのか小学生ッ!!」


「売ってませーん! 粗大ごみは回収でーす!」


「ぶっ飛ばすぞッ!!」


二人の罵声が、通路いっぱいに響き渡る。


「…………」


その様子を、ECOとオイは黙って眺めていた。


そして――


「ところで、なんで降参したと?」


「急に本題入んなや!! ビックリしてまうやん!!」


「いや、気になって」


「切り替え早すぎんねん!」


シンは少しだけ表情を緩める。


「最後までやればよかったじゃん」


「…………」


「もしかしたらさ」


シンは頭の後ろで手を組む。


「奇跡、起きたかもしれんやん」


「…………」


憶形は答えない。


ただ――


隣に立つオイを見る。


「…………俺は」


一瞬。


その目が、僅かに細くなった。


「お前らと違って、奇跡とか信じてへん」


「…………」


「勝負はもう決まっとった」


憶形は視線を逸らす。


「それだけや」


「…………」


シンは、オイを見る。


オイは何も言わない。


ただ静かに、憶形の隣に立っている。


「……そっか」


それ以上――


シンは聞かなかった………が


「…………で」


「ん?」


「約束したよな?『なんでも言う事聞いたる』って」


「お前、よく今の空気で言えたなぁ…お前が怖いわ」


「じゃぁ聞きたいんやけどさ、オイの【本当】の名前、教えてよ」



「お前らに関係あらへんやろ?!」


憶形は少し目を逸らす。


「な、名前なんか元から『オイ』やそれ以上でもそれ以下でもあらへん」


「………」


オイは何も言わず、目を瞑っている。


『嘘ですね』


「は?」


『発言直後、呼吸間隔に変化。視線が下方へ逸れ、心拍数も上昇しています』


「怖い怖い怖い怖い!! なんやお前の御子!? 嘘発見器でも付いとるんか!?」


『いいえ』


ECOは答える。


『私は介護用として作られました。体調変化の把握は得意です』


「介護機能を尋問に使うなや!!恐ろしいわぁ……」


「……で、本当の名前は?」


「知らん言うとるやろが!!」


「ECO先生、審議を!」


「しつこいわ小学生ッ!!」


通路に、再び二人の罵声が響き渡る。


その時――


「ずいぶん、賑やかどすなぁ」


「ん?」


聞き慣れない声に、シンが振り返る。


そこに立っていたのは、先ほどAブロックを勝ち上がった御子。


「……サクラ」


「次の対戦相手ですね」


サクラは口元に手を添え、ふふっと笑う。


「うちのこと、覚えてくれはったん?」


「そりゃまぁ……」


シンは少し目を逸らす。


「次の相手だし」


「まぁ、嬉しい」


にこり。


「うちも――よう覚えてますえ」


「……俺を?」


「ええ」


サクラの視線が――ECOへ向く。


「ローズ」


「…………」


「それから、リリィ」


シンの表情が変わった。


「……!」


「二人とも、お世話になったそうどすなぁ」


笑っている。


柔らかな声。


なのに――


妙に背筋が伸びる。


「え~と……もしかして……」


「【六花の集い】の方ですね…」


ECOが答えた。


サクラの笑みが、僅かに深くなる。


「あら、ご存じどしたか」


『はい』


「改めまして――」


サクラは優雅に頭を下げる。


「【六花の集い】を預からせてもろてます」


ゆっくりと顔を上げる。


「サクラどす」


「ん?え~と【六花の集い】のリーダーって事?」


「ええ」


「…………」


シンはECOを見る。


ECOもシンを見る。


「……やべ」


「はい」


「恨まれてる?」


「可能性は否定できません」


「聞こえてますえ?」


「ひぃッ!?」


サクラは、くすくすと笑う。


「別に、恨んではおりまへん」


「ほ、本当?」


「ええ」


そして――


ECOを真っ直ぐ見つめる。


「むしろ、お礼を言いたいくらいどす」


「お礼、ですか?」


「負けてから、あの子ら――よう頑張るようになりましたさかい」


「…………」


「負けるいうんも、悪いことばっかりやおへん」


その言葉に――


シンは少しだけ目を見開いた。


