かわる ②
『空』を使い始めて一ヶ月。
『雪ノ太刀』『雷ノ太刀』『嵐ノ太刀』『雨ノ太刀』までは何とか形になった。
残るは――
『曇ノ太刀』『晴ノ太刀』。
シンは漫画を閉じ、頭を抱えた。
「……なぁ。」
「『曇』と『霧』って何?」
ECOは即答した。
「太陽が雲に覆われた状態です。」
「だから能力!!」
ECOは漫画を開く。
「この巻では『曇』を使用した直後、敵が『なんだこの能力は!』と言って『次巻へ続く』です。」
「おう。」
「次の29巻がありません。」
「飛び飛びだからなぁ~」
シンは頭を抱え、その場にしゃがみ込む。
「あぁ~~~ッ!!気になる!! どうやってアルマシカの攻撃を攻略したんだよォォォ!!」
「………しかたないか…オリジナルでやってみるか!」
「そうですね…古本屋にも売ってませんでしたからね」
シンは木刀を握り締める、集中する。
「曇……曇……」
空は灰色の雲に覆われた。ただそれだけだった。
「……だけ?」
ECOも空を見上げた。
「みたいですね。」
「曇……曇……」
シンは腕を組み、ふと顔を上げた。
「あ、なぁ……ECO!『雷ノ太刀』使ってみて!」
「はい。」
ECOが刀を振り下ろす。
「――雷ノ太刀。」
轟音。
今まで一本しか走らなかった雷が、厚い雲の中を幾筋も駆け巡り、
――ドォォォォォンッ!!
地面へと幾条もの雷光が降り注いだ。
シンは目を見開く。
「……増えた?!」
ECOも空を見上げ、小さく頷く。
「雷雲が形成されています。」
シンの口元がゆっくりと吊り上がる。
「なるほどな……『曇ノ太刀』は単独で戦う技じゃない。」
「他の天気を育てる技……ですか」
ECOは静かに頷く。
「たしかに雷雲を形成したことで、雷撃の出力が向上しました。」
シンは満足そうに笑う。
「つまり――『雷ノ太刀【轟】』ってわけだな!」
ECOは数秒、沈黙した。
「………ネーミングセンスはお任せします。」
「なんの間だよ!!」
その後も二人は技の研究に明け暮れた。
ーーーーーーー
「皐月の『萬神楽』を制したのは……またしてもアリス・ゲートだぁぁぁ!!
今年の『大神楽』はどうなってしまうんだぁぁ!?」
歓声。ブーイング。割れんばかりの拍手。
会場の熱気をよそに、流門寺はカメラへ向かって、満面の笑みでピースサインを決めていた。
だが、突如として番組は切替わり、緊急会見の生中継が始まった。
壇上に現れたのは____4連覇中の静海の女王、大和。
フラッシュが容赦なく瞬き、無数の視線が彼女を射抜く。
だが大和は、静かに一礼した。
その所作は、女王として最後まで崩れない。
そして、口を開いた。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。
結論から申し上げます。
私は、本日をもって神楽を引退いたします。」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、会場が爆発した。
「今年は大神楽に出られないことが原因でしょうか!?」
「睦月での敗北が影響しているのでは!?」
矢継ぎ早に飛ぶ声。
だが、大和は微動だにしない。
「敗北は理由ではありません。流門寺選手、アリス選手は強かった。それだけのことです。」
「ではスポンサーの打ち切りが原因と?」
「企業は常に“未来”を選びます。私は“完成形”として戦ってきました。
しかし企業が求めるのはまだ先にある“進化形”。それは当然の判断です。」
ざわめきが広がる。
記者の一人が、踏み込んだ。
「既に新型御子との試験戦闘が行われたという情報がありますが――」
大和は一拍置いた。
わずかに視線を落とし、そして正面を見る。
「事実です。」
空気が凍りつく。
「結果は?」
「……はい。完敗でした。」
どよめきが弾ける。
「完敗、とは?」
「戦術も、出力も、演算速度も。すべてにおいて上回られました。
私達、第10期は既に“過去のもの”になっていたということです。」
王者が、自ら過去を宣言する。
会場の空気が変わる。記者が声を荒げた。
「それでも戦い続ける選択肢はあったのでは!?」
「いいえ。」
即答だった。
「私は“御子の完璧性”を証明するために戦ってきました。
ですが今、世界は別の段階へ進もうとしています。
もはや大神楽は――“競技”ではないようです。」
ざわめき。
「競技ではない、とは?」
その瞬間だった。
壇上脇から、黒服の男たちが現れる。
一人が大和の耳元で何かを囁く。
もう一人がマイクに近づき、制止のジェスチャーを送る。
言葉を、止める。会場がざわつく。
「大和さん!最後に一言いただけますか?!」
大和は、ほんの一瞬だけ、柔らかく笑った。
「私の役目は終わりました。次は、あの子たちの時代です。」
「あの子たち、とは?」
問いは宙に浮いたまま。
大和は答えない。
黒服に促されるまま、壇上の奥へと姿を消した。
フラッシュが乱れ撃ちのように瞬き続ける。
王は、静かに去った。
画面が切り替わる。
スタジオのキャスターが戸惑いながら言葉を探している。
『新型御子とは一体何なのか――』
『“競技ではない”とは、どういう意味なのか――』
答えはない。
ただ、空気だけが重く沈む。
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テレビの光が、居酒屋「深夜の世界」を照らしていた。
シンは黙って画面を見つめる。常連たちは口々に言う。
「新型かぁ…昔はこの言葉だけでワクワクしてたなぁ…」
「あぁ、次はどんな子が活躍するかって、昔は楽しかったなぁ」
「今じゃECOちゃんがまた世界に置いていかれたって、感じがして、素直に喜べんのう…」
「シンさ~ん!ま、元気出せや!!飲もう飲もう!!」
騒がしい声の中で、ただ一人。
ECOの瞳だけが、わずかに揺れていた。
――解析不能な感情反応を検出。
ECOは、無意識に呟いた。
「……時代が変わる」
ECOの動揺を察したのかシンはチャンネルをかえた。
大和の最後の言葉だけが、胸に残る。
“次は、あの子たちの時代です。”
シンは拳を握った。
「……なら、俺たちも変わらなきゃいけねぇな。ECO!!」
その夜。静かに、歯車が回り始めていた。
やがて訪れる“選別”を、まだ誰も知らない。
だが確実に――
時代は、悪い方へと傾き始めていた。




