『月は海に沈み、海は月の引力で満ちる』 ①
控室へと続く通路にまで、大和へ向けられた歓声が響いていた。
その声さえ気に留めることなく、流門寺は口笛を吹きながらスマホを眺める。
『一月よろしく~♪』
『承知。二月の準備は任せたでござる。』
送信。
流門寺はスマホを懐へしまい、ふっと笑う。
「さて――革命の始まりでござる。」
隣ではアリス・ゲートが静かに耳を澄ませていた。
【睦月の萬神楽】決勝戦
【静海の女王】大和
VS
【月影の魔女】アリス・ゲート
神楽公式アリーナは超満員。
この一戦をひと目見ようと全国から観客が押し寄せ、会場周辺は入場規制が布かれるほどの混雑となっていた。
SNSも、開戦前からお祭り騒ぎ。
・【女王】か【魔女】か!?
・異名だけで映画一本作れそう(笑)
・まるでおとぎ話の決戦じゃん!
・大和は沈まない!!
・※なお史実
・いや魔女ならワンチャンあるだろ!
・は? 月は海に沈むって知らんの?
・いや、月の引力で海は満ちること知らないの?
・お前らポエムで喧嘩すんなwww
・勝敗より実況の煽り文好き
・もう映画化しろ
・俺はアリス派
・女王一択
煽り。
冗談。
願望。
誰もが好き勝手に未来を語る。
だが、その誰も知らない。
この戦いが――
今年最初の『萬神楽』であり、
同時に、
神楽界を揺るがす"小さな革命"の幕開けでもあることを。
ーーーーー
スタジアムへ続く通路。
控室へ向かう流門寺とアリスの前に、数人の御子使いが立ちはだかった。
皆、どこか見覚えのある顔。
今大会の予選で、流門寺に敗れた選手たちだった。
「よう。」
先頭の男が鼻で笑う。
「甲級様のお通りかと思ったら……」
肩をすくめ、大袈裟に周囲を見回す。
「あぁ悪りぃ違ったな!今のお前は――乙級だったな?」
周囲から失笑が漏れる。
「そうそう。」
「大神楽をドタキャンした馬鹿がよ」
「乙級が『萬神楽』まで来るなんて、笑わせるぜ」
アリスの瞳が細くなる。
扇子を開こうとした、その時。
「ふむ。」
流門寺は相変わらず飄々としていた。
「ところで――」
「どちら様でござるか?」
男たちは一瞬だけ言葉を失う。
「ふ、ふざけんなぁッッ!!!」
「拙者を罵倒する為に集まったのでござるか?」
流門寺はにこりと笑う。
「ならば道を塞いでいる暇があれば、もっと腕を磨くべきでござる」
「くッ……!」
男の顔が赤くなる。
「甲級から落ちた負け犬が!」
流門寺は首を傾げた。
「はて?拙者、誰に負けたでござるか?」
「…………」
誰も答えられない。
流門寺は肩を竦める。
「降格はした。」
「だが、誰かに負けた覚えは一度もないでござるが?」
その一言で、空気が凍った。
男たちの拳が震える。
しかし、誰一人として前へ出られない。
その理由は簡単だった。
つい先程、この男に叩き伏せられたばかりだからだ。
アリスは口元を扇子で隠し、小さく笑う。
「うふふ……皆様、勘違いなさっているようですわね」
静かな声。それなのに、誰よりも冷たい。
「甲級も乙級も、ただの肩書き。」
「実力まで落ちたと、本気で思っていらっしゃるの?」
誰も反論できない。
アリスは流門寺の隣へ並び、優雅に微笑んだ。
「では、失礼するでござるよ。“女王様”がお待ちみたいでござる」
二人は人垣の真ん中を歩き出す。
誰も止められない。
誰も、道を塞ぎ続ける勇気はなかった。
背後で、誰かが悔しそうに呟く。
「……クソッタレ」
「なんで……乙級のくせに…あんなに堂々としてやがる。」
流門寺は振り返らず、小さく笑う。
「乙級?今は、それで十分でござるよ。」
二人が去り、しばらくの沈黙。
そして敗者の一人が、歯を食いしばって呟く。
「……何を企んでいる、流門寺ィ!!」




