かわる ①
シンは隙間時間を見つけては、みんなから借りた飛び飛びの漫画を読み漁っていた。
「はッ?!なるほど……そういう意味かッ!!」
ページをめくる手が止まらない。
ECOはその様子を眺め、静かに提案する。
「マスター。検索した方が効率的です。」
シンは顔も上げずに答えた。
「何言ってんだよ。」
読み終え、次の巻を手に取る。
「漫画はな!男の教科書だ!」
親指で自分を指しながら胸を張る。
「検索より、こっちの方が頭に入るんだよ!」
ECOは数秒沈黙した。
「いえ、非合理的です。」
本を一冊持ち上げる。
「9巻、10巻と、飛び飛びの巻数しか読めていない時点で、学習効率は著しく低下しています。」
「確かに大蛇編の結末が気になる!」
「いえ、そういう意味では……」
シンは次のページをめくる。
「それに、こういうのはな、どうにでもなるんだよ、病院の待合室行った時とか適当な巻取って読んでるし」
ECOは淡々と解析を続ける。
「つまり、不足した情報を想像で補完している、と。」
「そうそう!」
「非合理的です。」
「だから面白いんだろ!」
ECOは小さくため息をついた。
「マスターは、本当に効率が悪いですね。」
シンは笑う。
「効率だけで生きてたら、人生退屈だぞ!」
ECOは本の表紙を見つめる。
「そうでしたね。人間とは、不便を楽しむ生物なのですね。」
「そういうこと!」
シンは満足そうに頷き、本を置いた。
「ま、だいたいの事はわかった。細けぇことは、実際に振るって覚えりゃいい!行くぞ!夢の世界だ!」
「また非合理的な実地検証ですね。」
ーーーーーーー
◆夢の世界
「よーし!まずは2巻で出てきた『雪ノ太刀』からだな!」
「『雪の太刀』ですか……検索ワード『雪』――」
ECOの瞳が淡く光る。
「雪は、大気中の水蒸気から生成される氷の結晶が空から落下してくる気象現象。その結晶は主に――」
「待った待った待った!!」
シンが慌てて両手を振る。
「違う違う!そういう事じゃねぇ!」
「……?」
「雪って言ったらもっとこう……」
腕を大きく広げる。
「シーン……って降ってさ!キラキラして…銀世界になって…
えーと…鍋が食べたくなる感じだよ!」
ECOは数秒沈黙した。
「…………」
「いや、冬と言えば鍋だろ!」
「理解不能です。」
「だから検索じゃなくて想像!」
シンは木刀を構える。
「頭じゃなくて、心で雪を思い浮かべるんだよ!」
ECOは静かに目を閉じた。
「……心、ですか。」
刀を握り締める。
雪景色を想像する。
静かに降る雪。
白く染まる大地。
吐く息は白く、空気は澄み渡る。
その瞬間。
刀から冷気が溢れ出した。
霜が地面を這い、草木が白く染まっていく。
気温が、少しずつ下がり始めた。
「…………あ。」
シンの笑顔が固まる。
「どうしました、マスター?」
「ヤベッ!忘れてた。」
シンは額を押さえた。
「ここ、夢の世界だから……イメージが環境に影響するんだった……。」
辺りには雪が降り始める。
ECOは空を見上げた。
「……そうでしたね。」
少し考えてから尋ねる。
「中止しますか?」
「いやッ!」
シンは勢いよく首を振る。
「俺が夏を想像するから続けて!」
「……はい?」
「これでプラスマイナスゼロ!」
胸を張るシン。
ECOは数秒沈黙した。
「また非合理的な事を……。」
次の瞬間。
シンが目を閉じる。
「よし……海!スイカ!セミ!……ヤシの木!」
ゴォォォッ!!
一気に熱風が吹き荒れる。
ECOの雪。
シンの真夏。
二つのイメージが正面衝突し、夢の世界は雪と真夏日が同時に存在する異様な光景へと変わった。
左半分は吹雪。
右半分は真夏。
境目では雪が降る横でセミが鳴いていた。
「……気候が壊れました。」
「負けるかぁぁぁッ!!」
シンはさらに夏を想像する。
太陽がギラつき、入道雲が空を覆う。
「マスター!?」
「まだだッ!!」
「待ってください?!なぜ競うのですかッ!?」
「なんか悔しいだろ!!」
「相変わらず……負けず嫌いですね…」
刀から溢れる冷気は、さらに強まっていく。
ECOは首を傾げた。
「……おかしいですね。」
「私は競うつもりはないのですが。」
吹雪だけは、容赦なく勢いを増していた。
シンが笑う。
「いや、ECOも負けず嫌いじゃん!」
「違います。」
ECOは淡々と刀を見つめる。
「刀が勝手に……」
シンの顔色が変わる。
「それヤバくないかッ!? 手を離せッ!!」
ECOは小さく瞬きをした。
「………………いえ、冗談ですよ。」
一瞬の静寂。
シンは胸を抑えた。
「はぁぁ……ビックリしたぁ……」
そして次の瞬間。
「……ハハッ。」
笑った。
「アハハハハッ!」
腹を抱えて笑う。
目尻には、少しだけ涙が浮かんでいた。
嬉しかった。
あのECOが。
冗談を言えるようになったことが。
ECOは首を傾げる。
「……マスター?」
シンは笑いながら目元を拭いた。
「いや。」
「……なんでもねぇ。続けようぜ!」