サクラは変わらず、穏やかに笑っている。


「せやけど――」


空気が変わった。


「次は、うちがお相手どす」


「…………」


「妹分がお世話になった分――」


サクラが一歩、ECOへ近づく。


「きっちり、お返しさせてもらいますえ?」


――恨んでるやん。


「望むところです」


「ふふ」


二人の視線が交わる。


その間に――


見えない火花が散った。


「…………」


シンが小声で憶形に尋ねる。


「なぁ」


「なんや」


「京都弁って、笑顔なのになんでこんな怖いの?」


「俺に聞くなや」


「ほな――次は舞台の上で」


サクラは柔らかく微笑む。


「楽しみにしてますえ、ECOはん」


「はい」


サクラは静かに踵を返した。


その背中が、通路の向こうへ消えていく。


「…………」


シンは小さく息を吐く。


「なんか……すげぇ圧だったな」


「【六花の集い】のリーダ。相応の実力者と考えるべきでしょう」


「だよなぁ……誰かさんが騒いだせいで、試合見れなかったしな」


シンは、ちらりと憶形を見る。


「…………」


憶形のこめかみに青筋が浮かぶ。


「お前のせーやろがいッ!!!」


「…………」


「…………ん?」


また一人の御子がコチラを覗いていた。



「…………」


じぃぃぃぃぃぃ。


ECOを見ている。


「…………?」


ECOが僅かに首を傾げた――


その瞬間。


「ECOちゃぁぁぁぁぁぁん♡」


「――!?」


バッ!!


「うおッ!?」


飛び込んだ。


速い。


あまりにも突然だった。


ECOの反応速度をもってしても――


対応できなかった。


ぎゅうぅぅぅぅぅぅぅ♡


「すごい! すごいよぉ♡」


「…………アナタは」


「シュガー☆はね☆君に会いたかったんだ~♡」


ぎゅうぅぅぅぅ♡


「シュガー☆はねぇ♡」


頬をすりすり。


「君みたいな御子と、ずぅぅぅっと会いたかったんだぁ♡」


『…………』


「待ってたんだよ♡」


シュガー☆キャラメル☆ニッパーが――


満面の笑みを浮かべる。


「君みたいな――」


「怪物(へんたい)をね♡」


「………へんたい?」


ようやくECOから離れると


「だから――」


シュガーは、その手を両手でぎゅっと握った。


「サクラちゃんに必ず勝ってね♡」


「…………」


「約束だよ♡」


そして――


「じゃあねぇぇぇぇぇ♡」


ダダダダダダダダダッ!!


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


嵐のように――


去っていった。


長い沈黙。


「えっと……ECOの熱烈なファン?」


憶形がシンの頭を叩く。


「アホかッ! あん御子は『シュガー☆キャラメル☆ニッパー』やッ!!甲級12位の実力モンや」


「…………」


「…………」


シンは、シュガー☆が消えていった通路を見る。


「……あれが?」


「あれがや」


「甲級?」


「甲級」


「12位?」


「しつこいわ!!」


「だって犬みたいだったぞ?!」


「犬の方がまだ大人しいわ!!」


「……そんなヤバいの?」


憶形が僅かに眉をひそめた。


「近接戦闘専門」


「……近接専門?」


「刀、槍、薙刀――保有武装は十万を超えるっちゅう話や」


「じゅっ――」


シンの顔が引きつる。


「十万!? 武器屋かよ!!」


「しかも――」


憶形は、シュガー☆が去った先を見る。


「遠距離武装は、一個もあらへん」


「…………は?」


「今どき珍しい、生粋の近接戦闘型や」


「いや待て。今の神楽って高速遠距離が主流だろ?」


「せや」


「それで甲級12位?」


「せやから――ヤバい言うとんねん」


「…………」


シンは、シュガー☆が去っていく後ろ姿を眺めた。


遠くからでも聞こえてくる。


「ECOちゃぁぁぁん♡ 絶対勝ってねぇぇぇぇぇ♡」


「…………」


シンはぽつりと呟いた。


「どっちが怪物(へんたい)だよ……」

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